1973年8月29日 火曜日 13:33
――……ジェイクね。
「うん。僕だ。……起こしてごめん」
――……待ってたから。……いいのよ。
「待ってた? 僕を? ……嬉しいな。アンとはちゃんと話せたんだよね。よかったよ。……僕に何か、言いたいこと、ある?」
――……サイドボードに。……封筒。……見て。
「――これだね。……読むよ?」
――……うん。
「……………………」
――……読んだ?
「…………リリ。…………リリ」
――……何よ。
「…………言葉がないよ。何て言えばいいのか、わからない」
――……思った事……言ってよ。
「……サミュエルの名は、マシューから?」
――……そう。……聞き出した。
「……リリ。……何て言おうか。あの、胸がいっぱいになって」
――……聞いてる。……言って。
「聞きたい事が沢山ある。でもどう言えばいいのかわからない。ちょっと待って」
――……うん。
「……まず。……一昨日の朝、ロバートとエリンと、三人で話し合ったのは、これ……遺言書の事なんだね」
――……うん。……そう。
「……どうして、ここまで……してくれるの? ……リリ」
――……あんたが……旦那じゃない。……あたしの。
「……うん。うん。僕が、君の夫だ。君を支える為に君と結婚した。……ジェイクとして」
――……そうね。
「ねえ、僕は、君にとって良い夫であれただろうか。怒らせてばっかりだった気がするよ」
――……ふっ、そうね。
「御両親とアンを呼んだこと……まだ怒ってる?」
――……もう、済んだ事。……良かったのよ。……これで。
「ありがとう……ありがとう。そう思ってくれて嬉しい。……それと、聞いていい?」
――……なに。
「……何故、僕に、サミュエルに戻れって言うの? ……君はサミュエルの僕を、知らないのに」
――……知ってる。
「えっ」
――……臆病で、後ろ向きで……悲観的。
「……あはは、バレてる」
――……自分を、ジェイクだって思わなきゃ……あたしと……話す勇気もない。
「……うん。……うん。……サミュエルは、そんな奴だ」
――……あんたそのものだわ。
「……参ったな。これでも頑張っていたつもりなんだけれど」
――……ねえ、手紙。
「……手紙? ……僕がドレスと一緒に渡したやつかい?」
――……棺桶に入れて。……持ってくから。
「……うん。……わかった」
――……あんたとあたし。……ほんと……割り切れないわね。
「……うん。……整数みたいに単純には行かない」
――……だから、連れてくから。
「……なに? 何を連れてく?」
――……ジェイクを。……あんたが、気取ってた、ジェイクを。……もう死んだ男として。
「リリ……?」
――……あんたは、生きなさいよ。……あんたとして。
「……リリ。リリ。僕は……何も言えない」
――……単純な事でしょ。……あんたは、サミュエルよ。……ずっとそうだった。
「……何も、繕えてなかったんだね。僕は。……リリには全部お見通しだったんだ」
――……そうよ。……馬鹿みたいだったわ。
「恥ずかしいな。一生懸命ジェイクっぽく、明るく振る舞っていたんだけれどな。君に笑顔で居て欲しかったから」
――……面白かったわ。……おどおどして……でも陽気で。
「あははは! 楽しんでくれたなら、いいや。……僕は、君の助けになれた?」
――……まあまあね。
「ふっふふ。最高評価だね、ありがとう。……ありがとう。リリ」
――……どういたしまして。
「僕の、妻になってくれた事。こうして、僕を……ジェイクじゃない僕を……夫にしてくれた事」
――……いやね。……泣くなんて。……笑って送ってよ。
「うん。うん。――リリ。大好きだよ。愛してる」
――……ふっ、知ってる。
「沢山感謝している。これまでのこと。それに、僕のこれからの事も。……感謝してる。ありがとう」
――……わかってるわ。……ねえ。
「なんだい」
――……あたし。……最後があんたでよかったわ。
「………………」
――……ジェイクでも。……サミュエルでもなくて。……あんたで。
「うん。……うん」
――……言っておくわね。……あたしからも。……ありがとう。
「うん。ありがとう。そう言ってくれて、ありがとう、リリ」
――……愛しているわ。……多分ね。
「――うん。……うん。僕も。愛してるよ。多分、ずっと、ずっと、君を」




