1973年8月28日 月曜日 12:49
「……食欲、ないのかい、アン。全然手が進んでないじゃないか」
「うん。……うん」
「……リリと、ちゃんと話せなかった?」
「話せた。言いたい事も、全部言えた」
「それは良かった。……オレンジジュースを頼むかい」
「要らない。……大丈夫」
「……リリの気持ちがわかったよ。いつも元気なアンが、しょぼくれてると、何だか変な気分だ」
「……しょぼくれてなんか、ないけど」
「眉尻をそんなに下げて、俯いてるのにかい?」
「これは、付け添えのトマトの断面を観察している顔よ」
「君に見られてトマトも赤面しているね。アイスなら食べられる?」
「ピスタチオアイスがいい」
「――……うん、メニューに無いな。違う店に行くかい?」
「ここでいいわ。……ねえ、ジェイク」
「なんだい」
「……リリのこと、どう思ってるの。死ぬっていう事について」
「いい質問だね。……とても悲しいよ」
「……泣いた?」
「少しね」
「いつ?」
「家に戻って、バスルームに入った時とかかな。鏡で自分の顔を見ると、何だか凄く空しくなるんだ」
「今日は戻る?」
「この後ね」
「じゃあ、泣く?」
「たぶん。どうかな」
「……リリが死んだら、どうするの」
「……わからないな。凄く……凄く、わからない」
「ジェイクでも?」
「わからない事だらけだよ。……自分がどうしたいのかもわからない」
「でもあなた、ずっとあたしに、ちゃんとリリの事を理解するように言ってたじゃない」
「それはそれ。……何もかも、わからないよ。僕には」
「それじゃ駄目じゃないの?」
「……駄目ってことは、ないと思うよ。……人が死ぬって、そんな簡単な事じゃないよ」
「じゃああたしが、まだリリに死んで欲しくないって思ってるのも、駄目じゃない?」
「駄目なもんか。……僕だって思ってる。事実を理解することと、納得することは、別物だよ」
「……そう」
「納得出来てないから、僕だってバスルームに籠もるのさ。でも、それはリリに、悟られないようにしている」
「どうして?」
「僕は、彼女を笑って見送る役だから」
「……辛くない?」
「そうでもないかな。彼女を見送るには、僕じゃ未熟だけど……それでも光栄だよ」
「……強いのね。ジェイクは」
「ふはは、ありがとう。頑張って強がって来た甲斐があったかな」
「……強がらないと、やって行けない?」
「たぶん。……いや、どうかな。僕はジェイクだから。……リリの前では、笑顔でいるよ。なるべくね」
「難しいわね。何もかも」
「……そうだね。……ほんと、割り切れない事ばかりだ」




