1973年8月26日 土曜日 13:55
「リリ、食欲ないんですって」
「そうだろうね。食べられないんだよ」
「点滴なんて、楽かもしれないけど、それじゃ元気になれないんじゃない? ジェイク、旦那さんなんだから、病院にちゃんと言ってよ」
「アン……。もう何回も説明した通りだよ。あのね、リリは今後、回復する見込みはないんだ」
「だから、そういう冗談みたいなこと言わないで」
「冗談でこんな事言える訳ないだろ。――アン、いい加減、現実を受け入れてくれ。これじゃリリが……可哀想じゃないか」
「……何でそんな事言うの。リリは……リリは、生きているじゃない!」
「彼女はもう、覚悟しているんだ。自分がどうなるかわかって、その心構えでいる。君の言動は、その覚悟を嗤うようなものだよ。わかっている?」
「何なのよ! 何でそんな……諦めたみたいな事、言うのよ!」
「諦めたんじゃない。受け入れたんだ。リリも、僕も。リリの御両親だって」
「そんな事ないわ。小母様だってリリが元気になるの信じている。絶対そうよ」
「アン、アン。君がリリの事大好きなのを知っている。本当にわかった。君はリリが、居なくなるのが耐えられないんだね?」
「だから! そんな事言わないで!」
「ねえ、アン。リリはきっと君に感謝してる。僕だって、そうだよ。……だからお願いだ。リリに、お別れの言葉を言わせてあげて。ちゃんと君と向き合って、心残りなく行けるようにしてあげて。お願いだから」
「やめてよ!」
「君だって、後悔するよ。必ず。そうなって欲しくない。ボストンからわざわざリリの為にやって来た君なら、必ず後悔する。……もうわかってるんだろう? アン」
「……否定してよ。元気になるって言ってよ! あたしの事、すっかり騙してよ!」
「言わないよ。僕は、言わない。君がちゃんとリリに向き合うまで、何度だって本当の事を言うよ。それが……リリの為だから」
「わかってるわよ! ――わかってる、わよ!」
「アン。君の元気に、僕達はずっと救われて来た。ありがとう。でもね。……君も、泣いていいんだよ」
「泣かない! 泣かないわ!」
「辛いよね。……リリが居なくなるって、考えただけで凄く寂しい。本当に悲しい。……もう会えないなんて、考えただけで怖くなる。――ポケットティッシュとハンカチ、どっちがいい?」
「ティッシュをちょうだい」
「沢山泣いたら……また、リリに会って。そして伝えて。自分がどう思ったか」
「……何て言えばいいの」
「君の言葉でいいんだよ。寂しいとか、悲しいとか……そういう気持ちを、そのまま」
「死なないでって言っていいの」
「ははっ、そうだね。それは僕も言いたいな。……うん。ちゃんと……リリに、気持ちを伝えて。そして……リリの気持ちも聞いてあげて」




