1973年8月25日 金曜日 10:39
「ああ、マシュー。連日ありがとう」
「多少顔つきが良くなったな。眠れたのか?」
「うん。昨夜は家に戻って、眠ったよ。今の所は安定しているって、お医者さんが言ってくれたから」
「そうか。面会は? できる?」
「今は御両親が行ってる。その次はアン。リリの体力に合わせて、みんな順番に15分ずつなんだ。マシューもその後に」
「もちろん。待つよ」
「ラウンジに行こうか。コーヒー奢るよ」
「この病院のコーヒーはおまえが飲み尽くしたのかと思ってたよ」
「ところがね、僕よりも飲んでいる人間もいるんだ。ドクターって言うんだけど。何ていうか、大変な仕事だね。医療現場というのは」
「そうだろうさ。……で。渡したのか?」
「まだだ」
「何でだよ?」
「リリが言葉で返せるまで、待ちたい。あの人は、自分の意思をきちんと残したい人だ。僕が勝手に手に嵌めたら、それを奪うことになる」
「……そうだな。リリは、そういうお嬢さんだ。きっと最後まで筋を通すだろうよ」
「……最後なんて言わないでくれよ」
「悪かった。でもな、言葉を待って、伝え損ねた奴を何人も見てきたんだ。チャンスは、逃すなよ」
「わかってるよ。だから……この面会で渡すんだ。リリの、気持ちを尊重して」
「じゃあ俺の前に、面会に行けよ。そして、俺を安心させてくれ」
「わかったよ。――マシュー」
「なんだ?」
「……ありがとう。本当に、ありがとう。あんたは、僕にとっても、リリにとっても、最高の親友だ」
「はっ、今頃気付いたか。……じゃあさっさと行って来いよ。その間に俺がコーヒーを飲み干しておくから」
「最後の一杯は残しておいてくれよ。勝利の美酒って事にしたいから」
「わかった、わかった。さっさと行け」
「ありがとう。――行ってくる」
「……はあ。……勝利の美酒、ね。――不味いコーヒーだな」




