1973年8月24日 木曜日 10:08
「――酷い顔してんな、サム」
「……ジェイクだって言っただろ。その名前知ってるのあんただけなんだから、口にしないでくれよ、マシュー」
「何杯目のコーヒーだ? それ」
「わかんないな、6杯目くらいから数えるのやめた」
「一回家戻って寝ろよ。リリが起きた時、おまえが倒れてたら元も子もないだろうが」
「……寝てられっかよ」
「そうかよ。じゃあ精々痩せ我慢するんだな。……御両親は?」
「ホテルに戻ってもらった。休んでもらって、何かあったらすぐ駆けつけられるようにしてもらってる」
「そうか。……で、結局、渡せたのか」
「……今日、渡す予定だった」
「馬鹿野郎が。もたもたしやがって。偽名名乗ってまでカッコつけたのに、何してやがるんだ」
「自分でもそう思ってるんだよ。言わないでくれよ」
「今も持ってんのか?」
「もちろん。……ずっと持ってる」
「おい、じゃあそれよこせ。俺からだって言ってリリに渡して来る」
「は? ふざけんなよ! そんな事させるわけないだろ!」
「おまえじゃいつまでたっても渡せないだろ? 俺が代わってやるよ、俺がリリの旦那になる」
「冗談やめろよ、笑えねえよ」
「笑えねえのはこっちだよ。リリがおまえを選んだ。だから俺は祝福したんだ。それがどうだよ、このザマかよ」
「……わかってる。――わかってる。渡すタイミングを見計らっていたんだ。そしたら、こんな……」
「は、タイミングね。……おまえのタイミングに合わせてたから、倒れたんだな、リリは?」
「……。何も言えないよ、マシュー、僕は……」
「言い訳を聞きに来たわけじゃない。それに、おまえを責めてもどうにもならない。リリが目を覚ましたら――すぐ、渡せよ。何が何でも」
「うん。……うん」
「……なあ、サム。何で、おまえのままじゃ駄目だったんだ?」
「……何だよ、いきなり」
「いきなりじゃない。ずっと考えてた。俺はおまえがリリの事好きだったのを知っていたし、少なからず応援もしていた。だから、尚の事思う。何でジェイクになった? おまえのままで、リリに寄り添う事は出来なかったのか?」
「マシュー……それは、僕は」
「……リリの事が好きなのは、どこの誰かもわからないジェイクなんて奴じゃない。おまえだろう。なんでおまえのままじゃ駄目だった?」
「……知ってるじゃない。僕は、臆病なんだ」
「それは、ジェイクを気取って直ったか?」
「最初はね。……彼みたいに話して、彼みたいにおどけて、魅力的な男になろうとした」
「全然様になってねえなあ」
「言うなよ、わかってるんだ。精一杯の虚勢だったんだよ。もう、臆病で後ろ向きなサムは死んだって事にしたかった。……リリに見合うような、男になりたかった」
「もう、やめちまえよ、そんな事」
「……難しいな。怖いや」
「間違いなく、おまえはサムだよ」
「リリの前では、ちゃんとジェイクをするさ」
「ほんと馬鹿野郎だな、おまえは。リリがそれを喜ぶと本気で思ってるのか?」
「リリは、サムを覚えていないんだ。ジェイクの僕しか知らないんだよ。だから、それでいい」
「救いようがないな、おまえは! あー、もうやめだ、やめだ。リリの顔見てくる。病室どっちだ?」
「待って、僕も行く」




