ジェイクからリリへの手紙
僕の最愛の妻 リリ
どんな言葉だと君に伝わるだろうと思っている。この手紙を書いているのは、心からの謝罪を伝えたいから。君を傷つけてしまったことについて、本当にごめん。
君が何を望んでいて、何を明確に拒否しているのか、僕は理解していた。僕の行動の全体が、君への敬意に欠いていたり、傷つける目的だったと思われてしまった事を後悔している。君にそんな気持ちを味わって欲しくなかった。これは本心から述べている。
パーティーを計画し始めた時、僕の思いはただ、奇妙な僕達の関係をしっかりと定義づけたいって気持ちに向いていた。それに、僕達の事を、誰かに認めてもらいたいって思ってもいたんだ。特別な瞬間にしたかった。僕達はもう、形容し難い何だか不思議な付き合いだけれど、それが特別なんだって確認したかった。たぶん、そういう事なんだ。
だから、君がそんな事を望んでいないっていう大事な部分を無視してしまった。本来なら君とよく話し合って、君を巻き込んで、君の気持ちを尊重すべきだったのに、そうしなかった。僕は思い上がりで、短慮で、そして結局の所自分が一番可愛いんだろう。そう気づいたら、本当に情けないし、君に申し訳ないと感じている。
君の憤りと僕への軽蔑は正当なものだ。僕は、君にそんな気持ちを持たせてしまった自分が嫌で仕方ない。許してもらえないことはわかっているけれど、それでも僕は君に謝罪すべきだと思う。君の気持ちを蔑ろにしてすまなかった。君の真の必要は何かと勝手に推し量って、それも不正確な当て推量なのに、何もかもに浮かれた僕は僕の考えに固執した。
君は僕と離婚したいと言った。僕はしたくない。もし君がどうしてもしたいって言い張るなら、僕はずっと逃げ回ってサインしないつもりでいる。君の速い車椅子で追いかけて来たって無駄だよ。僕は逃げ足の速さと悪運の強さについては、ちょっと自信があるんだ。
僕が、僕のこの手を伸ばせる限界まで、君との関係に本気でいるって事は伝えてもいいかな。信頼を損ねたことはわかっている。元々君は僕の事なんかどうでも良かったのに、今はしっかり嫌いなんだって事もわかっている。好きだよ、リリ。ずっと好きだったし、今はもっと大好きだ。こんな風に気持ちを押し付けることなく君を見送るつもりだったんだけれど、そうも行かない状況だ。僕は是非とも僕が君へ取った行動の理由を納得してもらいたいと思っていて、それは僕が君の事が大好きなんだって事実に直結しているから。僕は僕達の関係に本気で向き合っているんだけど、ずっと考えていることがある。
唐突だって思うかもしれないけれど、昔話をさせてくれ。高校の頃、SATの数学でどうしても腑に落ちなかった問題があったんだ。√のついたやつ。あれは、今でも僕には納得できない事のひとつ。
先生や教科書は『√72は6√2に単純化できる』と言った。でも僕には、それが『単純化』なんて言葉で誤魔化しただけに思えたんだ。72という数字をまるごと理解できないまま、形を変えてわかったふりをしているようで。たぶん僕は、割り切れたり答えの明快な整数が好きなんだろうな。けれど√の中に入った途端、世界はぼやけて、手の届かない所へ行ってしまう。
君との事も、そんな風だ。僕は、君と僕を解こうとして来た。正しい式を見つけて、答えを出したかった。何とかはっきりとした言葉で定義したかった。けれど、どんなに考えても答えは一つに定まらないんだ。二つの数をどう組み合わせても、綺麗な整数にはならない。割り切れない。それが凄く悲しかった。
そして僕がしている事は、72っていう数字に√を被せて無理やり6√2って答えを押し付けようとしているのと同じだなって思った。答えの出ない答えを出そうとしているんだからね。それに気づいてから、納得できないまでも、単純化してでも何らかの結論を出そうとした先人たちの事を愛せるかもしれないって思ったよ。でもやっぱり数学は苦手だね。
僕はね、君の事が好きなんだ。こんなに割り切れないのにさ。僕達は√の中に居て、きっとずっとちゃんとした答えは出せなくて、最後までこうなんだろう。だから、これからも僕は、君を√の中で思うよ。理解できないまま、それでも君が存在していた証を僕の中に残したいと思う。
と、ここまで長々書いたんだが、きっと君は、さっさと本題に入れって思っているよね。わかるよ。でもね、今の僕は陽気で前向きなジェイクだけれど、実は臆病者でもあるんだ。だからごめん、これだけの前置きが必要だったんだよ。許して欲しい。
この手紙と共に、大きな荷物が届いたね? きっと君は、エミーと一緒にその箱を開けた筈だ。そしてびっくりしただろうと思う。本当は、そのびっくりする君の姿をこの目で見たかったんだけれどな。きっと可愛かっただろうな。
マシューから聞いていたんだ。君が「結婚するつもりなんてないけど、着るならハルストンのドレスがいいわ」って言ってたって。
まあまあ、それなりに入手は大変だった。凄く人気なんだね。でも二カ月待ちで買えたんだ。これはさっさと白状してしまおうと思うんだけど、君のお父さんのロバートも手を貸してくれた。伝手を紹介してくれたりさ。君のお父さんは凄い人だね、マジシャンみたいに電話がどこにでもつながるんだ。本当に感謝している。リリ、君に、君が着たいって思ったドレスを着てもらえる。それが嬉しい。あのハルターネックドレスは、他でもない君の為にハルストンがデザインしたに違いないからね。
それでね、お願いがあるんだ。とても真剣なお願いなんだけれど。君はまだ怒っている? それとも、ちょっとは僕の事を、大目に見てもいいかなって思ってくれたかな? 思って欲しいな。この通りだよ。君が、あのドレスを着た姿が見たいんだ。
もし良かったらだけれど。ちょっとぐらい、僕の事を哀れんでくれて、まあまあ可哀想だから着てやろうかって気持ちになったらなんだけど。
明日の朝、迎えに行くから。10時半くらいに。待っていてくれないかな。僕の事を。そして、明日いっぱい借りているゲストハウスへ行って、式をしないか。
前に葬送式って言ったけど、それはそう言わないと君が承知してくれないだろうと思ったから。僕は結婚の記念パーティーって思っているけれど、どっちに取ってくれても構わない。うん、できれば結婚パーティーって思って欲しいかな。でも、どっちでもいいよ。うん。どっちでも。
僕に、ドレスを着た君をエスコートさせて欲しい。それと、ちゃんと言っていないから、最後に書くけれど。
色んなすれ違いとか、君の勘違いとか、僕にとっての幸運が重なった結果だけれど。
僕と、結婚してくれてありがとう。僕を選んでくれて、ありがとう。君を愛しています。
ジェイク




