1973年8月22日 水曜日 14:53
「湯加減どう、リリ? 疲れてない?」
だいじょうぶよ、ありがとう。お湯に浸かるなんて久しぶりだから、天国みたい。
「音楽でもかけようか? ここのバスルーム、音の響きが最高よね」
アカペラでも歌えるわ! カーリー・サイモン、知ってる?
「もちろん! ウォーレン・ベイティのガールフレンドでしょ? あの曲にしちゃいなさいよ!」
そう、それ! ――あなた、めっちゃ自意識過剰よ! この歌があなたのことだと思ってるでしょ?
「あはは! ジェイクのことじゃないわよね?」
あら? そんなこと言ってないわ。べつに?
「いいじゃない、いいじゃない、歌っちゃおう!」
――この歌があなたのことだと思ってるでしょ、そうでしょ? そうでしょ? あはは!
「――あら、電話鳴ってる! ……きっとウォーレン・ベイティからね!」
ふふっ、あははは!
「――ハロー? ウォーレン?」
『惜しいな、ジェイクだよ』
『ずいぶん楽しそうじゃないか、エミー』
『僕の噂でもしてた?』
「あなた、めっちゃ自意識過剰よ!」
『はは、やっぱりね』
『……まあ、そうかもしれない』
『リリが僕のこと考えてたらいいのになって、思ってた』
「うふふ! で、どうしたの? 『自意識過剰男』さん」
『まさしくそれなんだけどさ』
『午前中に、ちょっと届け物を頼んだんだ』
『……どうだったかなって』
「あら、それ、わたしに?」
『いや、リリに』
『君のことを忘れてたわけじゃないよ、エミー』
「じゃあ、聞く相手を間違ってるのね」
「リリは今、バスルームで大熱唱中よ」
『それはいい! 元気なんだな』
「ええ、とっても」
「一時間くらいしたらかけ直してくださらない? その頃には出られると思うわ」
『うーん……やめておこうかな』
「あら、そこはウォーレン・ベイティみたいに気取ってみせなきゃ」
「リリ、きっと待ってるわよ」
『そうかな……じゃあ、喜んでくれたってことでいい?』
「もう、だから聞く人が違うってば!」
「後でちゃんと本人に聞きなさい!」
『そうするよ……たぶん』
『でも僕、本当はこう見えて人前とか苦手なんだ』
『昔からすごく上がり性でさ』
「知ってる! それにちょっと臆病でもあるしね」
「すっかりお見通しよ」
『ああ、僕にはまた姉妹が増えたのかな?』
「わたしもそんな気分よ」
「あなた、ほんと手のかかる弟だこと!」
『優しいお姉さま、哀れな弟を助けてくれないかな』
『リリ、何か言ってた? 少しでも』
「じゃあ、約束して」
「まずは電話でリリと話すの」
「わたし、四時半ごろチャイニーズのテイクアウェイ買いに行くのよ」
「行って帰って四十分くらいだから、その間に電話して」
『わかったよ……頑張る』
「よくできました!」
「リリにも伝えておくわ、あなたから電話があるって」
『うん……で、どうだった?』
「笑ってたわ」
『本当? 嬉しそうに?』
「ふふっ、あなた、本当にビビりねえ」
「少しは胸を張っていいのに」
『……じゃあ、喜んでたんだね?』
「さて、そろそろリリがのぼせちゃう頃だわ」
「じゃあね、グッドラック!」
『エミー、まっ――』
「――あなた、めっちゃ自意識過剰よ! この歌があなたのことだと思ってるでしょ、そうでしょ? そうでしょ? あはははは!」
Carly Simon - You're So Vain
https://youtu.be/mQZmCJUSC6g?si=l8ua3XgEEvzuixZz
歌詞和訳
https://ladysatin.exblog.jp/30425488/
※作中で用いている文言は、自分で翻訳したものです




