1973年8月21日 火曜日 18:39
――ねえ、この、ソープオペラ、なんかすごいわね。
「すごい? そうねえ、アメリカではこういうのないの?」
流石に、ゲイのキャラクターが主人公だなんて、あり得ないわ。ボストンでもまだ自分を隠している人の方が大半だもの。
「そうなのね。『ナンバー96』は、今シドニーで一番の話題作よ。去年からやってるの。今はシーズン2」
オーストラリアって、進んでるのねえ! でも、ドンがゴシップされるの、観ていて痛々しいわ。ねえ、パディントンってこんなゴシップばっかり?
「あはは。あそこはめちゃくちゃオシャレな高級住宅街だけど、ここだけの話、ウワサ好きも集うわね。――ペパロニピザもどう?」
半分だけちょうだい。――うわっ、ベヴったら、今度はプロデューサーと不倫なの? なんだか、男に利用されてる感じがして嫌ねえ! もっと自分を持って欲しいわ!
「本当よね。若い子たちはベヴに憧れるけれど、わたしはヴェラの方が好きよ。シングルマザーなんて、応援しちゃうわよね」
そうね。まだまだ偏見が残っているもの。あ、アメリカの話だけど。オーストラリアはどう? こんな番組やるくらいだもの。女性やシングルマザーの権利に明るいんでしょう?
「あら、こっちも似たようなものだと思うわよ。去年ホイットラム首相がいろいろ法改正してくれて、やっと給料がマシになったって感じ。でもまだまだ、男性社会だわ。あら、ペパロニも美味しいわね」
ほんと、美味しい。もうちょっともらおうかしら。……そうなのねえ。こんな番組を流せるくらいだから、進んでるんだと思っちゃったわ。どこの国も、ないものねだりね。
「そうね。わたしも、アメリカは、女の人たちがもう自由にやってるのかと思ってたわ。いつか、そんな時代が来るのかしらね」
来るわよ、きっと。女性が大統領になることだってあるかもよ?
あなたは、それを見届けてよね、エミー。
「……いつかしら? お婆ちゃんになる頃かしら?」
かもね。
「……リリ。聞いていい?」
なあに?
「……やっぱり、死ぬのは怖い?」
うふふ。エミーってば、真っ直ぐ聞くのね。
――そうね。怖いわ。とても。……どうしようもないくらい。
「そう……」
明日、目が覚めるかしらって思いながら眠るの。睡眠薬ももらっているけれど、飲める気分じゃないわ。
そりゃ、眠ってるうちに……そのまま、っていうのが、一番楽かもしれないけどね。
あたしには、あと何日、何時間残されているのかしらって、いつも考えている。
「わたしに……出来る事はある?」
もう沢山してくれているわよ! ビッグマックに、ピザを食べながらオージー・ソープオペラ! 何も言わずに、いっしょに居てくれてる。
あたしを、尊重してくれている。
ジェイクみたいなお節介と違って!
「彼の気持ちもわかるから、責められない気持ちよ」
わかりたくないわ! 何の為にここまで来たのかしら。まあ、あなたに会えた事はラッキーだと思っているわ、エミー。
「あら、ありがと! わたしもよ!」
でもね、気が重いわ。静かに死のうと思ったのに。あたしは、自分の最後すら自分に決めさせてもらえないのね。
「ジェイクは……そうね、どう言ったらいいかしら。想像だけど。……彼は、あなたが一人で逝くことを、怖がってるんじゃないかと思うの」
知らないわよ、そんな事。あたしは、誰にも知られずに静かに死にたかったの。だからあいつを選んだのに。
「今朝、彼が家を出ていく時の顔、見た? ちょっと面白いくらいに落ち込んでいたわ」
あらあ、見ておけば良かった。そしたら少しくらい気が晴れたかしら。
「そうかもね? ……わかっているでしょ、リリ。ジェイクは、あなたのことが好きなのよ」
……わかりたくないわ。
「――あら、チャイム。……もしかして、御両親がいらしたのかしら?」
……会いたくない。追い返してもらえる?
「……出て来るわね」
「――ハイ、リリ! 驚いて! プレゼントが届いたわよ!」
――え? なあに……まあ!
「凄いわね、素敵! ロマンチック! 赤いバラの花束! ……持てる? 写真撮りましょうよ!」
ちょ、ちょっと待って。手が汚れているのよ。紙ナプキン!
――はい、いいわ。……綺麗ね。
……誰から?
「もちろん、あなたの旦那様よ」
……まあ、そんな気がしたわ。絆されてあげないけど。
「ねえ、買ったばっかりの、コダックの新しいインスタントカメラ、使いたいの。撮っていい?」
待って、待って! ――鏡貸して! 口元拭かなくちゃ! やだあ、普段着だわ!
「あなたは十分綺麗よ、リリ。お花で更にゴージャスだわ。ほら、ポーズとって!」
ちょっと、髪はどう? 変じゃない?
「右側の髪を耳にかけたらいいんじゃないかしら? そうそう、可愛いわ! 行くわよ! ――セイ・チーズ!」
……。……変な顔になちゃった気がする。
「大丈夫よ、すごく可愛かった! よし、フィルムを使い切って、明日現像に出しちゃいましょう」
ええー? 何を撮るの?
「勿論、わたしたち二人の、記念すべきこの夜を!」
あっはは、やだあ、だらだら記念日?
「そうよ! 目一杯楽しんで、ジェイクに羨ましがらせるのよ!」
それ最高ね! ざまあみろ、って感じね!
「ところで、何かメッセージカードとかついてない?」
――あるわね。
……リリへ。ダズンローズを君へ捧げます。心からの愛を。ジェイク……ですって。
「んっふふ。本当に愛されてるわねえ! プロポーズじゃない! わたしも受け取ってみたいわ、そんな花束!」
ふん、結婚してるのに、今さら何よ。そんなのでごまかされないわ!
「そうよ! お花じゃ駄目、ちゃんと言葉と態度で示してって言わなきゃ!」
――そういう事じゃなくて! ……それとこれとは、別って事よ。
「あら、たぶんジェイクは一緒だって思ってるわよ。あの人の行動、全部あなたの事が好きだからだもの」
……正直、そう言われてもね。ピンと来ないのよ。……でもまあ、お花に罪はないわ。
「……わかんない? 御両親や、お友達を呼んだ事の意味?」
わかんないわ。あたしの意志を無視したって、それしか思わない。考えただけで、腹立たしい。
「じゃあ、もう一度聞くけど。彼があなたの事、本当に好きなんだって事は?」
……まあ、もしかしたらそうかもね。
「そうね。……じゃあ、わたしが二人を見て、思った事を、一つずつ言ってみていい?」
一つずつ? そんなに沢山あるの?
「あるわよお。まったく、すれ違ってばっかりなんだから、あなたたち!」
えー! やだあ、何だか聞きたくない内容な気がする!
「あっはは、言っちゃおうかな! まず一つ目!」
何ぃ? やだ、聞かないわよー、あたし!




