余話1 元《退治屋》、かぼちゃから噂を聞く
「よぉ、久しぶりだなー」
「久しぶり!」
ウッドデッキのイスに腰掛け、本を読んでいたガドは聞こえて来た声に本から顔を上げた。
倉庫の方に視線を向けると、十代前半ぐらいの子どもの姿をしたウィルとその肩でブンブンと手を振っているエプリが目に入る。
「お前たち、また来たのか――」
本能に従うウィルは、興味を失えばもう二度と訪ねてこないと思っていたので、少し驚いてガドは片眉を上げた。
「ティトンを紹介した日以来だな」
あれから――ティトンを紹介された八年ほど前から、ウィルとは会っていなかった。
レンツェからは、一度だけ、ティトンの修業の様子を覗きに来ていたと話は聞いてはいたが、会わずに帰っていったらしい。
(……俺に黙って来た時は、ただの魔女の気まぐれか)
倉庫を入り口にされたことに、小さく嘆息した。
ガドはページにしおりを挟んで本を閉じ、
「今日はどうしたんだ?」
「お前の弟子について、いい知らせを持ってきたぜー」
「そうそう! ビッグニュースだよ!」
「いい知らせ?」
ガドは少し眉を寄せつつ、イスから立ち上がった。
『本当かしら?』
その肩に、訝しげな声を呟きと共にレンツェが姿を現す。
(あの笑いは――怪しいな……?)
ニヤニヤとしたウィルと満面の笑みを浮かべるエプリ。
その二人の表情を見てレンツェの声に同意しつつ、ひとまず、ウィルたちを家の中に招き入れた。
「それで、いったいどんな知らせなんだ?」
リビングに向かい合って座り――二人とレンツェにはミルク、自分はコーヒーを用意して――ガドはウィルに尋ねた。
テーブルの上にはエプリが取り出したクッキーの缶があり、さくさくと音を立てながらエプリはクッキーを食べていた。
その隣では、エプリからクッキーを手渡されたレンツェがしぶしぶ口にしている。
「ティトンの奴、最近、〝二つ名〟を得たぜ」
「!」
にやり、と笑いながら告げられた言葉に、ガドは僅かに目を見開いた。
《退治屋》の中でも、名声と実力を兼ね備えた者に付けられる〝二つ名〟。
他の者たちが噂として呼び始めることがキッカケになるため、結果として〝五ツ星〟や〝四ツ星〟にもなれば、何かしらの呼び名を持っているが、〝四ツ星〟以下では得られることはごく僅かだった。
ティトンは《退治屋》となって凡そ八年ほどになるので、前代未聞のことだろう。
「さすがは〝吸血鬼〟の精霊術師だな。指名依頼で引っ張りだこらしいぜ」
俺にも噂が聞こえて来るぐらいだ、とウィルは笑う。
「〝二つ名〟を……学業と仕事の両立は、上手くいっているようだったが」
修業を終えてティトンは希望通りに大学へと進学し、無事に卒業して就職したとは聞いている。
リッキに任せた卒業試験――精霊術師としての能力試験――を経て、〝紹介所〟から定期的に指名依頼を受けるようにとお達しがあったことも。
緊急時の召集は仕方がないが、ある程度、学業優先で仕事を回されているようで――リッキが取り計らったのだろう――充実した日々を送っていた。
だが、まさか〝二つ名〟を得られるまで《退治屋》たちに知れ渡っていたとは、思いもよらなかった。
(そうか、そこまで――)
二人で互いを高め合った結果、〝二つ名〟を得るまでに至ったのだろう。
知らずと、僅かに口の端が動く。
「師匠としては鼻高々だな」
ニヤニヤと笑うウィルに、ぴくり、と片眉を上げてガドは口元を引き締めた。
「だからね、お祝いしたの! プレゼントを渡したら、もうむせび泣いて喜んでいたんだから!」
食べかけのクッキーを片手に、ぴょんぴょんと跳ねながら言うエプリは満面の笑みを浮かべていた。
余程、驚かせたことが嬉しかったのだろう。
「大げさね……」
レンツェは直ぐ隣で振られて飛んでくるクッキーの欠片から身を引きつつ、エプリにじと目を向けた。
「本当だよー。だよね? ジオラ」
信じていないレンツェに、頬を膨らませてエプリはウィルを振り返る。
ああと頷きつつ、ウィルは肩を竦めた。
「俺のプレゼントの驚きは、すっ飛んで行ったようだったけどな」
こちらはティトンの反応にやや不服そうだ。
「そうか……」
その様子に、ガドは苦笑を浮かべた。
「あー! ガドも信じてないー!」
本当だってー、と地団太を踏むエプリ。
「いや、信じているよ」
ティトンがむせび泣くほど喜んだというプレゼントがいったい何なのか、全く想像はつかないが。
『大げさに言っているだけよ、ガド』
(でも、嘘は言わない奴だろ)
『少しの嬉し涙が流れたぐらいじゃないかしら……』
ため息をつく気配がして、ふっとガドは笑った。
「それじゃあ、いったい、どんなプレゼントをあげたの?」
そうレンツェが問いかけると「え?」と声を上げて止まるエプリ。
「それは秘密だよ!」
「…………」
にっこーと満面の笑みを浮かべて言い切ったエプリに、レンツェは眉を寄せた。
そのやり取りを見てこみ上げてくる笑いをこらえることが出来ず、ガドはくくっと笑い声を漏らす。
『ガド……』
(いや、悪い)
どうやら、レンツェはエプリのペースに巻き込まれて調子が乱されてしまうようだ。
「それでね、それでね! ガドもお祝いしたいかなーと思って、知らせに来たんだよ!」
「それで、わざわざ知らせに来てくれたのか……」
わくわくした目で見つめて来るエプリに、ガドは頷いた。
『今度はあなたに驚かしてもらおうってことね』
レンツェがやや冷めた声なのは、悪戯好きのエプリが考えそうなことだからだろう。
ウィルもニヤニヤとした笑みを浮かべていて、楽しそうだ。
「ココの木を使っていたし、アイツ、今も偶に来るんだろ?」
「ああ。月に一回は」
月終わりの日に、今もティトンは顔を見せに来ている。
修業を終えてから、ここに通じる鍵は回収される可能性が高かったが、新しく考えた武器――あの〝針〟の原材料はこの森の木の枝を使用しているので、その補充のために来ることは認められたのだろう。
「お祝いか……確かにソレを聞いたらしたくなるな」
ふむ、と考え込むガドから視線を外し、エプリはクッキーを食べるレンツェに視線を向けた。
「………何?」
物凄く嫌そうなレンツェに、真っ直ぐな目を向けるエプリ。
「レンツェはお祝いしないの?」
問いかけにレンツェは小さくため息をつく。
「どうして、私がそんなことを、」
「〝主〟の初めての弟子なのに?」
「…………っ」
うっ、とレンツェは言葉に詰まる。
「お祝い、してあげないの?」
「…………」
表情を消して、レンツェは黙り込んだ。
さすがに、それにはガドは助け舟を出した。
「エプリ、お祝いのプレゼントは強要するものじゃないぞ」
「ええー。ティトンも貰ったら嬉しいと思うよー?」
小首を傾げるエプリの隣で、無言のままレンツェが見上げて来た。
その問いかけるような視線に「そうかもしれないが」と前置きをして、
「お祝いをあげたいと思ったらあげればいい。別になくとも、アイツは気にしないさ」
『………少し、考えてみるわ』
(エプリは好きでやっているんだ。だから、お前の思うままにしたらいい、レンツェ)
ええ、と頷きの言葉を最後に、レンツェは手に持つクッキーに視線を落とした。
「―――それなら、ウィルは何をプレゼントしたんだ?」
「ん? あー……こっちも秘密にしとくぜ」
コップを口元に傾けて、ウィルはそう言った。
「お前もか…………少し気になるな」
「どうなるかはアイツ次第だな――ただ、楽しみにしておけよ? 絶対、お前にも知らせに来るだろうから」
驚くぜー、とニヤニヤと笑いながら言うウィル。
「ティトン次第……?」
それは一体どういうことだろうとガドは片眉を上げた。
ただ、ウィルが話さないと決めたのなら、いくら尋ねても口は割らないだろう。
(言わない理由は、恐らく〝その方が面白い〟ってことだろうが…………)
この二人の行動原理は、よく似ている。
プレゼントの内容も、ティトンを驚かすか――または、他の奴らを驚かすかのどちらかだろう。
(それにしても、本当にお祝いをするとは……だいぶ、人間臭くなってきたな)
ガドは感慨深げに内心で呟き、
「そういえば、俺も〝結婚祝い〟を貰っていたようだな。ウィル」
お祝いといえば、自分もウィルから貰っていたことを思い出した。
「! 何でお前がソレを知ってるんだよ……」
顔をしかめたウィルは「まさか」とエプリに視線を向けるも、エプリはきょとんとウィルを見返した。
「いや。ミリーからの手紙に、そう書いてあったんだ」
「ミリーからの手紙? こんな辺鄙なところから、やり取りをしているのか?」
その問いに、ガドは頭を左右に振った。
約束の期間が過ぎて〝現〟から〝闇〟に戻り、我らが〝王〟からこの地の守護を命じられてから、一度たりともミリーたちに連絡を取ったことはない。
それが、自分なりのケジメだった。
「修業を始める時に一度な。今までの修業内容などを綴った中に、その事も書いてあった」
「! 息子のことだけ書いておけばいいのに……」
珍しく落ち着きなく目を泳がせるウィルに、ガドは口元に笑みを浮かべてからかうように尋ねた。
「俺にはそんなこと、言っていなかった気がするが……?」
「…………」
うっと身体を後ろに引き、ウィルは口をへの字に曲げて視線を逸らす。
「ふふっ。照れくさいんだよねー」
「…………!」
ウィルはニコニコと笑うエプリを睨み付けるが、エプリは全く気にした様子はなく言葉を続けた。
「ミリーに結婚祝いと言った後もね――」
「あ。おい、止めろ!」
ガドがティトンに渡されたお祝いの内容を知るのは、そう遠くはない未来のことだ――。




