第15話 新人《退治屋》、修業を終える
「コレが言っていた術具だ」
〝血〟に覚醒し、風精霊のクレオメと契約して数日後。
ティトンがガドの下を訪れると、単刀直入に箱を差し出された。
「っ!?」
ティトンは驚き過ぎて声も出ず、目を見開いて差し出された箱とガドを交互に見つめた。
「もう……届いたんですか?」
「ああ。興味があることに対しては、仕事が早い方だからな」
戸惑った問いに、ガドはあっさりと頷いた。
(早い方って――早すぎじゃあ……?)
てっきり、出来上がるのに数カ月――ガドとの約束の日、ギリギリに届くのではないかと思っていた。
「開けてみろ」
「はい……っ」
ガドに促され、ティトンは箱を手元に引き寄せた。
恐る恐る、そのフタを開ける。
「――これは……バングル?」
収まっていたのは、少し変わった形のシルバーのバングルだった。
真っ先に目に付くのは、エメラルドグリーン色の霊石――精霊石だ。
ソレが填まっているシルバーの部分は、二本の紐が捻れて伸ばしたような形をしていた。まるで、キャンディの包み紙のように精霊石を包み、その両端を捻じったまま伸ばしてCに形作っているようだ。その表面には、ぎっしりと模様が刻まれている。
手に取ると吸い付くような感覚があり、重みはほとんどなかった。
『想像以上の代物だな』
(………うん)
触れただけで、ティトンとクレオメの霊力がソレに収束していくのが分かる。
それは精霊石の奥深くまで浸透し、そこで溶け合い、じんわりとした温かみを持ってティトンに流れ込んで来ていた。
「その術具の名前は〝エントラの腕輪〟だ」
手に取ったままじっと見つめていると、ガドがそう言った。
「〝エントラの腕輪〟……」
「簡単に説明すると、〝エントラの腕輪〟は術具としては異質だ。その動力源は霊石ではなく、精霊がその〝力〟を注いで創り出した石――精霊石になる。そして、主な効果は精霊石に宿った精霊の〝力〟の行使や精霊との繋がりが高まり、お互いの能力が強化されるというものだ」
「詳細は中の説明書にあるらしい」と言われて箱の中を覗き込むが、紙が見当たらない。
つとフタの方を見ると、裏側に折りたたまれた紙が貼りつけられていた。バングルをテーブルに置き、紙を取って開く。言われた通り、名前の他に性能などが書かれていた。
「所有者登録はしてあるから、その精霊石を貰った者しか使うことは出来ないようになっている。そこはクレオメも阻止すると思うが、念のための機能だそうだ。あと隠蔽とサイズ調整も自動的にされるから、上腕でも付けられる」
「! そんな機能まで」
感嘆の声を上げて一読し、ティトンは紙を折りたたんで箱にしまった。
もう一度、両手でバングルを持って見ていると、
「それから、その術具の対価として保管していた試験管を三本、所望されたから渡しておいた」
「え? あの試験管を、ですか?」
ガドに保管してもらっていたのは、術式が未熟だった頃のものから薬草の配合の違いを確認したものなど、色々と検証のために残してあった物だ。そこそこの数はあるので、三本程度なら問題はない。
ただ、〝エントラの腕輪〟の対価として相応しいとは思えなかった。
「ああ。向こうの希望だから、そこは気にしなくてもいいだろう」
「そう、ですか……」
本当に大丈夫だろうかと不安になるが、再度、確認する手段はないのでそう思っておくしかないようだ。
「――さて。術具の話はこれぐらいにして、付けた感覚を掴めたら、今後のことについての話をしよう」
「はい!」
それからは、クレオメと今後の戦闘スタイルについて話し合って試行錯誤を繰り返したり、ガドから精霊術師としての心構えなどを教わったりしながら、約束の日までを過ごした。
そして、修業も大詰めに――ガドとの約束の期限が近くなってきていたある日のこと。
ティトンはガドに言われ、〝紹介所〟を訪れていた。
―――「明後日の午後七時に本部へ行ってくれ。そこで、会ってもらいたい人がいる」
その後、その人と共に討伐依頼を受けて来るように、と――。
ティトンが約束の時間の少し前に〝紹介所〟本部の受付に行くと既に話は通っていて、指定された依頼を受け、会議室のカードキーを渡された。
その部屋番号を確認して、会議室に向かう。
(ガドさんが会わせたい人って、いったい、どんな人なんだろう)
ガドの話では同じ精霊術師であり、ティトンの後ろ盾や相談にのってくれるように頼んでくれたらしい。
ただ、忙しくてなかなか時間が取れず、顔合わせと同時に討伐依頼を受けて、実際に修業の成果を見てもらうことになったと――。
『伝手は広い方がいいだろう。ガドも引退した身だ。あまり迷惑はかけられない』
頭の中に響くのは、クレオメの声。
(うん……それは分かっている)
理解しているものの、《退治屋》に登録して間もない頃の嫌な思い出が初対面の《退治屋》に対して少し苦手意識を抱いてしまうのだ。
『大丈夫だ。問題ない』
その心情は〝契約〟したことでクレオメも感じるのだろう。
優しく告げるその声に、ティトンは無言で小さく頷いた。
(………………そういえば一緒に受ける依頼、確認してなかったな)
エレベーターに乗ったところで、会う前に依頼内容を確認しておこうと端末を起こす。
そして、画面に表示された内容に、目を見開いた。
(災級〝三〟の、〝劇場〟の討伐依頼……?)
新人が受けられる討伐依頼は、〝劇場〟となる前のモノがほとんどだ。
作戦中に〝劇場〟となる場合もあるが、ティトンが今まで受けてきた依頼中にはなかった。
その経緯としては――
―――――――――
三日前、森にある遺跡の霊力の力場が突如として上昇、〝劇場〟となる。
地下にも浸食していることから討伐隊を二つに再編成し、掃討作戦を開始。
地下の掃討は終了したものの、〝主役〟は無数の偽物を生み出すために発見できず、地上部の掃討は未だに完了していない。
―――――――――
(今日は地上部での〝主役〟の捜索及び討伐作戦を開始する――災級で、修行の成果を見てもらうのか……)
一緒に討伐依頼を受けるのは、現状で助言がないかティトンの修業の成果を見てもらうのが目的だ。
恐らく、卒業試験も兼ねているのかなとは思っていたが、その内容にティトンは頬を引きつらせた。
(いや、そもそも何で俺が受けれる、んだ――ぁ……)
画面の片隅にある〝指名依頼〟という文字を呆然と見つめていると、エレベーターが止まってドアが開く。
ティトンは身体をよろめかせながら、廊下に出た。
(いや、確かにそうじゃないと受けられないけど……けど、え? えぇーっ?)
混乱しつつも会議室へと足を向けていたが、心なしかその歩みは遅い。
『他の《退治屋》もいるだろうから、そう心配しなくてもいいと思うが……?』
(それは、そうだけど……)
今、出来得る限りの万全の準備はしてきた。
だが、初めての災級の討伐作戦への参加に対して、不安が拭いきれない。
「――ティトン」
頭の中にではなく耳に声が届き、ふわり、と顔の横で風が吹き、柔らかい羽が頬を撫でる。
クレオメが鳥の姿で肩にとまった。
顔を横に向けると、宝石のように煌めくエメラルドグリーン色の瞳と目が合う。
「訓練通りにするだけで大丈夫だ。一緒に、今までの成果を見てもらう」
「…………うん」
ティトンはそっとクレオメの身体を撫でて、心を鎮めた。
動揺し過ぎて、修業の成果が発揮できなければ意味はない。
心が落ち着いたところで手を離し、ティトンは改めて画面の依頼内容を見つめて小首を傾げた。
(でも、何で討伐されていないんだろう?)
現在は、結界によって規模の拡大は抑えられており、湧き出る悪霊たちも掃討されているようだ。
ただ、何故、発生から三日も経ちながら討伐されていないのか疑問に思う。
無数の偽物を生み出して隠れられるのは厄介ではあるが、索敵が得意な《退治屋》に依頼をすれば問題はないはず。他に特殊な事情があるのかとも思ったが、特に記載はなかった。
(その辺りのことも聞いておかないと――)
そう決めたところで、ティトンは一つのドアの前で止まる。
「ココ、だね」
「ああ。どうやら、既に中で待っているようだ」
クレオメの言葉に頷きを返す。
ドア越しに感じる不思議な感覚――その中にある存在に、知らずと身体が震えた。
ティトンは大きく深呼吸をして、覚悟を決めてカードリーダーにカードキーを通した。ピッと音を立ててドアが横にスライドし、
「やぁ! 君がティトン君か。初めまして」
以前、ジオラと会った部屋と同じ大きさの室内にいたのは、二十代後半ぐらいの赤茶色の髪を逆立てた男だった。
人懐っこそうな笑みを浮かべ、軽く手を挙げている。細められた金色の瞳の奥に揺らめく〝力〟に、ティトンは息を呑んだ。
室内に入り、頭を下げた。
「初めまして。ティトン・クラコーンと言います」
ガドと初めて会った時のように気圧されつつ、柔らかな笑みに緊張はすぐに解れる。
それは今までにない、不思議な感覚だった。
「貴方が、ガドさんのお知り合いの……?」
スタスタと近づいてくる青年に問うと、「ああ」と頷きが返って来た。
「ガドの元同僚で精霊術師のリッキだ。よろしく」
目の前で止まった青年――リッキが差し出してきた手を握り、よろしくお願いいたします、と会釈をした。
かけてくれ、と促され、ティトンは長テーブルの左側――右側には剣が立てかけられていたので――のイスに腰を下ろす。
その正面にリッキも腰を下ろし、
「ガドから色々と話は聞いているよ。今回はこっちの都合に合わせてもらって悪いな」
「いえ、そんな!」
すまなそうに言うリッキに、慌ててティトンは頭を横に振った。
「こちらこそ、お忙しい中、お時間をいただいて」
恐縮して頭をぺこぺこと下げるティトンに、「いや」とリッキは手を挙げて制した。
「一度、会いたいとは思っていたからいいんだ。ただ、手頃な依頼がなくて」
「えっ?」
会いたい、手頃、と言われ、ティトンは目を瞬く。
「ティトン。彼は精霊術師ではあるが、その中でも特別な方だ」
肩に止まったまま、黙っていたクレオメが口を開いた。
「特別って……え?」
精霊術師で特別な存在と言えば、心当たりは一人しかいない。
「……〝精霊の愛し子〟の方、なんですか?」
「ああ。俺が君に会いたかったのは、その関係で精霊術師たちの後ろ盾もしているからだ」
リッキはクレオメを見て、笑みを深くした。
「〝愛し子〟として、精霊たちの〝主〟に挨拶をしておきたいしね」
「!」
ティトンは目を丸くしてリッキを見ると、いつの間にか、その肩に小さな女の子が座っていた。
その大きさはエプリやレンツェと同じぐらいで、燃えるように赤い髪と瞳を持ち、どこかおっとりとした雰囲気を纏う――その髪と目の色から火精霊だろう。
「ああ、この子は俺の契約精霊のフリュンだ」
「…………」
リッキの紹介に火精霊――フリュンはこっくりと会釈をしてきた。
「あっ。ティトンと言います」
ティトンははっとして、会釈を返しながら名乗った。
「…………さっき聞いたわ」
「! そうでしたね。……よろしく、お願いします」
ティトンはあっと思い、苦笑いを浮かべた。
つい、姿が見えなかったので名乗ってしまったが、精霊たちは常に〝主〟と共にいるのだ。
元気いっぱいのエプリや冷静なレンツェ、落ち着いたクレオメとはまた違い、見た目通りのおっとりとした性格の精霊のようだった。
ティトンは改めてリッキに視線を向けた。
(リッキさんが、あの〝精霊の愛し子〟……)
精霊術師となって、ガドに最初に教えられたのが〝精霊の愛し子〟の存在だ。
実在すると母親たちからも噂は聞いていたが、ガドに聞いてからも会うことはほぼないと思っていた。
まして、後ろ盾になってくれるなどとは――。
会うのは普通の精霊術師だと思っていたので、〝五ツ星〟のガドと会った時と同様の衝撃を受けて目を瞬いていると、
「ガドから、君の事情は少し聞いている」
「……っ」
ソレを聞いたティトンは、さっと顔色を変えた。
ティトンの《退治屋》としての姿勢について、不快感を抱いてはいないだろうかと。
「よろしく頼む、と言われたよ。引退した身だからあまり表立っては動くことは出来ないから、と」
けれど、リッキは特に何も言わず、ガドのことを話した。
「ガドさんが、そんなことを……」
「元々、同胞として後ろ盾や精霊との付き合い方、力についてなども教えたりもしている。俺はすべての精霊たちの――そして、その〝主〟の味方だ。困ったことがあったら、遠慮なく何でも言って欲しい」
力になるから、とリッキは笑った。
(っ……!)
その奥底に込められた感情を察し、ぞくり、とティトンは背筋が震えた。
にこやかな笑みは精霊への深い愛情の表れ――ティトンの味方だというのも、根本的な理由は契約した精霊のためだろう。
全ての精霊は〝愛し子〟を慈しみ、その〝力〟となろうとし、〝愛し子〟もまた精霊のために全身全霊を――。
「その時は、よろしくお願いします」
少し言葉に詰まりながら、ティトンは頷いた。
(頼りに出来る人が増えたのは、嬉しいけど――)
絶対怒らせたらいけない人だ、と思うティトンだった。
その後、連絡先を交換し、今日の依頼のことについて話し合うと――
「そろそろ行こうか」
会議室を後にしたティトンは〝五ツ星〟専用のホールでリッキに続いてドアをくぐると、今日の現場――日が落ちて暗い森の中に出た。
(ココが……)
張り詰めた気配を肌で感じ、ティトンは生唾を呑み込んだ。
目の前には黒く大きな影――山がそびえ立ち、その裾の辺りに地上から空に伸びる淡い光の柱があった。その柱の中は淡く照らされて崩れかけた建物が幾つも見え、そこに黒い何かが張り付き、蠢いている。
〝劇場〟となった遺跡だろう。
ティトンたちが出たのは、そこに向かう道――その端で、道を挟むように大きな天幕が二つ見えた。
ざぁーっと木々が騒めいて、風が吹きつけてくる。
そして、そこに乗る《退治屋》たちの霊力に気圧され、ぶるりと身体が震えた。
「こっちだよ」
「はい……!」
リッキは二つの天幕のうち、道の右側の天幕に向かって歩き出した。
ティトンは、一度、大きく深呼吸をしてからその後を追う。
人の気配は、左側の天幕の方が多い。恐らく、監視をしている《退治屋》たちの待機場だろう。
右側の天幕からは、周囲の《退治屋》たちの中でも強い霊力の持ち主たち――その一部は知ったモノもあった――が集まっていた。
「お疲れさま」
「失礼します」
リッキは気軽に本部であろう天幕の中に入って行くが、ティトンは恐る恐るその後に続いた。
その中ににいたほとんどの者たちの視線がティトンたちに――ティトンに集まる。
(ぅっ……!)
今までにない圧力に、思わず、頬が引きつった。
(今までにあった同僚とは……)
今まで討伐依頼を共にした《退治屋》たちとは一線を画す気配に、ティトンは知らずと生唾を呑みこだ。
天幕の中には、二十人ほどの《退治屋》や〝紹介所〟の職員たちがいた。
中心にある大きめのテーブル――その上に地図が広げられていて、半数以上が覗き込んでいる。一番奥にあるホワイトボードには、何かが書かれた紙が幾つも貼られ、天幕内の端を囲うように機材が置かれていた。
ティトンを――まだ若手の《退治屋》を見て、片眉を上げる者や会釈をしてくる者、一瞥して地図に視線を戻す者など、様々な反応が返って来る。
(あれっ……サンゼさん?!)
そして、その中に見知った三人を見つけ、ティトンは目を丸くした。
サンゼたちとは、初の討伐依頼を受けてから何度か顔を合わせたことはあったが、声を掛けてくれたことを断ったり一族の事情を知ったりしてからはやや気まずくなり、最近は会っても軽い挨拶を交わす程度だった。
「―――」
目が合うとサンゼたちはそれぞれティトンに片手を上げて挨拶をしてきたので、ティトンは軽く頭を下げた。
出入口近くでパソコンを操作していた女性に身分証を提示し、リッキに促されるままに奥へと向かう。
「――さて。今回は俺の提案を受けてくれてありがとう」
テーブルの一角に立ち、同じくテーブルを囲む面々を見渡した後、口火を切ったのはリッキだ。
他にも年上の者もいたが、誰もがリッキを敬っているのは肌で感じ取ることが出来た。
その隣に立たされたティトンは緊張からじっとリッキを見ていると、不意にこちらに視線を向けられる。
「彼が話していた新しい精霊術師だ。今回はその能力試験になる」
「ティトンです。本日はよろしくお願いいたします」
さっとメンバーを見渡した後、ティトンは頭を下げた。
「災厄もまだまだ未熟だし、何かあれば俺が対応するから、気軽に挑むといいよ」
にこやかに笑うリッキに、はは、とティトンは乾いた笑みを返した。
(気軽には、ちょっと……)
依頼を確認した時に抱いた疑問――未だ、討伐されていない理由は、リッキに討伐依頼の話を聞いて分かった。
ティトンの能力試験のために手頃な相手を探していたリッキが、討伐に待ったをかけていたのだ。
―――「精霊術師には、能力試験があるんだ。今回、そのために手頃な〝劇場〟を用意した」
―――「ただ、思ったより立会人が多くてね。他の精霊術師の場合だと、もう少し少なめなんだけど、前例がガドだからちょっと物々しく感じるかもしれないな」
そう言われて、ティトンは引きつった表情で見返すしかなかった。
ガドからは「修業の成果を見てもらって、今の時点で助言があればしてもらってこい」と言われていただけで、他の《退治屋》が立会人を務める能力試験だとは聞いていなかったからだ。
―――「ガドから話を持ち掛けられた時、別々にしようかと思ったんだけど一緒でいいと言われてね」
軽く笑いながら言われた言葉に、少しそうではないかと疑っていたが、ガドはなかなかのスパルタだと確信して遠い目をしたティトンだった。
多忙なリッキの事情もあるかと思うが、恐らく、突発的な状況下に置かれても平常心を保ち、十二分に実力を発揮できるように心構えを持てという、ガドの最後のアドバイスなのだろう。
「―――」
その場にいる全員の視線が集まり、ごくり、と生唾を呑み込んだ。
リッキの一声で決まったこと――新しい精霊術師の能力試験であるため、表面上は不満の色は少ないが、その腹の内で何を考えているまでかは分からない。
ただ、向けられた視線は品定めする気配は強く感じたが、そこに負の感情は含まれていない気がした。
(けど、待ってもらっていたのなら、ちゃんと成果を見せないと――ガドさんの評価にも繋がるんだし……)
このメンバーで、ガドから師事を受けていると知っているのはリッキと――同族であるサンゼとアミドぐらいだろう。
もしかしたら、サンゼたちは吸血鬼一族の代表としてココにいるのかもしれない。
ただ、ガドによれば、暗黙の了解により吸血鬼の誰かから師事を受けたとは分かっていることらしい。
―――「誰が師事をしたことまでは分からないだろうが、これでも隠居した身だ。教えたことは伏せておいてくれると助かる」
そう頼まれたものの、元々、吹聴する気はなかったので、ティトンはすぐに了承した。
それは元〝五ツ星〟の師事を受けたことが知られれば、さらに悪目立つのは目に見えていたからだ。
とはいえ、試験結果は師を知らなくとも、その評価として噂になる可能性もあるため、無様な姿は見せられない。
(クレオメ。頼むよ――)
『ああ。任せて欲しい』
クレオメの心強い言葉に、ティトンはふっと緊張が和らぐ。
「じゃあ、最終確認だ――」
そのやり取りを気配で感じたのか、リッキはふっと笑うと、最終打ち合わせを始めた。
ただ、ティトンの能力試験なので、作戦と言うモノは特にない。
敢えて言えば、ティトンが結界内を索敵して〝主役〟を見つけ出す――そして、可能であれば討伐も行うが、最低限、発見すればいいというものだ。
その補佐はリッキがつき、ティトンに討伐が無理そうならば代わりに行う。
立会人兼監視である他の《退治屋》たちの配置と、非常事態に陥った時の各自の対応の確認をし――リッキがいるので〝もしも〟の可能性は限りなく低いが――ティトンたちは揃って天幕を出た。
「―――頑張って」
「あ、はい」
とん、と軽く肩を叩かれて振り返ると、サンゼが片手を振りつつ、森に向かう姿が見えた。その後を追うユイリアは手を振り、アミドは頷きを向けて来た。
ティトンは彼らに会釈をして、リッキや〝紹介所〟の職員が二人――あとは《退治屋》が数人と共に廃墟に向かった。
結界の境界まであと五メートルほどになった頃、リッキたちが足を止めた。
「俺たちはココで待機している」
「はい。分かりました」
リッキたちと別れ、ティトンはもう少し結界へと近づいた。
その内側は蔦が覆い茂って蠢き、黒々とした気配に満ち溢れていた。
ビリビリとした威圧を肌で感じ、ティトンは唇を引き締める。
(クレオメ。まずは〝六境界〟を張るよ)
『――了解』
ティトンは左腰に吊っている矢筒のような円形のケース――長さは矢筒の半分もない――に手を伸ばし、そこから木で出来た大きな〝針〟を取り出した。
長さは十五センチぐらいで、その太さは小指ほど。〝針の穴〟の部分は穴と言うよりも〝筋〟と言えるほどに狭いが、その長さは五センチはあった。
そして、右側に吊っているケースから〝カード〟を取り出し、ティトンはその隙間に挟み込んでは虚空に置いていく。クレオメが風を纏わせ、持っているのだ。
六本目の〝針〟に〝カード〟を挟んだところで、無線から声が聞こえて来た。
『全員、配置についた。そちらの準備はどうだ?』
「大丈夫です。お伝えしたとおり、探索範囲を定める結界を張ってから索敵に入ります」
〝六境界〟とは一種の結界で、あの森の木で作った〝針〟とそこに通した〝カード〟を六カ所に配置して〝範囲〟を定め、それを行うことによってクレオメの感知能力を最大限に発揮させるためのものだ。
ただ、悪霊を押し留めたりするような効果はない――言わば、空気の膜に近いが。
『了解。いつでも始めてくれ』
「はい!」
ティトンは一本の〝針〟の両端をそれぞれ手で持ち、体の前に突き出した。
両足を肩幅に広げて、深呼吸を一つ。
(行くよ……!)
手に持つ〝針〟の上に、ふわり、とエメラルドグリーン色の風の渦が生じた。クレオメだ。
それと同時に、漂っていた五本の〝針〟がピタリとその切っ先を空に向ける。
「――〝六境界〟展開」
――――ピィィィィッ!!!
風の渦から鳥の声が響き、その渦を大きくしながら夜空へと浮かび上がっていく。
それに合わせるように〝針〟も動き、六芒星を描くように四方へと飛んでいった。
ティトンは切っ先を持つ左手を離し、〝針〟の頭を右手でつまむように持つ。一呼吸を置いてから手を離すと、〝針〟は吸い込まれるように地面に落ちていき――垂直に突き刺さった。
「っ!」
次の瞬間、足元の〝針〟からエメラルドグリーン色の光が二筋、廃墟へと――その先にある〝針〟へと向かう。
もし、それを上空から俯瞰すれば、結界を内に入れるように逆三角形が描かれているように見えただろう。さらに別の方向の三点からもエメラルドグリーン色の光が現れて三角形を描き出し、六芒星を作り出した。
〝針〟が地面に突き刺さっているのは、それらの頂点――基点となる場所だ。
―――ざぁぁぁぁぁ……っ!!
周囲一帯から〝六境界〟に向かって風が吹きつけ――吸い込まれるように収束していく。
最後に六芒星を囲うように円が描かれて、〝六境界〟の展開が完了した。
「展開完了。目標の捜索に入ります」
〝六境界〟内で、風と化したクレオメの気配が充満しているのを感じながら、ティトンは無線に告げる。
その集中を途切れさせないためか、返答はない。
ティトンは右手を伸ばして〝針〟の上に掲げ、左手は右手首を掴んだままだ。
そして、探索に集中するため、目を閉じる。
(〝主役〟は――)
ティトンの霊力が高まるのと合わせて、さらに風が集まって、木々のざわめきが大きくなっていった。
風は無数の手となって結界内を縦横無尽に、蔦の隙間も縫うように突き進んでいく。
―――ざぁぁぁーっ! ざぁぁぁーっ……!
〝六境界〟に吸い込まれるように吹く風に、リッキたちや周囲に分散する《退治屋》たちが目を細めた。
(コレも違う――こっちもだ)
この〝主役〟は、無数の偽物を生み出すと聞いていたが、確かに結界内を埋め尽くす蔦のあちこちに実のような〝塊〟が数十単位で生っていた。
その表面にさっと触れるが、いつもの感覚がないので無視して次へ次へと進んでいく。
(いない。……いったい、どこに……)
時折、感覚に引っかかるものもあるが、集中すると本体ではないと分かった。
何度か試しに切り刻んで見るが、代わりに別の場所で新たな実が生じるだけ。それは十数個を同時に行っても同じ――その場合は、さらに倍の数の実が生じた。
(この数と実の生成速度だと、埒があかないな……)
一気に実を切り刻んでも、本体を見つけない限り、同じ結果になるだろう。
やがて、〝六境界〟内の隅々まで風が行き渡り、ぶわり、と上空へと舞い上がった。
クレオメは〝六境界〟の天井に沿って反転し、数秒ほど天井に留まる。
(――よし、やろう)
『分かった――』
ティトンの声を受け、クレオメは無数の鋭い刃となって蔦を――実を切り刻んでいく。
刻まれた蔦や実が夜空に舞い、次第に霊力の力場の乱れが高まっていった。
その乱れに集中し、大きく変動があった場所を重点的に調べていく。
結界内の全体攻撃の余波を受け、とある建物の一角が崩れ落ちた。
――――バチッ!!
と。広げた感覚の片隅で、〝何か〟に触れた。
その瞬間、ぐわりと蔦が大きく弛み、禍々しい霊力が結界内に迸る。
「〝主役〟を発見! 周囲の蔦と分離させます!」
目を開き、ティトンは無線に向かって叫ぶ。
地面に向けていた右手の平を上に払うと、すぽっ、と〝針〟が抜けて上に飛び出してきたので、左手でその〝針〟を受け止めた。
感じた場所に意識を傾ければ、それを受けたクレオメが上空に吹き上げた風を唸らせ、地面に――そこへと向かわせる。
それを察したのか、蔦が爆発するように増えて迎え撃つが、
(クレオメ!)
ティトンの声に応じて無数の鎌鼬が放たれ、地面に降り注いだ。
蔦は無残にも切り刻まれ、塵と化す。
突風はその残滓さえも吹き飛ばし、とある一点に向かい、蔦に覆われた一角に激突した。周囲の蔦や壁を爆散させ、顕わとなった〝何か〟を掬い取って上空へと放り投げる。
(これだ……っ!)
ソレはどす黒い光を放ち、蠢く蔦に覆われた塊――〝主役〟だと一目で分かった。
(行けるっ?)
『ああ、問題ない!』
やや高まったクレオメの声に笑みを返し、ティトンは〝カード〟を取り出すと〝針〟に突き刺す。
霊力を込めれば、〝針〟の表面に刻まれた模様の内側から淡い赤色とエメラルドグリーン色の二色の光が漏れ始め――やがて、一筋の光となった。
「――滅します!」
***
『――滅します!』
今回の作戦に参加している《退治屋》たちは、無線から〝混血〟の《退治屋》の声を聞いた。
そして、大地から放たれた一筋の光は、二色の帯を靡かせながら、上空へ打ち上げられた〝主役〟へと迫り――難なく、〝主役〟を貫いたのを目撃する。
〝――――――ッッッ!〟
〝主役〟は内側から淡い赤色とエメラルドグリーン色の光を放ち出し、爆散。
静かな闇夜に、断末魔が轟いた。
「ッ!」
大気が震え、暴発したかのように跳ね上がった霊力に、待機していた《退治屋》たちは臨戦態勢に移行する。
断末魔と共に発せられた霊力が最後の力を振り絞って《退治屋》たちを押しつぶそうと圧し掛かるが、〝針〟に込められた浄化の残滓――二色の光の粒を含んだ風が、それらを包み込んで霧散させた。
さらに〝主役〟によって作られた〝劇場〟も結界内を吹き上げられて夜空に散っていく。
「――」
やや冷たいそよ風が《退治屋》たちに当たった。
作戦開始から討伐まで、僅か十数分。
その光景を目撃した《退治屋》たちが、無言で崩れ行く〝劇場〟を見つめていると、
『〝主役〟の探索及び討伐、完了しました』
やや上ずった声が耳朶を叩く。
その声の主の近くにいた《退治屋》――リッキたちは、勢いよく振り返った若手の《退治屋》に視線を向け、僅かに目を見開いた。
先ほどまで碧眼であったその両眼が血のように赤く――〝吸血鬼〟一族特有の色彩に変化していたからだ。
「リッキさん、どうでしたか……?!」
やや興奮した声で問うのは、無事に仕事を終えられた解放感からくるものだろう。
(……………………ガドの奴、徹底的に鍛えたな)
リッキは、その様子に目を細める。
ガドの現役の頃のややストイック気味なところと相談を持ち掛けられた時の雰囲気――その差は理解していたが、改めて目にすると、内心でため息をついた。
その近くで風精霊が「どうだ、我が主は」と胸を張る気配がして、リッキは口元に笑みを浮かべる。
「さすがは、あの人の弟子だ」
「!」
周りに他の《退治屋》たちがいる手前、誰とは言わなかったが、ティトンはそれだけで察したのだろう。
ぱぁっと顔を輝かせた新たな精霊術師のその表情は、まだ子どもらしさを残していた。
―――それが、のちに〝赫眼の風使い〟と呼ばれることになる《退治屋》のお披露目であった。




