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炎を纏ってかぼちゃは踊る  作者: かぼちゃ
第2夜 とある《退治屋》の災難?
24/34

第9話 新人《退治屋》、修業中~基礎訓練中~


(前回までのあらすじ)

 〝現〟に住む新人《退治屋》のティトンは、〝現〟の住人と〝闇〟の住人である吸血鬼との〝混血ハーフ〟だ。

 〝闇〟で《退治屋》として活動しているうちに己の半分を流れる〝血〟についての無知と実力不足を痛感し、思い悩んでいた。

 そんな時、ひょんなことから〝ジャック・オー・ランタン〟のジオラと知り合い、彼から隠居した元《退治屋》の同族、ガドを紹介される。

 そして、ガドの下での修業が始まった――。



 

 ガドの下での修業は、湖の周囲を走るウォーミングアップから始まる。

 ティトンは〝現〟でも体力づくりの一環で走り込みを行っていたので、それなりに体力に自信はあったが、いつもより霊力が高い環境下であるためか一周走っただけで疲れが出始めてノルマの回数を終えた瞬間、地面に倒れ込んでしまった。


(……こんなにも、違うのか)


 手足は細かく震え、はぁっはっ、と身の内で荒れ狂う霊力の流れにあえぐように呼吸を繰り返すティトンの頭上で、淡々とした赤い目が見下ろし――


「現時点での実力を知りたいから、俺に向かって〝カード〟を使ってくれ」


と。ガドはそう言った。


「はっはぁっ――っは」


 ティトンはガドを見上げて口を動かすも、言葉が出なかった。

 しばらくの間、ガドはそれをじっと見ていたが、 


「――ティトン。休んでいる暇はないぞ」

「は、はい……!」


 ぴしゃり、と言われ、ティトンは身体を揺らした。

 深呼吸を繰り返して呼吸を落ち着かせ、疲労でずっしりと重い身体を転がる様に反転させてうつ伏せになる。両手を踏ん張り、地面から身体を引きはがすように上半身を起こした。

 震える足でよろめきながらも立ち上がり、ガドと向かい合うが、


(こ、この距離だと……)


ホルダーから〝カート〟を取り出したところで、ティトンは動きを止めた。

 ガドも後ろに下がって距離を取っているが、十メートルも開いていない。


「はぁっ、はっ……えと、」


 大きく息を吐きながら、ティトンは声を掛けようと口を開くが、


「どうした? 早くしろ、ティトン」

「はい……っ!」


 赤い瞳に射抜かれ、反射的に〝カード〟を放っていた。

 名前を呼ばれると、何故か身体が反応してしまうのだ。

 疲労で手の動きは鈍いものの〝カード〟は問題なく発動し、バチバチと光を放ちながら真っ直ぐに無手のガドに向かっていく。


「ぁ……」


 当たると思った瞬間、ガドが僅かに身じろぎをした気がした。




―――パン……ッ!




と。軽い破裂音とともに、ガドの正面で光が弾ける。


「えっ?」


 目を瞬いたティトンが見たのは、軽く右手を挙げているガドの姿だ。

 〝束縛〟の力が込められた〝カード〟の効果が発動した様子は見られない。


「――なかなか、いいスピードだ」


 まるで、何かを振り払ったような手の位置にティトンは唖然とした。


(無手のまま、あっさりと……?)


 いつの間にか黒い手袋をしているものの、まさか無手で防がれるとは思いもよらなかったからだ。

 ガドの実力の一端――その実力の差を見せつけられた気がした。


「発動までの霊力の流れもいい。次は別の〝カード〟を使ってくれ」

「………」

「ティトン?」

「……は、はい!」


 びくり、と肩を震わせて我に返り、ティトンは別の効果を持つ〝カード〟を手に取った。






 その後も〝カード〟の攻撃は尽く防がれ続けて「次は体術だ」とガドが呟いた瞬間、目の前に現れたかと思えば、反応する間もなくあっさりと投げ飛ばされてしまった。


「〝現〟と〝闇〟の者では、根本的に身体能力が違う……慣れる必要があるな」

「はっ、は……ぃ」


 立ち上がる度に投げ飛ばされ続けたティトンは、何度も地面に沈むことになった。

 オットーから指導を受けて合格点は貰えていたのだが、ガドの攻撃の速度や一撃の重さは〝現〟の人たちとは全く違い、目で追うこともままならず、辛うじて受け身をとるので精一杯だった。

 そして、とうとう立つことも出来なくなると、ガドはティトンの顔を覗き込みながら、


「走り込んだ後、講義の前に組み手を追加だ。ティトン」

「はっ、はぁっ……お、お願い……します……」




―――「どうした? それで終わりか?」




 何度、叩きのめされようとも、ガドが終わりを告げるまで組み手は続けられた。

 ティトンは走り込んだ後の疲労困憊の身体を引きずり、ただ全神経を尖らせてがむしゃらに食らいついていくことしか出来なかった。




―――「もっと、〝外〟から〝己の内〟に干渉する霊力を感じろ。そして、体内を循環し、〝外〟に放出される霊力の流れを感じるんだ」




 最初は、ガドの言っていることは全く出来なかった。

 自分自身の身体に流れている霊力は分かる。身体から外に放出しているのも分かる。〝(周囲)〟の霊力の高さも分かる。

 だが、その循環――〝流れ〟を感じることは出来なかった。


 空気中の霊力の濃度の高さが霊力を持つ者に影響を与えることは知っていて、その影響を期待して、この森で修業をしているのだ。

 だから、ガドのその教えも分からなくもないが、そう簡単に出来るものではない。


 それでも、出来るようになれと叩きのめされ続け、走っている時も常に体内の霊力の流れに意識を向け続けた。

 一週間、一カ月、二カ月と続けていくうちに、少しずつ身体の中に流れる霊力の流れを感じるようになっていった。

 その流れは走り始めと終わりでは大きく異なっていて、それが周囲の霊力の影響を受けて自身の霊力が活性化しているということなのだろう。

 そして、溢れ出した霊力が肌の上を撫で、周囲へと流れて行くことも。




―――「周囲の霊力の流れに意識を向けろ。目で見るだけでは追いきれないぞ」




 駆けている間も頬を撫で、肩に当たり、脇を通り過ぎて、腕や足をすり抜けていく風。

 その風と共に〝何か〟が流れていく。


 〝何か〟――周囲の霊力はティトンから溢れ出た霊力をも絡め取り、背後へと流していった。


 周りの霊力と共に流れる自身の霊力の残滓は風に乗り、自分から遠ざかるにいくにつれて希薄になっていく。

 駆けながらも意識の一部でソレを追うのは、かなりの集中を必要とした。




―――「相手の霊力の流れに沿って、自分から流れる霊力も流すんだ」




 段々と、朧げながら周囲の霊力の流れが分かるようになっていくと、次にガドは相手の霊力も感じろと言った。

 意識して高めに霊力を纏った身体で組み手を行いつつ、高い身体能力に対して立ち向かうには、目で追うだけでなく霊力を感じろと。


 向かい合うガドが纏うのは、静謐とした――隙のない霊力の流れ。


 目の前に立たれるだけで、ひしひしとその存在を感じ、霊力を探るまでもない。

 だが、その威圧に気圧され、本能的な危機感から目で追ってしまう。

 何より、周囲の霊力――果てはティトンが放つ霊力さえも切り裂いてしまいそうな鋭さがあるため、感じてもその流れを注視することは困難なことだった。




―――「遅い! まだまだ見ることに頼り過ぎだぞ」




 それでも、容赦なくガドは一撃を放ってくる。

 全神経を集中させて身体の――肌の上に霊力を纏わせ、ティトンは食らいついていくしかなかった。

 月日が経つにつれて、本当に少しずつだったが、ガドの攻撃の動きが――身体が纏う霊力が空を切り裂いていくこと、その流れに沿うように動く腕が分かるようになっていった。

 また、同時に走り込みで疲労困憊だった身体も、徐々に疲労が減って動ける時間も増えていた。


 極限まで体力を削られたことで高められた集中力と森に満ちる霊力が、飛躍的にティトンの力を引き上げていた。

 そして、半年が過ぎた頃には、ガドからの一撃を受け流したり、受け止めたりすることが出来るようなった。

 ただ、受け止めるといっても、その一撃の重さに耐えきれず、数撃で沈められたが。

 多少はマシな組み手になってきたのではと思えば、




―――「なら、次の段階だ」




と。ガドの動きが一段と早くなり、またボロボロにされることが多くなってしまった。

 どうやら、かなり手加減されていたらしい。

 生傷は絶えることはなかったが、それでも大きな怪我を負わなかったのは、ガドの手加減が上手いのだろう。









 一方、〝()〟についての講義は――。


吸血鬼(ヴァンパイア)の〝力〟について、〝現〟の伝承以外に知っていることはあるか?」

「! はい。母から少し聞きました」


 母親に最初に教えられたのは、一般的に伝承で知られているモノはあくまでもおとぎ話(フィクション)だということ。

 それは〝生き血を糧とする〟、〝蝙蝠に化ける〟、〝鏡に映らない〟、〝日光に弱い〟、〝にんにくに弱い〟等だ。

 ただ、一つ、真実に近いモノは――。


「そして、〝生き血を糧とする〟――実際はそこに含まれている霊力が扱えるということ、繊細な霊力の制御能力だと……」


 ティトンの言葉に、そうだ、とガドは頷いた。


「それが我々が最も秀でている点だ。〝現〟で〝血を啜る〟と噂がたったのも、そもそも〝血〟に宿る霊力は濃く、扱いやすいために多用していたことが原因だろう。自身の霊力の保有量の多さも〝闇〟では上位に位置し、制御にも長けている――そして、それはその身に宿すモノに対してだけでなく、周囲に漂う霊力に対してもだ」

「その五つの〝()〟が全て、ですか……?」

「ああ。どれも深く関わっている。〝()〟によっては、触れるだけで他者の霊力を吸収し利用できる者もいる」

「………!」

「周囲の霊力も多用することから、時を経ることに比例してその身に宿す霊力も高まっていき、高い身体能力と長寿を得ることとなる。我々の平均寿命は千歳近いが、〝混血(ハーフ)〟はそれほど(・・・・)長くはない。〝()〟に秀でた者でも二百年ほどだ」


(二百年……)


 確かに吸血鬼(ヴァンパイア)の平均寿命と比べれば、半分以下だが――。


「とはいえ、それは〝闇〟側から見たものであり、〝現〟側からしてみれば、十分、長生きだろう」

「………はい」


 少し案ずるように眉を寄せたガドに、ティトンは苦笑を返した。

 その不安は、母親に〝混血(ハーフ)〟だと知らされた時からずっと抱いていたモノだ。

 例え、どうすることも出来ないと分かっていても――。


(だから、《退治屋》の方を紹介されたのかな……)


 そう考えると、〝闇〟に来て《退治屋》となった方が良かったのかもしれない。

 〝(ココ)〟ならば、〝混血(ティトン)〟よりも長生きな者たちが多いからだ。


「実戦も行って、どういった〝()〟の使い方にするか色々と考えたが――」


 少し重くなった空気を変えるためか、ガドは話を変えた。


「〝カード〟を書く時に使用するインクに手を加えてはどうだろう?」

「インクに、ですか?」


 どうやって手を加えるのかピンと来ず、ティトンは小首を傾げた。


「【呪】の〝力〟は刻印とソレを固定化するために特殊な塗料の作製に秀でている。簡単に言えば、インクに己の血を混ぜて使うということだな」

「!」


 ティトンは、脳裏に指先からインクに向けて血を垂らすイメージが浮かんだ。


「もちろん、精製はするから衛生的な問題はない。使用する塗料に混ぜた血を足掛かりとして、インクに霊力を馴染ませやすくすること、あとは発動した術の効果を増幅させることが目的だ」

「術の効果が上がるんですか……?!」


 えっと目を見開くと、そうだ、とガドは頷き、


退魔師(エクソシスト)の〝陣〟の理論と【呪】の刻印術の理論は類似点もあるが、短期間で刻印術の基礎を叩き込めても、双方をさらに発展させることは難しいだろう。〝()〟が覚醒すれば、そちらを制御する訓練に時間も取られる」

「……!」


 痛いところをつかれてティトンは息を詰めるが、ガドは特に気にした様子はなかった。


「その点、インクなら使用する素材や精製用の術式を覚えれば、さっき言ったような力の底上げになるからな。そっちも〝現〟と〝(こちら)〟の素材の違いなどを覚える必要があるから、それなりの時間が掛かるが――」


 頑張ります、と意気込むティトンにガドは小さく笑う。


「ひとまず、インクの精製に使用する術式――使用する文字などの基礎知識から話そう」

「お願いします!」




 それから基礎知識を教わり始めたが、ガドは退魔師(エクソシスト)が使用する文字との違いや類似点も交えて教えてくれた。

 どこで退魔師(エクソシスト)に関する知識を知ったのかは分からなかったが、元《退治屋》であることや実年齢を考えると、知り合った退魔師(エクソシスト)に教わったのだろう。


 そして、一通り教わると、今度は使用する薬草や薬品――〝闇〟側で扱われている品物のことについての講義が始まった。




「今日からはココで実物を見つつ教える」


 ガドに案内されたのは、様々な物で溢れた部屋――ティトンの家の地下室と同じ、作業部屋のようだった。

 ふわり、と木と薬草の匂いが鼻腔をくすぐる。

 部屋に入ってすぐ目に付くのは、中央に置かれた二つのテーブルだ。

 手前のテーブルには簡易コンロや秤、鍋などが置かれ、奥のテーブルは本が数冊と紙束が幾つか置かれているのが見える。

 入り口の左右と左側の壁一面は棚があり、薬品が入ったビンや乾燥した薬草などの他に古びた本が収まっていた。右側の壁際にもビンが収まった棚と、小さな洗い場がある。

 そして、正面の奥――天井近くに窓があり、その下に壁に向かうようにして机とイスが置かれていた。

 机の左右を挟むように置かれた棚の右側には木の枝の束、反対側は綺麗に斬り分けられた小さな木彫りの棒が収まっている。


「奥のテーブルで話をしよう」


 そこに座ってくれ、とガドにテーブルの間にある丸イスを示され、ティトンは腰を下ろした。

 ガドは壁の棚に並べられた本の中から1冊を取り出すとテーブルの上に置き、壁に向かっているイスをこちらに向けて、そこに腰を下ろす。


「まずは、〝(こちら)〟で入手できる薬草や薬品関係を覚えてもらう。〝(そちら)〟の物と混ぜると危険なモノもあるからな。色々と注意が必要だ」

「はい……!」

「〝紹介所〟で買ったことはあるか?」


 〝紹介所〟では、薬草や霊石、薬品などの消耗品類の買取りと販売を行っている。

 他にも武器や防具なども販売されていたりと充実していて、〝闇〟側のそういう店の場所が分からないティトンには有難かったが――。


「いえ。《退治屋》になった時、覗いたぐらいで……見たことのない物もありましたし」


 一応、品ぞろえを確認はしてみたが、〝現〟でも流通しているモノがあったものの、半数以上が見たことのない代物で扱うには知識が足りていなかった。

 近接用のナイフや〝カード〟に使っている消耗品などは、母親やオットーたちが利用している店で購入しているので、今のところ利用する予定はなかった。


「そうか……使用している薬品類(モノ)のリストは持って来てくれたか?」

「はい。これです」


 ティトンはポケットから紙を取り出し、ガドに差し出した。

 前回、来た時に〝カード〟の作成に使用している材料などをまとめてくるように言われていたのだ。

 ガドはそれを受け取ると、メモに目を通す。


(〝五ツ星(サンキ・エワル)〟の人ぐらいになると、〝現〟のことにも精通しているのかな……)


 何となく、〝闇〟の人たちと〝現〟の人たちの間には見えない壁のようなもの――隔たりがある気がしていた。

 他種族への、排他的なモノを――。


「――――教えようと思っている素材(モノ)とは、問題はないようだ」


 ふむ、とガドは一つ頷いて、メモから顔を上げるとそう言った。


「そうですか……」


 ティトンはほっと息を吐いた。

 ココで無理だと言われたらどうしようかと不安だったのだ。


「まだ、霊力を活性化させる途中だが……そうだな。薬草などについて一通り教えたら、一度、目指すインクを作ってみようか」

「!」

「作る工程上、完全に覚醒した状態と効果は段違いだが、今でも多少なりとも効果は分かるはずだ。その方がやりがいがあるだろう?」

「はい! 是非、お願いします」

「なら、しっかりと覚えないとな」


 ふっと笑って、ガドは本をこちらに向けた。

 ワインレッド色の少し古びた表紙に〝薬草図鑑〟と書かれたハードカバーサイズの本で、厚さは五センチほどある。


「これは〝闇〟で採れる薬草をまとめた図鑑だ。だいたい、網羅されているだろう。これを使って話を進めていく」


(〝闇〟側の、薬草図鑑……)


 差し出された本のカバーを手に取ってめくると、ふわり、と古本独特の匂いがした。


「今はタブレットで見るのが主流だが、私は紙の方が好きでな――」


 目次の後に薬草の写真と群生地、効能などが載っていて、所々、ガドが書いたであろうメモ書きがあった。


(……すごい……全部に、書いてある)


 そっとメモ書きをなぞっていると、苦笑のような吐息が聞こえた。


「昔、使っていたもので悪いが新種が出てと言う話はそう聞かないし、今はソレで我慢してくれ。〝紹介所〟に書籍の名前を言えば、電子化したのも買えるはずだ」

「…………いえ。俺も紙媒体の方が好きです」


 ティトンは図鑑から顔を上げ、真っ直ぐにガドを見た。


「あの、これってお借りしても大丈夫ですか? 帰ってからも、勉強したいんですが……」

「ああ、それは構わない。最近は使っていないからな」

「ありがとうございます」


 ティトンはぱぁっと顔を輝かせ、図鑑に視線を落とした。


「――――」


 興味深そうにページをめくる姿を見て、ガドが口元を緩めたことにティトンは気づかなかった。






         ***






 コポコポコポ、と小さな音と共に香ばしいコーヒーの香りがキッチンからリビングに漂っていた。

 ガドはキッチンでティトンの手土産であるパウンドケーキを切り分け、小皿に乗せていた。


「―――ガド」


 名前を呼ばれてガドが顔を上げると、リビングのテーブルの上に手の平サイズの女の子――レンツェが立っているのが目に入る。


「……みえたか」


 キッチンから出たところで、玄関のドアがノックされた。

 足早に玄関に向かってドアを開けると、


「よっ! 久しぶりだな、ガド」


軽く手を挙げて、にこやかな笑みを向けて来たのは二十代後半ほどに見える男だった。

 短く切った赤茶色の髪を逆立てていて、金色の目は細められ、真っ直ぐにガドを見ている。

 その肩には燃えるような赤い髪と目を持つ小人が座っていた。


「お久しぶりです。リッキさん、フリュン」


 ガドは小さく会釈を返した。

 それに対して男――リッキは片眉を上げ、その肩に座る小人――火精霊のフリュンはゆっくりと頷いた。


「相変わらず、堅苦しいなぁ」

「それは……引退した身なので」


 リッキに、ガドは苦笑を返した。

 リッキは見た目こそ年下にしか見えないが、《退治屋》の古参――〝ティルナノーグ紹介所〟の設立(・・)に関わった人物だった。

 《退治屋(現役)》の頃は、会う度に言われ続けていたので敬語は控えていたが、久しぶりの再会であるため――何より、引退した身なので敬語になるのは仕方がない。


「別に、そんなこと気にしなくていいんだけどなぁ」

「いえ、そういう訳には……」


 どうぞ、と身体をどかして中に招き入れた。

 リッキは、やれやれ、と言いたげに肩をすくめた。


「お邪魔します」


 どうぞそちらに、とリッキにイスを勧め、ガドはキッチンへコーヒーとパウンドケーキを乗せたトレイを取りに向かう。

 リッキはイスに腰掛けると、テーブルの上に座るレンツェに視線を向けて、


「レンツェも久しぶりだな」

「ええ。元気そうね」


 リッキの前にコーヒーとパウンドケーキ、フリュンとレンツェの前にはパウンドケーキだけ、自分の前にはコーヒーだけを置いた。


「どうぞ。貰い物ですが」

「お? 悪いな。有難くいただくよ」


 リッキはフォークで切り分け、一口食べた。

 その隣で、ぺこり、と頭を下げたフリュンも特製(ミニ)フォークを手に持ち、パウンドケーキに突き刺す。


「――ん。美味いな。貰い物ってことは弟子からか?」


 ガドは頬を膨らませながら食べるフリュンに視線を向けていたが、リッキの言葉に笑みを浮かべて頷いた。


「はい。教えてもらっているお礼に、と持って来てくれるので」

「へぇ……それは嬉しい差し入れだな」


 リッキは目を細めて笑い、パクパクとパウンドケーキを食べていく。


「ええ。毎回、味も変わるので楽しみですね」


 リッキがコーヒーを飲んで一息ついたところで、ガドは改めて礼を言った。


「今日はご足労いただきまして、ありがとうございます」

「それは全然構わないぜ。さすがに所長に呼び出された時は、ちょっと驚いたけどな」


 笑ってそう言うと、リッキはカップをソーサーに置いた。


また(・・)ココに来るとは思わなかったなぁ――元気そうでなによりだ」


 目を伏せて最後に呟いた言葉は、ガドに対してのものではなかった。

 そっと開いた瞼の下から、不思議な光を宿した目が現れる。


「――……」


 一瞬、威圧され、ガドはカップを口元に運んだ。

 リッキは真っ直ぐにガドを見つめ、


「もちろん、ガドとレンツェもな」

「リッキさんたちも、お変わりがないようで――」


 ガドは小さな笑みを返したものの、すぐに引っ込めて本題を切り出した。


「お呼びだてした理由は、お聞きになっていますか?」

「ああ。簡単にだけど、一通り聞いてるよ」


 そうですか、とガドは小さく息を吐き、


「どこまで手を出していいものか判断がつかなかったので、助言をいただきたくて」

「まぁ、そうだろうな。お前たちも(・・・・・)ジオラたちと同様、少し特殊だったし」

「………」


 その言葉に、レンツェは少し嫌そうに眉を寄せた。

 リッキはソレを見て、小さく笑う。


「お前にも色々と世話になったから、俺としても(・・・・・)頼ってくれたのは嬉しいよ」

「いえ。私の方こそ、色々とご迷惑をおかけしまして――」


 ガドもレンツェに視線を向け、口元に苦笑を浮かべる。

 そんな二人から顔を逸らすように、レンツェはパウンドケーキに向き直った。あの時のことは、あまり思い出したくないようだ。


「〝()〟を使いこなせるようにしたいって話だったな。最初はどういう方法を考えていたんだ?」

「〝使い魔〟を持たせて、制御の補助をさせようと思っていました。……ですが、レンツェから話を聞いてからは〝エントラの腕輪〟を使えないかと思いまして」

「! なるほど、〝エントラの腕輪〟か……」


 とある術具の名前に、リッキは少し驚いたように目を見開く。

 術具とは、霊力の力場が高い場所で生じる霊力の塊というべき物質――〝霊石〟を動力源とし、その道具に刻み込まれた術式どおりの効果を発動することが出来る代物のことだ。

 〝エントラの腕輪〟は、その一種だった。


「そういえば、その性能の高さは知ってたな」

「ええ、まぁ」


 ちらり、とレンツェを見ると、彼女は見上げて来るが何も言わずに目を逸らした。


(アレさえあれば、万が一の暴走の危険性もなくなるはず――)


 レンツェから話を聞いて、ガドの頭の中に真っ先に思い浮かんだのがその術具だった。

 その効果はガド自身の目で見ているので、ティトンの助けになるのは間違いない。

 リッキは口元に手を当てて、少し考える素振りを見せ、


「確かにアレなら〝()〟の制御も容易になるし、暴走する危険性も限りなく低くなるかもしれないが……アレは量産品じゃなくて趣味のモノだから、早々に手に入らないぜ?」


 その製作者は〝闇〟側でも知らぬ者はいないほどの有名人ではあるが、誰もが使えて手に入りやすい量産品とは違い、趣味(・・)で製作した品々は高性能かつ一品物が多く、気まぐれでしか世に出さないことが多かった。

 そのため、彼の者の趣味(・・)の作品は希少価値の高い術具となり、高額で取引されることが多かった。

 ただ――。


「はい、普通なら入手は困難だと思います。ですが、ウィル(・・・)が関わっていることなので――」


 最後の言葉を濁すと、リッキはすぐに察して片眉を上げた。


ジオラが(・・・・)関わっている(・・・・・・)とすれば、製作の依頼も期待が出来るか」

「…………」


 引き継いだリッキの言葉に、ガドは無言で頷いた。

 正確には、ジオラの庇護者のことを指しているのは互いに分かっている。


製作者(あの人)は〝(所長)〟よりも〝(ルネさん)〟――いや、博士よりの気質だからなぁ。興味を持ってくれれば、作ってくれる可能性も高い、か……」


 リッキは呟きながら二人の精霊を見ると、しばらくの間、黙考した。

 つと、ガドに視線を戻して小さく頷き、


「分かった。俺も所長を通じて掛け合ってみるよ」

「! ありがとうございます。お手数をおかけしてすみません」


 その言葉に、ガドは頭を下げた。


「いや、久しぶりの(・・・・・)新しい仲間だ(・・・・・・)。喜んで協力させてもらうよ」

「―――」


 ガドはリッキの声に顔を上げ、もう一度、無言で頭を下げた。









 今後の修業の内容を決めるため、幾つかリッキに確認とアドバイスを貰い、ガドはだいたいの方針を固めることが出来た。

 そして――


「所長から、呼び出されたとのことでしたが――」


 一つだけ、気になっていることがあった。


「ん?」


 僅かにガドの雰囲気が変わったことに、何だ、とリッキは片眉を上げた。


「所長は、私の依頼以外のことは何も……?」


 言外にガドの言いたいことを理解し、リッキは頭を横に振った。


いつも通り(・・・・・)手助けこそするが、他には何も言わないな」

「そうですか……」


 ガドは目を伏せた。

 〝白の魔女(所長)〟は〝魔女(傍観者)〟でありながらも、大昔に起こった〝大災厄(・・・)〟を経て〝ティルナノーグ紹介所〟を立ち上げ、〝世界〟に関わってはいる。関わっているが、世界に起こる事柄――〝劇場(モルセーヌ)〟を予見して警告することも、事態の収拾に指揮をとっているわけでもない。

 ただ、最低限の助言や手助けなどを行うだけだった。

 恐らく、〝紹介所〟を立ち上げたこと――〝世界〟に関与したことにより、何かしらの代償(・・)或は制約(・・)があるのだろう。

 

(やはり、今回も――)


 ガドもその下で《退治屋》として活動していたので助言の期待はしていなかったが、堪らず小さくため息をついてしまった。

 例え、助言はない(何もない)と分かっていたとしても、今回ばかりは尋ねないわけにはいかなかった。

 大事な弟子(・・)に関わることだから――。


「〝黒の魔女〟が関わっているのなら、お前が(・・・)鍛えるということが何かしらの意味はあるんだろうな」


 そんなガドの心情を察してか、リッキはカップを置くとそう言った。


「…………」


 ガドは伏せていた瞼を上げて、リッキを見た。

 七人の〝魔女〟の中で、最も〝星読み〟――未来予知に長けていると言われている〝黒の魔女〟。

 また、最も〝魔女〟という世界の傍観者(存在意義)を体現しているため、以前はその〝力〟については噂程度のものでしかなかった。

 それは大規模な〝劇場(モルセーヌ)〟が発生する事案以外で、動くことがほとんどなかったからだ。

 だが、その〝力〟が知れ渡ることになったのは、〝ジャック・オー・ランタン〟のウィル・ジオラを手元に――庇護下に置いてからだった。

 ジオラを通じての関与は不可解で、全く意図が読めない行動ばかりだったが――ジオラが自由奔放すぎるのも一因かもしれない――〝劇場(モルセーヌ)〟の素早い鎮圧や発生の阻止に多く貢献していた。

 ただ、それと比例して、色々とトラブルが多発することも多いが。

 そのことが問題になっていないのは、ひとえにその〝星読み〟の能力の高さと彼女への信頼度からだ。


「だから、お前が思うように鍛えればいいさ。どんな理由であれ、その機会が与えられたんだからな」


 リッキは慈しむような瞳でガドを見返し、口元に柔らかい笑みを浮かべた。


「――ええ、最善を尽くします」


 ガドは強く頷き、柄にもなく動揺している心を落ち着かせようとカップを手に取って、コーヒーを一口飲んだ。

 つい、色々と勘ぐってしまうのは、初めて〝黒の魔女〟に関わってしまった時のことが強烈な印象として残っているからだ。

 その事でガドの運命は大きく変わってしまったが、その結果を選んだのはガド自身だ。微塵も後悔はしてない。

 むしろ、かけがえのない存在が出来た――それがなければ得ることが出来なかったので感謝はしていた。

 

(もうすでに事態は動いている。警戒し過ぎるのもダメか……)


 〝黒の魔女(彼女)〟が投じた一石の波紋は、既に広がっている。

 それが、今後、どんな影響が現れてくるのか分からない。

 だが、リッキの言う通り、ガドに出来るのはあの子を一人前に鍛え上げることだけだろう。

 そうすることが、あの子の身を守ることになるのだから――。



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