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目の先からはあの壮年の神官がヘラヘラと戯けたように歩いてくる。
私がこんな状況だからだろうかあの歩みには余裕があるように見え私を嘲笑うようだ。
そんな余裕ぶった表情なのにその周りには光のオーブが浮かんでおり一瞬の隙すら無い。
「おやおや…今の攻撃で中々出来上がってしまったようですね?非常に…えぇ非常に残念でありますよ未来ある貴方をこうして無くしてしまうのは…ではまた来世でお会いしましょう、貫け『忠義に従う光撃』」
言葉と同時に光のオーブは輝く。
そして脳があの攻撃を避けなければ先程と同じことが起きると輝きに合わせ囁き無理矢理にでも身体を動かす。
身体が絶叫を上げながら横へと飛び出して…軌跡が通り過ぎる。
私がいた所には赤熱し草を焼き尽くしてやがて茶色に染まる。
あんなのが身体に当たったら途端に骨まで貫通してしまうだろう。
「おやおやまだ動けるのですね?いやー…本当にここで獣のように傲慢にならなくて正解でしたね?まだ楽しめそうです…えぇ本当にねェッ!」
その言葉に答えるように光のオーブは木に作り出される木の実のように空中に実りだす。
壮年の神官はそのヘラヘラと笑っていた顔を歪ませ本当に楽しそうにさせて私を見定める。
身体に残り少ない魔力を注ぎ込み身体強化を施すと倒れている状態から起き上がり地を蹴り遠くへと逃げるように駆け出す。
私の行動を嘲笑うように壮年の神官が手を向け光のオーブを飛ばす。
一切の躊躇すらなく空を駆けてそして切り裂いて私の横を通り過ぎる。
そんな状況を覆す何かが無いかと考える。
頭の中では光のオーブの無力化する方法や虚空庫に何かが無いかと思考を巡らせる。
だがどれもコレもが今の状況を覆すに足りないものだと思考の果てが結論付けていく。
我流戦闘術である『神風脚』による逃走も結局は溜めが必要だしその溜めをしている時間はない。
虚空庫の中に秘めた数々の物でも光のオーブの一撃を耐えるのは難しい…可能性があるとしても近付かないとどうにもならない。
コイツと同じ宗教に関わっておりあの時ディーセを滅した『異次元庫』ならどうかと思ったが所詮は私の手から出来上がるし持続時間も短い。
手を向ける時間より先に光のオーブが私の身体が貫かれるだろう。
私の必殺技とも言える暴食の技でも距離が足りない…頭の中で詰みという言葉が反響するがそれを否定しようと身体が動く。
頭で幾千の魔法陣の構想が描き出される。
死中にこそその境地に至らんと思考が回る。
「魔法陣展開…ッ!」
構想が出来上がり頭で理解して窮地を乗り越えんとする魔術を描こうと指を動かす。
脚は止めていなかった筈なのに光のオーブが脇腹を掠める。
脚が腕がオーブに飲み込まれて捻じ切れ焼かれて焦がす。
震える手で指でシンボルを宙へ描き出す。
中心となるソレは光と真逆の闇の月を描き重ねるようにその効果を援護するような紋様に…そうして出来上がったモノを撃ち出す為に手を前へにと翳し腕が宙へと投げ出された。
「え…」
そんな私の間抜けな声が耳に聴こえる先に視界の目前が光の白に染まる。
脚は砕け溶かされ片膝を着かされその光は胸を焼き尽くして通り過ぎて目と瞳と脳と…撃ち抜かれて思考を鈍らせた。
何かを考えようとするとノイズが走り今思い描いていた何かすらも全てが虚無へと終わる。
今描いていた筈のそれは出来上がる前で終わったことで崩壊し魔素となり宇宙へと帰り霧散する。
嗚咽が込み上げるがそれを飲み込みこの状況を何とかしようと魔力を巡らせて指に乗せて宙を描くが形にならない。
思い出せなくなってしまったのだ…今の今まで思いの中で描いていた魔術の原型である魔法陣が。
脳が痛みを理解し絶望感を生み疑問や構想の全てを否定する。
全ては楽な方へと歩み出し難しいことを考えるなと自分に空白に埋められた光へと誘う。
残ったちっぽけな理性も精神すらやがて尽き果て狂い出した。
「おやおやコレからが面白い所だったのに…まぁこの我らが弟の『信義』と『忠義』にある程度耐えたのですから貴方は祝福の無い方々からすれば相当な逸品でしたよ」
その言葉に疑問を投げかけようとするが口は魚のようなにパクパクと唾液が溢れてから回るばかりで声が出ない。
叫ぼうと何をしようと全てが空回りそれに苛立ちすら感じて頭を地面へ打ち付け口からは赤い泡が出てくる。
もう何もしたく無い…だがコイツには何かしなくちゃという漠然とした意志が身体を動かす。
「おやおや…頭が痛みで狂ってしまったのですかね?では最後に最高の景色を見せて終わりとさせてあげましょう」
そう言い放つと私の真後ろへと立ち首を掴み持ち上げる。
ただただ速いと思うと共に呼吸が浅くなり視界が点滅したかのように見え始める。
こんな近くにいるんだもう片腕で何かすれば何かしらのダメージは与えられる筈だと思いながらも何もできない…何も考えられない。
「おやおや凄いことになってますねぇ…我が国の長年の研究の産物『聖獣』ですよ?ほら見えるでしょう」
首を掴まれ移動した先は外壁の上でありそこからは今の獣人族の国が見えた。
空から羽を生やした純白の獣が何百もの群体となり地へその脚を下ろそうとしていた。
冒険者と兵士はその群体に向かって弓で射っているがいかんせん数が足りずこのままでは攻め込まれてしまうことだろう。
「おやおや無駄な抵抗ですねぇ?…にしてもやはり元は同じ獣ですね同族を売って更には復讐に国を売るとは。ではそろそろお別れです」
純白の獣が外壁の上へ登りその堂々とした姿に民衆の獣人族は誇りを捨てて逃げ惑う。
私はその状況を見ながら手が離されて身体が宙を舞い下に落ちていく。
「アァ…」という掠れた声が出て獣と目が合う。
獣はこちらへと羽ばたきこちらへ吠え外壁へと押しつけられる。
ゆっくりと口は開かれて牙が迫りそして…突進するようにして喰われた。




