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本は怪しく輝き周囲から絶叫が聞こえる。
周囲の色は抜け落ちたように白く染まった後鮮やかな光が老人を中心に降り注ぐ。
その光景をクトゥルゥは傍観し今もなお魚人達を肉塊の化け物へと変えていく。
「さぁ今こそ超越にして卓越を迎える転身の時…我々こそ最上の『人』であり陸、空、そして…宙をも支配する神の種族なのだ!嫉妬の権能『事実改変:我身転生』ッ!」
老人はそう叫ぶと手に持つ錫杖で自分を突き刺した。
それはただの自傷かと思われたが突き刺された部分の皮膚が蛹のように剥がされ白い光が溢れ出す。
ヒビが入り老人の身体は砕け散る…その中から出てきたのは正に異形を模った存在。
背中にはドラゴンの翼に鬼族のような屈強な肉体、天使のような輪が頭に浮かび下半身は蜘蛛のような身体がついておりそこには伸び縮みする触手がありその先に狼の顔が浮かび上がっている。
「ワタシは…王女のように美しく、ドラゴンのように空を飛び、人のように陸を踏みならし、誰からも信仰され、獣を導き、憎き王の如く多くのことを成し遂げる大いなる存在。我こそが至上の王にして海を統べる神…我こそがワダツミなのだッ!」
『ふむ完全に力に呑まれているな…この$°#☆+〆すら倒そうとするか…だがまだ足りぬな』
クトゥルゥはワダツミと名乗る存在にそう投げかけると自らの触手で地上に転がる魚人を薙ぎ払おうとする。
だがそれを阻止しようと6つ目の魚人がその触手を食い止める。
6つの目は俊敏に動き地に転がる魚人、肉塊に襲われる魚人、そしてクトゥルゥからの悪戯ともいえる薙ぎ払いに対処する。
あれじゃいつかは体力が切れて動けなくなるだろう。
なら私がすべきことはあのワダツミを倒し王女を殺す…いやもうコレには意味が無いか。
何せもう王女は事切れている。
本来の物語が終わっているのにまだコレが終わっていないということはそれをまだワダツミが留めているということだろう。
ワダツミの手には表紙に『海神物語』と書かれた本がありその本に向かって何枚もの紙が飛んでいる。
終わりにさせない為物語を綴る…先延ばして終わり方すら改変しているのか。
「だったらあの本は…この結界の素となっている魔道具みたいなのか」
「ならば僕が先延ばしている紙を燃やそうじゃないか…憤怒の炎よ集いて形を成せッ!」
アルキアンがそう叫ぶと黒い炎は彼の元へと集い剣へと形を成した。
飛んでいく剣がワダツミに集まる紙に向かって飛んでいくが…。
「海の支配者であるワダツミに炎とは…馬鹿なものよ!」
ワダツミがそう言うと飛んでいる紙が溶け水となりそれが龍の形をした水へと変質しアルキアンの炎の剣へとぶつかる。
確かに水と火であれば相剋する存在のためアルキアンの炎はワダツミの水には…あまり効果を為さないだろう。
アルキアンは炎が効いていないことを知ると黒い炎を集め鎧として纏い腰から剣を抜き突撃する。
剣を持ち飛んでくる水を切り上げると斬られた水は意識を持ったように動き棘となりアルキアンを突き刺そうとする。
ワダツミはアルキアンが水に翻弄されているのを見てから下半身から生える多くの触手で急接近する。
そしてその触手の先にいる狼の顎を大きく開け喰らわせるように襲う。
それを飛んで避けようとし跳躍すると水は槍やトライデントとなりそれを狼の顎が掴む。
ワダツミは背中についた大きなドラゴンの翼を大きく動かし空へと舞い上がる。
翼さえ無ければ地に落ちるだろうか?
それとも…いやこんなこと考えている場合ではないだろう。
頭で常に動き今もなお空中戦を繰り出している存在の位置や次に行う行動の予測。
雷ならばそれより上にいる存在へ当たるため…今回の場合クトゥルゥが近すぎるから意味が無いか。
「ならば…魔法陣展開!『魔星砲』発射ッァ!」
空に魔法陣を幾つも描きだしてそれを描き次第ワダツミへと撃ち出す。
撃ち出した魔星砲は軌跡を描きながら空を駆けてワダツミの頬を掠める…がこちらを見向きもしない。
挑発のつもりで撃ったのだがこちらを見向きもしないところを見る限り目の前の敵に集中しすぎているのだろう。
でかい一発を喰らわせよう…空を悪魔の姿で羽ばたくアルキアンに目を合わせる。
シンボルは暗き夜に見守る髑髏に星…今出来る最大限の強化を施し構築を開始する。
シンボルが二つ…もちろん魔力の制御や魔法陣を同時に二つも構築するようなものだから難易度も高い。
「魔法陣展開…コレが検証を重ねて生み出した産物だ…じっくり味わいな『星ノ呪縛』」
地上に描かれた魔法陣から幾つもの黒い鎖が這い出しワダツミを捕まえる。
振り払おうとしても呪いのように離れず雁字搦めとなり空から地上に引き摺り込もうと引っ張っていき地上へと叩きつけた。
星自体に引き摺り込む重力に執念深い死者の象徴にして呪いである髑髏のシンボル。
それに今まで作り出してきた前時代の魔術と私の魔術を合わせたコレこそ本当の複合魔術。
シンボル自体に意味を持たせる…私が思い描いた魔術とは少し違うが魔法を凌駕するモノ。
禁忌にも似た魔術である。
…それ故に魔力の消耗が激しいが魔法の呪文を唱えてないから神の力を借りずに済むため代償も無い。
「クソがぁッ!何故ワダツミとなりし我が…ああぁこんな目に…!」
「コレで終わりだよッ!」
ワダツミが叫ぶその真上の上空でアルキアンは黒い炎を剣に集めそれを大剣と成した。
突き刺すように下に向け地に縛り付けられ動けないワダツミに向かって急降下して行く。
*今回使った魔術一覧*
『星ノ呪縛』:その地に眠る死者の願いや呪いを纏う意思を持った鎖が対象を縛り星の中心へと連れ込もうとしていく。鎖はそこで亡くなった者が多ければ多いほど重量と効力を増し奈落の底へと突き落とす。




