賢者、結婚相手を探してみる
◇
二人で手を取り合って走り出したイオラとリオラだったが、俺が山のように残っていた汚れた皿を一人で洗い終わる頃には、もう屋敷に戻ってきた。
今度の客人は計三名。双子の兄妹に一人増えていて、金髪碧眼の美少女――セシリーさんが一緒だった。
村長の愛娘であり、俺とは相容れない信条を掲げる『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の諜報員という影の一面を持つ彼女は、しかし、イオラとリオラにとって良き姉であり保護者のような存在だ。
セシリーさんは、ぷくっと不機嫌そうに頬を膨らませ、神妙な面持ちの双子の兄妹を伴って俺の居るキッチンへとやってきた。
ずかずかっと俺の目の前までやってくると、
「お話があります、賢者さま」
「あぁ、セシリーさん? お、お茶でも……どうですか」
「今は結構です」
女性に怒られる経験なんて無いので、思わず身構えてしまう俺。
整えられた眉を吊り上げて、ぷりぷりと怒った様子から察するに、昨夜この館に泊った兄妹が「ゴロツキ紛いの冒険者達」に焚きつけられて感化され、人生の大事な時期を間違った道へと誘い込まれそうになった……と、怒鳴り込んできたのだろうか?
それともイオラとリオラが、村長の意向に逆らうという「決断」に対して怒っているのだろうか……?
背後でぎこちなく立ちすくんでいる兄妹に目をやると、何かを訴えるかのように俺の顔を見て、バツが悪そうに下を向いてしまった。
あちゃぁ……酷く怒られたのかな? まいったな。少しフォローを入れないと……。
「あ、あの、セシリーさん……その夕べはつい」
「賢者さまがぐずぐずしているから、こんな事になったんですよ!」
俺の言葉をセシリーさんは遮るようにまくしたてた。
「え? ぇえ!?」
怒られているのは俺!? なぜに? 何がどうなっているのか。
セシリーさんの後ろでイオラとリオラが、口を真一文字に結んだまま、複雑な面持ちで様子を伺っている。
「父は……この子達を売ろうとしているんです! イオラを村の老夫婦の家の養子に、リオラを隣村の長者の屋敷に。村長同士の付き合いとか何とかで、イオラとリオラの気持ちなんて……考えてもいないんです!」
「それ……リオに……き、聞きまみた」
思わず噛んでしまう。イオラとリオラは何も言わない。自分達の置かれた立場では意見など言えないと思っているのだろう。
「……老夫婦の畑は確かに人手不足ですが、元々資産家で、イオを貰わなくても代わりが居るはずなんです!」
なるほど、駄賃が出るほど割りのいい仕事とはそういう訳だったのか。
「それにリオラを欲しいという隣村の家は、息子の将来の嫁候補として迎えるつもりなんです。リオラはまだ14歳ですよ!?」
セシリーさんが信じられない! という身振りで俺に訴える。
確かにそれは許せん。リオラはどちらかというと発育途上と言うか、これから出るところは出て育つ予定というか……嫁には早いんじゃないか?
勘のいいリオラが胸を両手で隠して俺をキッと睨む。おい……。
「その息子さん、三十歳独身で労働経験無し、家から出ないで読書ばかり。家の前を通る女の子を窓から覗いてニヤニヤしてるらしんです。……そんなところにリオラをやれません!」
「それはけしからん奴だ!」
思わず調子を合わせて怒ってみたが、独身で本ばかりで……というところでなんだか自分の事を言われたかと思ってドキッとしてしまう。
だが俺は家の前を通る女の子を見てニヤニヤしたりしないぞ。ニヒルにかっこよく微笑んでメガネを直すキメポーズをすることはあるけどな。
ピシャリと言うセシリーさんはカッコよかった。本気で二人の事を心配してキレているのだ。それでも家長である父と、隣村の村長同士の話を覆す事はできないのだろう。
「賢者さまの事を慕っているこの二人を……私、てっきりすぐにお仲間に入れて頂けるものだと思っていたんです。賢者さまからもらったペンダントを、凄く嬉しそうに私に見せてくれたんですよ! それに先日なんて、冒険にまで連れて行ってくれたじゃありませんか!?」
「え、あぁ……はい」
押され気味の俺は助けを求める様にイオラとリオラの顔を見る。二人は期待のこもった目を俺に向けている。
「ごめん……。ごめんね、私が力になれなくて……」
急に口元をゆがめたかと思うと、わッとセシリーさんは泣きだした。そしてイオラとリオラを包み込むように抱きしめた。
「セ、セシリーさま」「セシりーさま……」
大きな胸にぎゅうぎゅうと二人の頭を押し付けている。
――おいイオ! 羨ましいぞ!?
だが――。
俺はどうやら勘違いをしていたらしかった。
村長さんの家に世話になっている以上、それを横取りするような真似はできないのだと、俺は自分の本当の気持ちを誤魔化していたのかもしれない。
セシリーさんの事もだ。俺の館に来る事や、旅に出ることを喜んで積極的に後押ししていたのは彼女なのだ。
俺は二人が館にやってきたあの日から、本当は一緒に居たいと思っていたのだ。
そうでなければ、危険を承知で旅に連れて行ったりするはずが無い。イオラとリオラはおそらく小さな世界にいるよりも、外の世界を旅するほうがずっと似合っているのではないかと、出会った時から俺は感じていて……そして、仲間になって旅をする双子の姿を、思い描いていたのだ。
――なんだ。結局、素直じゃないのは俺自身か。
随分待たせたが、ここらが頃合なのだろう。
「イオラ、リオラ。今日から……俺と一緒に暮らしてくれないか?」
プラムを助ける薬の材料を探す危険な旅に、二人は本当に命がけでがんばってくれた。昨日だってそうだ。村やプラムやヘムペロを守るために必死に戦った。それはもう、勇者と呼んでもいいほどの活躍ぶりだ。
――一緒にまた旅に出よう! と言ったのはつい昨日の事だが、あえてもう一度言わせてもらう。
「そしてまた……一緒に旅に出よう」
「……賢者!」「賢者……さま!」
緊張の気配が抜けていき、唇が自然にほころんんでゆく
栗色の髪と瞳が、キッチンに差し込む柔らかな光で輝きを帯びる。
「よし、イエスなら俺の胸に……飛び込んで来ぉい!」
「「……」」
勢い、青春っぽく手を広げてウェルカムのポーズをするが、顔を見合わせる二人。
あれ……? と思うほどの一瞬の間――。そして。
「えぇぃ、おらっ!」「やあっ!」
俺よりほんの少し小さいだけの少年と少女が、タックルさながらにハグをしてきた。
「ぐほっ!?」
「くそ、好きだぜ賢者」「私も……好きです!」
「げほげほ……は、ははは」
イオラは結構筋肉の付いた身体のくせに子供みたいにガッチリしがみついているし、リオラの柔らかくてほんのりいい香りのする腕が、絞め殺されちゃうんじゃないかと思う程に首に食い込んでいる。
なんだか俺……、死ぬんじゃないかと思うほどにいい気持ちだ。
「セシリーさん、これで……いいですか?」
えぇ。とセシリーさんは静かに頷くと、パチパチと手を鳴らした。
賢者さまがこの二人を引き取りたいと言っていますし、本人達の気持ちも同じです。と告げてしまえば、村長同士とは言え、政治力に勝る賢者の意向は無下にはできないだろう。
だがこれは少々乱暴で、世話になっている村長の顔を潰す事になる。だからそこはきちんとフォローすることにする。
俺は二人の頭をわしわしと撫でて引き剥がしてから、検索魔法を展開した。
すぐに俺は近隣の村々の余剰人員を記録した役人の調書を調べ上げ、十人ほどの働きたいと言う希望を「労働希望書」に書き込んだ人間の名前と住所を俺は読み上げた。
老夫婦の畑を手伝ってくれそうな人手を探すのだ。戦乱でメタノシュタットに逃れてきた農民の中には、安い賃金でも畑を耕したい人間は多い。
俺の意図を察したセシリーさんが慌ててメモを取り始める。
村々を回って口伝で調べたり、メタノシュタットの王政府の公的情報の開示手続きをしていたのでは一月も掛かってしまうが、俺ならば一分ほどだ。
最初から相談に来てくれれば……これぐらいの事はしてやるのに。
ついでに、隣村の30歳独身のニート……いや、読書好きのシャイボーイの為に貴重な魔力を行使する。べ、別に他人だとは思えないからとか、そういう理由じゃないからな!
結婚相手を探したい年頃の娘達は、出会いが近くに無い場合、仕方なく王政府の「結婚斡旋所」に申し込む、と言う仕組みが存在する。
魔法印刷(※写真のようなもの)の顔と氏名年齢、住所、趣味や何やらを書き込んで提出すると、身分の確かな男性や、金を払える男達がそれを見て見初めれば、シンデレラの様なことが起こる……かも、というシステムだ。
本来は会員になる必要があるのだが、検索魔法を使えば書類ではなく束になった「書籍」の形に纏められていれば探せてしまう。少し違法だがちょちょいと覗かせて頂こう。
しばらく探すと、ちょうどいいのが……居た。
――年齢32歳未婚女性。首都から南東に進んだドストリック村在住。相手の年齢容姿問わず。趣味は読書とポエム作り。笑顔の素敵な男性であればどなたでも。
まぁ、若干年上だがここから近い村だから、いいんじゃないか?
俺は検索魔法の検索結果を可視モードに切り替えて、セシリーさんに見せる。
「えと……、ハーフ……トロールの方?」
「違います! クリスタニアの人にはそう見えるかもしれませんが、純粋な人間です」
「まぁ……?」
セシリーさんが目を丸くする。
顔写真は人間と言うよりもオークやトロール寄りだが、いいじゃないか。笑顔の素敵な男性が好みで読書好きなら、隣村のニヤニヤな「彼」にピッタリだ。
よし決まり。
これでリオラを欲しがることもないだろう。
セシリーさんは真剣な面持ちでそれをメモすると、俺に深々と礼をした。
これで波風も立たずに、丸く収まるんじゃないかな?
◇
イオラとリオラは、自分達の荷物を取りに、セシリーさんの家へと一度戻った。
窓の外に目を向けると、ファリアとルゥローニィが剣を交えている。銀髪の女戦士と、藤色の髪の少年剣士が、キンと固い音を響かせながら剣をぶつけあう。……ずっとやるつもりなんだろうか?
気がつけば、洗濯を終えたマニュフェルノと、プラム、ヘムペローザが、ファリア達から少し離れた位置で、庭の木々の間に渡されたロープに洗濯物を干していた。
きゃっきゃと楽しそうに笑う少女達と洗濯物は凄く絵になる。
見慣れない下着やパンツは誰の物だろうか? 中には相当きわどい物もあって、ちょっと気になるところだが、見に行くわけにもいかないしな。
屋敷の中は静まり返っているが、レントミアもちゃんと居る。今朝から実験室で一人、術式を組み上げるといっていた。魔法陣を描いては触媒を数種類合成するのだとか。
俺はレントミアの銀の指輪と魔法糸で繋がっているので、何かがあればすぐに判るようになっている。
時折、悪戯にモールス信号のような「合図」が送られてくる。
トントン、なら元気だよ。トントトン、なら好き? とかそんな具合だ。
気の知れた魔法使い同士の密かな連絡手段だが、なかなかに便利なものだ。
さて、実は口には出さなかったが、「結婚斡旋所」の申し込み台帳を調べている時に、気になる一文を見つけていた。
例の預言者ウィッキ・ミルンの物と思われる予言の落書きだ。
『賢者さまもお年頃。そろそろお嫁さんを探す気かしら? 集う光は小さくて、まだまだ先のおたのしみ。……私のところにもきてくださるかしら?』
俺の行動を予知しているのか、偶然かはわからない。ただ一つだけ確信した事があった。
前回見つけた詩の断片も今回の結婚斡旋所の書物も、メタノシュタットの王城の中に存在する王立図書館に所蔵されているものだ。
書棚は地下2階、上層3階ほどの規模のものだが、自由に行き来出来る水力を使ったエレベータまである。
つまり――、預言者ウィッキ・ミルンは城の中にいると見て間違いは無さそうだ。
「正体を暴いてやる……」
悪趣味なストーカーじみた覗き見行為を、即刻止めさせるのだ。
少女趣味な妄想の、ポエムの落書きとはワケが違う。これを予言の書と信じ、世界を、未来を変えようとする狂信者が王都には潜んでいるのだから。
そして――。
俺達はいよいよパーティの当日を迎える事になる。
◇
<つづく>




