ルゥローニィの剣撃と賢者の泡
俺とレントミアは魔力強化外装制御限界ギリギリの速度で走り続けた。冷たい秋の風を加熱した身体の冷却剤として利用する。
なだらかな丘を越えたところで一気に視界が開けた。村の一番東側に広がる森との境目、その手前に広がる麦畑に小さな人影が見えた。
「あれだ!」
目を凝らせばそれは間違いなくプラムとヘムペローザ、そして俺達よりも先に到着してくれた剣士のルゥローニィだ。
しかしイオラの姿が見当たらない。俺は全力で走りながら手元の戦術情報表示を操作して、イオラとの魔力糸の再接続を試みる。
――頼む、無事で居てくれ……! と、祈りが通じたのか「接続」の文字が浮かび上がった。
「い――生きてる!」
俺はホッと胸をなでおろした。体力値も生命反応も確かに検知できる。つまりイオラは生きているのだ。だが肝心の姿はどこだ? 巨大なカエルの胃袋……ということなのか?
だが今ならまだ間に合う。俺は傍らのレントミアに魔法励起を指示する。
「レントミア、ここから指向性熱魔法で狙えるか!?」
「無理だよ、プラムやルゥが近すぎて……!」
ハールエルフが困惑の表情で声を上げる。
カンリューン四天王の女魔法使いが放ったレーザー砲に似た魔法は、レントミアにだって使えるものだ。中距離での狙撃には適しているが、魔物と味方が近すぎるのだ。
精密誘導打撃術式で狙う事も考えたが、威力が大きすぎてプラム達も巻き込んでしまう。
それよりはこのまま走りきって、近接戦闘で仕留めたほうが安全だ。
――あと十秒、それだけ走れば辿りつく。
「くそっ、接近戦で仕留めるぞ!」
「それなら大丈夫、ルゥが先に着いたみたいだよ!」
「頼むぞ……ルゥローニィ!」
俺は再びプラム目線の映像中継に、目線を向けた。
◇
プラムは細い両脚を地面に踏ん張って、逃げもせずにヘムペローザの傍らに立っていた。それはまるで腰を抜かした友人を護るかのようだった。
イオラを飲み込んだ巨大なカエルを燃える朱色の瞳で見据えたまま、八重歯の見える口元を結んでいる。恐怖に耐えているというよりは、立ち向かおうとしているのだ。
いつもの幸せオーラ全開のアホの子というイメージからは程遠い、闘争本能剥き出しのプラムの表情に、俺は思わず息を飲んだ。
――プラムの中の竜人の血が……暴れているのか!
次の瞬間、駆けつけた猫耳の剣士がスッ、とプラムの視界を遮った。
「ネコの……お兄ぃさん!」「にょぉお……!」
二人の涙声が、ルゥの背中に向けられる。
猫耳の剣士、ルゥローニィ・クエンス。
凛々しい目元と、強い光を放つ菫色の瞳。
剣を両手で構えた痩身の少年剣士は、二匹の巨大なガマガエルの魔物と、少女二人の間に割って入り、静かに剣を構えた。
「女子を泣かす輩は……容赦せぬでござるよ!」
剣は長さ1メルテ程の片刃で僅かに反り返っている。どこか日本刀を思わせる趣の細身の剣先が、音も無く静かに円の軌跡を描いてゆく。
「月輪……、剣舞」
小さな身体からは想像も付かない程の気迫と剣が放つ殺気に、さしもの巨躯の蝦蟇はおろか、プラムとヘムペローザでさえ身を硬くしする。
剣先が天頂を指したとき、抜き身の剣がギラリと陽光を跳ね返し、その場に居た全員が眩しさに一瞬目を細めた。
トッ、という地面を軽やかに蹴る音と、空気を切り裂く音だけが、プラムとヘムペローザの耳元をすり抜けた。
僅か一瞬――。
二体の巨躯の蝦蟇はまるで糸の切れたゴム人形のように、声も上げずドチャリとその場に崩れ落ちた。
ルゥローニィは、いつの間にかカエルの亡骸の背後に立っていた。瞬きほどの間に、先ほどの位置から数メルテ跳躍していたのだ。
「す……、凄いにょ!」
「……カエルさんを……やっっつけたのですー!」
ルゥローニィの必殺の一撃、それは敵にとっては回避も認識も出来ないほどの超高速の斬撃だった。おそらく切り刻まれたカエル自身ですら、何が起こったのか判らなかっただろう。
剣の一閃は、音も無く肉を絶つ音も骨を砕く音さえもしなかった。
ルゥローニィの剣撃は、風のように軽やかに舞い、敵の脆弱な急所部分だけ見切った上で、必要最小限の力で斬り抜いて、瞬殺に近い効果を発揮する。
ファリアの戦斧よる問答無用の超破壊攻撃とは真逆の技だ。
しゅたんっ、と剣を鞘に収めると、ルゥローニィはプラムとヘムペローザに手を伸ばした。
「大丈夫でござるか? プラム殿、ヘムペロ殿」
座り込んだままの褐色の肌の少女に手を差し伸べて、呆然と立ちすくみ汚れた服の裾を握ったままのプラムに笑顔を向けた。
剣士の勝利で安心したのか、わぁあああん! と声を上げて泣き出したところで、俺とレントミアはようやく到着した。
ズシャッと二人で麦畑の傍に着地すると、俺はすぐにプラムに駆け寄った。掬い取るように思い切り抱きしめて、その無事を確かめる。
「すまないプラム、遅くなった……! ヘムペロも無事か!?」
と――、プラムが泣きながら叫んだ。
「イォ兄ィが! イオ兄ィイが食べられちゃたのですぅうううー!」
ルゥローニィに引き起こされたヘムペローザは放心状態のまま、カクカクと首を縦に振るばかりだ。頬は泥で汚れ自慢の黒髪も乱れている。
いつもなら「遅いにょ! 賢者めが!」と軽口を叩くところだろうが、流石にその余裕は無さそうだ。
「ふぇえええ! ググレさま、ググレさまぁあああ! イォ兄ぃが、イォ兄ぃが……!」
プラムが泣きながら必死にカエルを指差した。しかし俺はプラムの頭を優しく撫でる。大丈夫、イオラは生きてるのだから。
戦術情報表示にはイオラのHPが表示され続けていた。状態も異常なしだ。
「イオラ、無事!?」
見れば、レントミアが畑の隅の地面に空いた「穴」に声をかけていた。
暫くして、「うぇ……、また……これかよ!」
という呻き声と共に、地面から全身汚物まみれの人型が這い出てきた。
「……イォ兄ィ?」「イォ兄ィにょ!」
「ははは、運がよかったな、イオラ」
プラムとヘムペロが涙を振り払いながら瞳を瞬かせる。のっそりと立ち上がったドロドロの姿のイオラが這い出てきた穴は、生ゴミや腐った野菜や落ち葉を放り込んで「堆肥」という肥料を作る為の縦穴だ。かなり深く、大人の足から胸ぐらいの深さがある。
「良くねぇよ! 最悪だよ……うぅ。堆肥の穴があるなんて……」
「でも、肥溜めじゃないだけマシでしょ」
レントミアはきゃははと笑いながらイオラに手を貸す。家畜のフンを溜めた「肥溜め」だったら、もう誰も近づかなかっただろう。エンガチョだ。
そう――、イオラはカエルの巨体に押しつぶされる寸前、穴に転がり落ちたのだ。作戦ではなく、事故だ。
だが、お陰で巨大ガエルは「餌」を見失い、イオラは喰われずに済んだのだが。
「カボチャの汁を浴びて以来だな。井戸水で洗ってやる」
「いや、いいよ! 自分で洗えるからいいって」
「なぁに遠慮するな。俺は賢者だ、手から粘液だけじゃなく泡も出せるんだぞ?」
俺はきらりとメガネを光らせて、イオラににじり寄った。
「どんな魔法だよ!?」
「ネコ剣士はカッコいいのに、賢者は泡なのかにょぉおお!?」
ヘムペロとイオラのダブルツッコミなんて俺には効かない。
「心配は無い。俺の手から出る泡は洗浄力がいいから綺麗になるぞ? 水場についたら……その汚れた服を脱げよ」
俺は優しく笑顔で語りかけた。
「い、いらないってば!」
顔を赤くして一体何を遠慮しているのだ? 男同士でおかしなやつだなぁ……。
そもそもイオラは汚物まみれになる属性でもあるのだろうか? あの時はセシリーさんとリオラに洗ってもらっていたが、プラム達を護ってくれたせめてもの礼に、俺が洗ってやろうというのに……。
「だが……武器も無くよく持ちこたえたな。そういえばイノブー三匹はどうしたんだ?」
「そうにょ! イオラはかっこ良かったんだにょ! ……最初はにょ」
ヘムペローザの説明によると、森を突き抜けて突進してきた三体の魔物、イノブーを、イオラはなんと拳と蹴りだけで撃退し、余裕の笑みで親指を立てて見せたらしい。
と、そこまでは良かったのだが、直後にイノブーを森の影から狙っていた二匹の巨大カエルが激怒――先ほどの場面へと繋がったのだとか。
つまり、イノブーはまだこの周囲をうろついているのだ。これ以上村の畑を荒らされてはたまらない。
「レントミア、精密誘導打撃術式で、逃げたイノブー三体を仕留めるぞ」
「うん、索敵結界でハッキリ見えてる、やっちゃう?」
「放置はできまい、丸焼きにしてやるか」
「りょーかいっ」
ハーフエルフがさっと髪を耳にかきあげて、瞳を閉じて、呪文詠唱に入る。励起する魔法は灼熱球だ。精密遠隔攻撃で焼き尽くすにしても、三発で十分だ。
レントミアの頭上に赤々とした火球が生み出されてゆく。
俺は魔力糸を索敵結界で検知したイノシシ型の魔物、イノブーへと絡みつかせた。
三匹の害獣は二百メルテほど離れた位置の畑を荒らしているようだが、十分に射程内だ。
「頼んだぞ、レントミア」
「うん、いくよっ!」
バシュッ! とハーフエルフが上空に向けて灼熱のエネルギーの塊を打上げた。
俺はそれを魔力糸で絡め取って、魔物のいる方角へと誘導し速度を上げてゆく。俺とレントミアの連携を始めて見たルゥローニィが歓声を上げている。見た目は確かに打上げ花火のようにも見えるだろう。
と、一秒ほどで遥か向こうの畑で火柱が立ち上った。
俺とレントミアの遠隔攻撃はイノブー三体全てに直撃し、見事粉砕したようだ。
一息ついたところで、プラムたちを襲っていた魔物を確認する。二体の巨大ガエルは完全に事切れていた。それは急所への一撃によるものだ。おそらくは首筋の神経節を狙ったのだろう。見たところ切り口は無く血も流れていない。
「賢者殿、拙者の剣が通じる相手でよかったでござるよ……」
安どの表情を浮かべているのは剣士ルゥローニィも同じだった。
防御力の高い魔物や、急所の無い魔法生物などは、ルゥの剣では倒せない場合があるが幸いにも変えるには通じたようだ。
「本当に助かったよルゥ。俺も迂闊だった。気が緩んでいたようだ……」
「ググレカス殿も人の子でござる、いくら愛しいお嬢さんたちでも、四六時中見守っているわけにもいかないでござるよね」
ルゥは十六歳とは思えない落ち着き払った様子で小さく微笑むと、背筋を伸ばして、二人の少女に目線を向けた。
俺はやれやれと秋の空を見上げた。
まったく……。ゆっくり茶でもすすりながら本を読む俺の日常は、何処にいったんだ?
<つづく>




