★24時間マラソン戦士の汗と匂いと
戦術情報表示にポップアップで表示された映像中継には、イオラとリオラが奮闘する姿が映し出されていた。
四角く空間を切り取ったような「小窓」に映る映像は、プラムが首にぶら下げている水晶ペンダントをカメラとして周囲の映像を映し出したものだ。
周囲にはゾンビのような動きの土人形――「土のゴーレム」が数十対以上蠢いていた。家々の隙間や、木々の間からワラワラと湧いてきては一体、また一体と馬車の周りに土人形が群がってくる。
「くそ! ……キリが無い!」「うん……流石に……息が」
恐らくは十体以上の土人形を粉砕しただろうイオラとリオラの顔に焦りが滲んでいた。身体や鎧はドロだらけで、互いに背中合わせで周囲を睨みつけながら、肩で荒い息をしている。
レントミアも馬車の屋根から火炎魔法を撃ち放っているが、いかんせん敵の数が多い。
「やっぱりググレが居ないと……厳しいよっ」
ハーフエルフの弱気発言が聞けるとは思わなかったが、状況は芳しくないようだ。
戦術情報表示に映し出されたメンバーの身体の状態を示すHP表示は減ってはいない。まだ直接的なダメージは受けていないのだ。思わずほっと胸を撫で下ろす。
だが、これ以上疲労がたまれば対応速度は落ち、敵の数に押され状況は悪くなるだろう。
土のゴーレムは単純な動作しか仕込まれていないのか、馬車の荷台に上がりこんでまで襲っては来ない。馬車の荷台に篭城する格好になったマニュフェルノとプラム、そしてヘムペローザも今のところは無事だ。
マニュフェルノは大怪をしている若い竜人――アネミィの兄の治癒中だが、流石に竜人の青年を全裸にするほど空気が読めない訳じゃないらしい。
「回復。あとすこしで気がつくはず」
「…………兄ぃ」
アネミィが緋色の瞳に涙を浮かべながら、兄の手をぎゅっと握っている。
――よし、ワイン樽ゴーレムでイオラとリオラの援護を……
と、
「賢者、ググレカアアアアアアス!」
カンリュ-ン四天王の絶叫に、俺の逡巡は途中で断ち切られた。
「まだだ! まだ……終わらんッ!」
「ミー達は……まだ……戦えるザンスゥウウウウウウ!」
体内に残存する魔法力を全て魔法剣『金色の夜明け(ホルゾート)』に注ぎ込み一撃を放とうとするアンジョーン。
傍らでは、幾分全身が縮んだとはいえ、牛も絞め殺せそうなほどの体躯を誇るベアトゥスが気合と共に残った魔力を駆使して全身の筋肉を漲らせる。
俺の放ったDDOS攻撃。『分散型神域サービス妨害攻撃』によってこのエリアの魔法力は急速に失われている。
とはいえ、真名聖痕破壊術式のように完全に魔法を使えなく出来たわけではないのだ。四天王の魔法供給を絶つという苦肉の策、一時しのぎに過ぎないことはおれ自身が一番よくわかっていた。
彼らのギラついた眼光は衰えておらず、「賢者に勝つ」という執念に俺は気圧される。
必死なのだ。配下の魔法騎士団を一人も連れて来ていないところから察するに、これはカンリューン公国の意思ではない。
彼ら四天王の独断での暴走だ。
でなければ、同じカンリューンの領民である竜人族に対して、こんな事をするはずが無いのだ。少なくともカンリューンの名君と湛えられるチョッキム王がこんな暴挙を許すはずが無い。
「……一つ、教えてくれ。竜人の血を手に入れ、俺の知識を手に入れて、どうする気だ?」
俺は暗澹たる気持ちを感じながら、静かに問うた。
「知れたこと! 屈強な軍団を作り上げ、やがて復活する魔王を打ち倒し、我らこそが――勇者ディカマランに取って代わり、新時代の英雄となり、世界を手中に収めるのだッ!」
「俺達は……世界を手中になんて収めちゃいない」
苦しんでいる人たちを救う為。、護りたい人たちを守る為、俺達は戦っただけだ。
「白々しい! ……我らが、我等こそが本来世界を救うべきなのだ! 世界から魔物を、亜人を、竜人を、薄汚い異物どもを一掃し! 美しく清らかな唯一つの世界を作りあげることこそがぁああっ!」
「……もういい。時間だ」
「時間? ……ハアアアア、賢者の……終わりの時間かぁああああ、喰らえ……『金色の夜明け(ホルゾート)、――零式』ッ!」
アンジョーンが狂気に歪んだ顔で必殺の一撃を十五メルテ先から俺に撃ち放った。水平の撫で斬りではない。強烈な「突き」、打突の一撃に、魔法エネルギー全てを集約させて放ったのだ。
「くっ、うぉお!?」
強烈な黄金色の光の奔流が俺を包み、次々と俺の結界を突き崩してゆく。衝撃と轟音が耳と目を麻痺させるが、戦術情報表示はアンジョーンが俺に向けて剣を構えたまま突進してくる事と、ベアトゥスの巨体が跳躍し、俺に拳を叩き込もうとしている事を警告していた。
だが、俺の身体は動けなかった。
アンジョーンの渾身一撃、魔法剣の攻撃に対する防御で、咄嗟に魔力強化外装を展開できなかったのだ。
「貰ったぁあああ! 賢者ぁああ!」
「これで、終わりザンスゥウウウ!」
刹那――白い風が、俺と四天王の間に吹き抜けた。
ギィイイイイイイイン! という金属がぶつかる音と、ビギイッ! という肉が肉を撃ち付ける音が同時に俺の耳朶を打つ。
「――なっ!」
「なにィ!?」
驚愕の声を漏らす二人の四天王と、その間で尻餅をついた格好の俺はスローモーションのようにその光景を見ていた。
俺に剣撃と打撃が直撃する瞬間、目にも留まらぬ疾駆で間に割ってきた人物の顔を。
俺は、陽光を遮っている人物を見上げ、唇を動かす。
「思ったより早かったな……ファリア」
「あぁ……、楽しそうなパーティだと聞いて……な」
俺を庇うように飛び込んできたのは、女戦士――ファリア・ラグントゥスだった。
強い光を宿すエメラルド色の瞳に緩やかにウェーブした白銀の髪。鍛え抜かれた美しい彫刻のような全身の筋肉を、金属プレートを繋ぎ合わせた甲冑で覆っている。
「歓迎するよ、ファリア」
俺は苦笑して見せた。尻餅をついた間抜けで情けない姿の俺を見て、ファリアが心の底から楽しそうな笑みを見せた。
右手に持った巨大な『戦斧』で、アンジョーンの剣を受け止め、素手の左手で、巨大なベアトゥスのパンチを受け止めている。
ギギ、ギギ……と金属がこすれあい、ギチ、ビチと筋肉と骨が軋んでいる。
「ききっ……貴様は……!?」
「ミーの拳を……片手で……止めたザンスとぉおお!?」
アンジョーンとベアトゥスが驚愕に目を見開く。
「失敬、申し遅れたな。私はルーデンスのファリア。まぁ……ディカマランの最前衛の戦士といえば少しは知られているか、な?」
ファリアがアンジョーンの強烈な剣撃とベアトゥスの拳を受け止めたまま、ギラリと瞳を光らせた。その口調には余裕すら感じられる。
「ディ……ディカマ……ばばば、ばかなぁ!?」
「ユッ……ユーが、あの……戦士……ファリア」
「不快だ。まずは一度、離れてもらおう……かあッ!」
ファリアの凄まじい「闘気」の放出で、アンジョーンとベアトゥスが吹き飛ばされる。正確には吹き飛ばされたのではなく、その場に留まっていられなかったのだ。
可視できる程に凝縮された闘気は、魔法剣士と格闘魔法使いの殺気を上回り、彼らは本能が危険だと察知し瞬時に背後へと飛びのいたのだ。
「ファリア、実は……」
「あーっ、ググレすまん! クソ虫の多い森を一日中走り続けてヘトヘトなんだ。難しい話は無理だ、手短に頼む」
額に手を当てて、ノーサンキューという風にファリアがいやいやと手を振る。
ファリアは俺達の馬車を追って、宿場町ヴァース・クリンから走って来てくれたのだ。のべ24時間も走っていたのか? その体力は流石と言うか呆れるほどだ。ディカマラン一の体力バカは伊達じゃない。
実をいうと俺はファリアの足音に昨夜から気がついていた。
地面に打ち込んで、地下の魔物を探る「音響探知杭」が四天王の馬車の音とは別に「マラソンをする戦士」の足音を捕らえていたのだ。こすれあう鎧と足音が、俺達の馬車の痕跡を追って確実に近づいていたのだ。
凶悪な魔物がうようよいる森を、一晩中一人で走ってくる「戦士」なんて、ファリアの他には居ないのだから。
「とりあえず、こいつらを3分だけ黙らせて欲しい」
「はぁ!?」
女戦士が俺の頼みを聞いて鼻息を荒くする。
「見ての通り曲者の魔法使い二人だが、……無理か?」
「ググレ……」
ファリアは呆れたといわんばかりに首を小さく振ると、俺の首根っこを捕まえて地面に立たせた。まるで子供のような扱いだ。
汗の匂いが懐かしい女戦士が顔を寄せて、
「1分で足りる」
そう言って白い歯を見せて巨大な戦斧をガシャリと背中にのせる。ファリアは不敵な眼差しを四天王に向けた。
◇
「これで……20体目!」
「イオ、もう無理だよ、下がって、一度……馬車に」
「まだだ、まだいけるぜ……」
ぜぇぜぇと荒い息を吐いて、イオラが地面から剣を持ち上げるが、力が入らず体勢を崩す。その隙を突いて土人形がイオラに迫るが、リオラが体当たりでそれを押しのける。
巨木の神殿にいるはずの竜人達は、まだ蜂起する様子は無かった。
孤軍奮闘、周囲を包囲する「土のゴーレム」の軍勢に、一行は徐々に押され始めていた。
「イオラくん、戻って! 馬車に……!」
馬車の上からレントミアが叫ぶ。
「イオ、お願い」「くそっ……」
もう二人に敵を粉砕する力は残っていなかった。
イオラをひきずるように、リオラが馬車に向かうが更に2体、背後に3体の土人形が身体を揺らしながら迫ってきていた。
「イオ兄ぃが危ないのですー!」
「イオラ、リオラ、逃げるにょ!」
馬車の荷台からイオラとリオラの様子を見ていたヘムペローザとプラムが悲痛なこえをあげる。
その背後では治癒を終えた竜人の青年に必死に呼びかけるアネミィの姿があった。まだ目を覚まさないのだ。マニュフェルノが青年をアネミィに任せ、レントミアの元へと向かう。魔法を励起し、イオラとリオラを援護しようとしているのだ。
「プラム……ワシはもう……ガマンできんにょ……」
「でも、プラムとヘムペロちゃんじゃあのオバケをやっつけられないのですー……」
「うぬぅ……おにょれ、元の……魔力があれば」
馬車の荷台からイオラとリオラの様子を見ていた二人が悲鳴と口惜しそうな声を上げる。
悔しげに眉を寄せるヘムペローザと、どうする事もできないと戸惑うプラム。
俺は、プラムの首飾りの水晶を中継し『声』を届けた。
『聞こえるか、みんな』
「ググレさまー!」
「賢者め……何をしておるにょ!」
「ググレさま、イオ兄ィが、リオ姉ぇが、おばけに……たべられちゃうのですーーっ!」
『すまない、意外と苦戦していてね。プラム、ヘムペロ、頼みがある』
「頼み……? この状況で何をするにょ!?」
『君たち二人にしかできない事さ……イオラと、リオラを助けて欲しい』
「プラムが……たすける? でも、でも……プラムは戦えないのですー……」
「そんなこと、出来たらとっくにやっておるにょ!」
プラムとヘムペロは顔を見合わせて戸惑っている。助けたい、だが力が無い、と。
『大丈夫。戦うチカラはあるよ。ただ、本当は……戦わせたくはないのだけれど』
「ええい! じれったいにょ! 賢者! ワシに力をよこすにょ! あんな土くれ共、全部叩き潰してくれるわ!」
「プ、プラムも……プラムもイオ兄ィを……リオ姉ぇを助けたいのですー!」
力強く言い切るヘムペローザと、小さな勇気を振り絞って、戦うというプラム。
いつも護られてばかりの二人の瞳に小さな炎が輝きはじめた。
『ならば……これに乗って、戦うんだ』
ギシュウン……と馬車の前方で二体の『ワイン樽』が立ち上がった。
それは魔法で作られた馬、四足歩行のワイン樽のゴーレムだ。俺からの魔力送信を受けて動く操り人形。
――スターリング・スライムエンジン、スタンディングモード。
『そして……搭乗モード!』
立ちあがった『ワイン樽』の上部のフタが、ぱかん、と開いた。
それは「操縦者」を招き入れ為のハッチだった。うにゅる……と樽の中でスライムが蠢いているのが見えた。
「ここっ……これに……乗りむにょか!?」
「ふ、ふぇえええー!?」
<つづく>




