馬車の旅路と、賢者の孤独
「質問。では、ここから自由質問です」
マニュフェルノが澄ました顔で宣言する。イオラとリオラ、そしてプラムにヘムペロは馬車の荷台で車座になり、互いの自己紹介を終えたばかりだ。
馬車は一定の速度で順調に走り続けていた。未舗装の道ではあるが、造りのいい特注サスペンションによる乗り心地は、王侯貴族の馬車にも引けを取らない。
薄暗くなり始めた外に合わせて、馬車の荷台つまりは客室には、天井に固定された水晶ランプの魔法の明かりが灯されている。香油ランタンの色合いに似た温かみのある灯りは、魔法力で灯る一種の電池式ランプのようなものだ。
「兄様。学舎は楽しい? 席は……窓際後ろから二番目?」
「あぁ、楽しいよ。って……なんでオレの席を知ってんだ?」
イオラが僧侶マニュフェルノの質問に目を丸くする。だがそれは魔法や神通力で知り得た訳ではないのだ。どの世界でも共通の「お約束」からだろう。
「兄様。君ぐらいの逸材は『主人公席』になる運命」
「主人公席てなんだよ……?」
マニュフェルノは神妙な面持ちで、まるで信徒に神のお告げを語るような口調だが内容はどうでもいい雑談だ。
マニュはイオラの横にぴったりと座り、作品に反映するための「取材」のつもりらしい。
イオラにしてみても、憧れの六英雄の一人が若い女僧侶だと知ってはいても、実際にこうして会ってみればググレカス同様……とっても微妙な感じなのだ。
イオラは質問に答えながらも、なんとも言えない顔つきをしている。
「そ、僧侶さま、ちょっとイオに近すぎです」
「妹君。こういう兄がいて……羨ましい(ギリッ)」
「いまギリッていいましたよね!?」
きゅぴん、と次は向かい側に座る妹のリオラにターゲットを変えたらしい。
今や狭い馬車の荷台は、広げたお菓子を囲んでの親交を深める場になっているようだった。
手綱を握り馬車を操っている俺以外の面々は、焼き菓子のクッキーを頬張りながら談笑に花を咲かせて、徐々に打ち解けている様子だ。
「妹君。兄様は女の子に人気があって、妹としては嬉しいけれど……気が気でない?」
「そりゃまぁイオは人気あるし……ていうか! この質問、旅に関係あります!?」
流石のリオラも若干キレ気味だ。マニュは丸眼鏡を光らせてにへっと笑う。
女の子同士のイオラを巡る緊迫感のあるやり取りに、プラムとヘムペローザはお菓子を口にくわえたままぽかんとしていた。
「兄様。けれど結局、学舎で一番気になる女の子は……、妹君ですね?」
「なっ!? そんあわけあるか!」
「……私はイオの事、気になるけど。イオはそんなわけないんだ?」
「ちょっ!? リオ、そういう訳じゃ」
ぷっくりと膨れ面をして兄を睨むリオラに、あたふたするイオラ。
僧侶マニュフェルノはそんな二人のやり取りに、かなりご満悦の様子だ。「むふ……ふぅふぅ?」と、ため息混じりの妙な声を漏らしている。
「はーい! プラムも! プラムもイオ兄ィが大好きなのですー!」
「何を抜かすにょ!? ワシが最初に目を付けたんにゃ!」
「お、お前らも狭いんだからくっつくなー!」
プラムとヘムペローザが、今だとばかりにイオラの両腕にしがみつく。
「兄様。美少女モテモテでござる……の巻き」
「ござるってなんだよっ!?」
俺の背後で繰り広げられているのはイオラ君のハーレム展開だ。
ぶつぶつ言いながらマニュフェルノが手元のネタ帳に書き留めてゆく。まったく何しに来ているんだか。
まぁ、即席パーティの連帯感を高めるには、こういう時間も必要だろう。
「…………」
だが……なんだろう? この疎外感と寂しさは。
普通は世界で唯一の賢者である俺が、女の子達の中心できゃっきゃうふふと質問攻めにあうべきではないだろうか?
『賢者様、妹と年上、どっちが好きですか?』
『んー甘えられるお姉さんもいいが、リオラみたいな妹も好きだな』
『もーっ、賢者様ってば』
『プラムはググレさまのお嫁さんなのですー』
『にゃにを抜かすか! このワシとて本気を出せばかなりの巨乳にょ!』
『賢者。ググレ君を一番知ってるのは、私』
『はっはっは! まったく……みんな困ったなぁ、はっは』
「はっは…………はぁ」
妄想していてますます悲しくなってしまった。
俺はぶんぶんと首を振って、前方を注視。ひたすら馬車を走らせることに集中した。
イオラやリオラは、クラスメイトのレントミア(妹)の兄が、ディカマラン最強の魔法使いと聞かされて、興味津々の様子だったが、当のレントミアは当たり障りのない受け答えをし終えると一人、屋根の上に登ってしまった。
皆に愛される女装モードの「妹レントミア」とキャラを演じ分けているのかもしれないが、本当のところはよく判らない。
そもそも俺とレントミアの数少ない類似点は、あまり沢山の人間が居る場を好まないという所かもしれない。一対一で話すと饒舌に皮肉混じりに会話をするのだが、集団に入ると途端に口数が少なくなる所が似ている。
レントミアが妙に静かだと思ったら、いつのまにか馬車の屋根の上で、くーくー寝息を立てて眠っていた。
二本のほっそりとした脚が二本、ぷらぷらと俺の頭の横で揺れている。
考えてみれば、レントミアは以前の旅でも屋根の上が定位置で、お気に入りの場所のようだった。
――空が無限に広くて、吸い込まれそうだよ。
レントミアはそう言って変わり行く空や、星や、雲を眺めている事が多かった。
俺はそんなハーフエルフの空を映しこんだ綺麗な瞳を、時折下から見上げていたものだ。
と――、
ぴとり、と暖かい手が後ろから俺の頬に張り付いた。
「ぐぐれさまー、一人でさみしくないですかー? これ、食べてくださいー」
「プラム、ありがとう」
俺は差し出されたクッキーを口で受け取って食べた。
甘く、柔らかな味がした。
「プラムもそこに座りたいのですー」
「いいけど……、落ちたら危ないぞ」
「だから、そこがいいのですー」
「わ、こら!」
プラムがひょいっと俺の腕を潜って、膝の上に跨って座る。小柄ですっぽりと収まるが、両脚にかかる体重が想像していたよりも重く感じられた。
目線を下げると、馬車の下を地面がまるで川の様に勢いよく流れてゆく。
落ちてしまえば怪我ではすまない程の速度に、俺は思わずプラムを後ろからぎゅっと抱きしめた。暖かくて柔らかな感触が伝わってくる。
長い髪が幾筋か顔に触れてくすぐったい。
「おぉー……広い、広いのですー!」
プラムが瞳を輝かせて周囲をぐるりと見回す。
「もう村から大分離れたからな。今走っているのは、モゴルメリア草原だ」
「畑も、お家も見えませんねー。どこまで続いているのですかー?」
「ずっと、この先しばらくはこんな感じさ」
村を抜けて大分走った俺たちの馬車は、既に草原地帯へと進んでいた。見渡す限りの平坦な草原は、秋の季節を迎えて幾分黄色味を帯びている。
遥か遠くに霞んで見えるパルノメキア山脈に太陽が沈もうとしていた。オレンジ色の光が草原を黄金色に染めてゆく。
あの山脈の懐に、竜人の住まう里があるのだ。
「ぐぐれさま、あの白い綿毛みたいなのは何ていうのですかー?」
「あぁ、あれは……ワタスゲだ」
「ググレさまは凄いのですねー! なんでも知ってる、すごいのですー!」
検索魔法画像で照合すれば、そんな答えはすぐに見つけられる。
だが、この世界には答えがある事と見つからない事の二つがあるのだ。
今進んでいる道が正しいのか? なんて答えはどうやっても見つからない。
信じて、進むしかないのだ。
「け……賢者にょ! その、これ飲むがいいにょ」
「ヘムペロ?」
不意に、俺の顔の脇に差し出されたのはココミノヤシの実だった。
南方の国で採れる手のひらサイズの丸く硬い実は、中にスポーツドリンクに似た味の果汁が詰まっている。穴を開けて飲む保存用の飲料水として重宝される旅の必需品だ。馬車にも一袋程積んである。
上の方に不器用に開けた穴があって「大麦の茎」が挿してある。文字通りのストローだ。
「あ、ありがとうヘムペロ。気が利くな、丁度喉が渇いてたよ」
俺は思わず笑みを零して、褐色の肌の少女から受け取って口に含んだ。身体に染み渡る優しい味がする。プラムにも半分飲ませてやる。
「と、いうわけで、交代にょ! プラム」
「はいなのですー、次はヘムペロちゃんの番ですー」
「え? は!?」
プラムがひょいっと、身を離して、荷台へと戻るのと入れ替わるように、今度はヘムペローザが俺の膝に跨った。プラムよりも幾分軽く細い身体が遠慮なしに寄りかかってくる。
ふわりと、柔らかい黒髪が俺の頬に触れる。
「賢者め、こんな特等席を独り占めとは……ワシが許さんにょ!」
「俺は仕事でやってんだ、じゃまだっ」
「何を抜かすにょ? こんな可愛らしいワシを膝の上に乗せているんじゃぞ、ほれほれ」
ぐりぐりと腰を押し付けてくる。やめい!
精神的に動揺すると、魔力糸での馬車の操舵が乱れるのだ。
カカカ、といつもの高笑い。涼しい夕刻の風が黒髪をなびかせる。
「……昨日は、いろいろ助けてもらったな」
「にょ? あぁ、プラムのことか、気にするでないにょ、ワシのせかいせーふくの為の、可愛いしもべだからにょ」
「あぁ、そうだったな」
「賢者よ、もちろん……プラムを直せるのだにょ?」
黒い黒曜石のような瞳がすっと眇められた。
「あぁ……その為に、行くんだ」
俺は強く言い切る。
そうでもしないと、自分がぐらついてしまいそうだったからだ。
かならず助ける。そして戻るんだ。あの暖かな場所へ――。
「よし、その言葉忘れるでないにょ! ほれほれ、ワシのよーじょのにくたいを、とくと味わうがいいにょ」
「や、やめんかこのアホ!」
顎でヘムペローザの頭頂部をゴスンと突いたその時、頭上から声が響いた。
「――ググレ!」
「どうした、レントミア?」
気がつくと、いつの間にか目覚めたらしい魔法使いレントミアが、不安定な馬車の屋根にすっと立ったまま、険しい顔で地平線を見つめていた。
風が、可愛い顔立ちのハーフエルフのローブと髪を弄ぶ。
「まずいね、囲まれてる」
レントミアの静かで、それでいて緊迫した声に思わずハッとする。
俺は弾かれるように、魔力糸の策敵結界を、最大直径まで拡大させた。
<つづく>




