プラムと朝と通学路
俺は眼前に浮かぶ戦術情報表示の新機能、『映像中継』を眺めている。
書斎で寝そべりながら朝飯を食べ、プラムの監視というわけだ。
空間を四角く切り取ったように浮かぶ魔法の『ウィンドゥ』は、水晶ペンダントに仕込んである自律駆動術式からの情報を受信して表示する仕組みだ。
水晶ペンダントはプラムの首にぶら下げているので、本人の目線に近い映像だ。
どうやらプラムはまだパンを咥えたまま走っているらしい。
「はぁはぁ……プ、プラム、あんまり……走るとあぶないにょ!」
「チコク、ちこくなのですーっ!」
遅刻と叫んでいるが必死さはまるで感じられない。むしろ弾んだ声だ。
多分「ちこく」の意味をよくわかっていない気がする。
画面は揺れながら建物――おそらくは村はずれの水車小屋、に近づいてゆく。
と、まさかの事態がプラムの身に降りかかった。
「きゃう!?」
「うわっ!?」
どしーん! という衝撃と悲鳴――そして画面は青い空を映す。
「「プ、プラムっ!?」」
画面に向かって叫んだ俺と、ヘムペローザの声がシンクロ。もちろん俺の声は向うには届かないが。
「あいたた……うー……?」
「お、おい、大丈夫か!?」
四角い画面に、慌てた様子でプラムを覗き込む人物が映し出された。
顔は逆光の朝日で見えないが、男の子のようだ。
プラムは転校初日にパンを咥えたまま、曲がり角でぶつかったらしい。
ベタすぎるだろ!?
俺は口を半開きにして固まったまま画面から目が離せない。
「……イオ兄ぃ?」
「まったく、初日からこれじゃ偽賢者も心配するはずだぜ」
運命の出会いかと思われたが、プラムと出合い頭にぶつかったのは、勇者志望の少年、イオラだった。
建物らしい建物も無い村で衝突事故とは余程運が無いのか、あるいはイオラが凄腕のフラグ師(?)なのか。
「プラムはちこくなのですか……?」
「はぁ? ていうか大丈夫か? 立てるか?」
「プラム、痛くない? 平気?」
優しく穏やかな声は妹のリオラだ。
兄妹はプラムを引き起こすと、尻餅をついて汚れた制服を綺麗にしてくれた。
二人はプラムと同じ制服を着ている。もちろん学舎に行くためだ。ここで待ち合わせをしていたらしい。
プラムは怪我も無く大丈夫そうだな。
「カカカ今日一日、プラムからは目が離せなさそうだにょ」
肩をすくめるヘルペローザは抜け目なくプラムが落としたパンを拾っている。
後で食べる気だなコイツ……。
「ほらよ」
「イオ兄ィ……?」
イオラが手をすっと差し出す。
少し照れくさそうに目線を外して、手のひらだけをプラムに向ける。
小首を傾げたプラムだったが、すぐに意図を察したらしく、差し出された手をしっかりと掴む。
「学舎までだかんな」
「はい、なのです……」
いつもは触手だのと呼んで、プラムを相手にしないイオラだが、こういう事が自然に出来てしまうところが流石は勇者志望――主人公属性なのだろう。
「イオ兄ィの手、あったかなのですー……」
「ば、ばか、あんまりくっつくなよ触手!」
プラムがイオラの腕に絡みつく。触手呼ばわりは照れ隠しだろうか。
「プラム、急がなくても十分間に合うし、歩いて行こうね」
「はいなのですー!」
優しいリオラの声に弾んだ声で返事をするプラム。
「おにょれ! 左手がお留守なので、ワシがこっちはいただくにょ!」
「ななな、なんでお前まで!」
ヘムペローザが反対側の腕にしがみ付く。
――ぐ、ぬぬ……。
イオラは両腕に女の子をぶら下げる様にして歩き出した。
リオラは苦笑を浮かべつつも、顔を赤くしている兄にまんざらでもない様子だ。四人は談笑しながら進んでゆく。
村の道は踏み固められた土で、舗装はされてはいない。
緑の草が道の両脇に茂り、可憐な小花が風に揺れている。見回せばキツネ色に色づきはじめた麦畑が広がっている。
四人が進む先に、中世ファンタジーに出てくるような煉瓦と石で造られた家々が、まばらに建っているのが見えた。屋根はとんがり帽子の瓦屋根で、小窓が付いていたりして可愛らしい。
小鳥が追いかけっこをするように飛んでゆくのを、プラムが目で追う。
青空に浮かぶ綿雲といい、なんとも平和な風景だ。
時折リオラとヘムペローザの笑い声が聞こえてくる。
――俺も……こんな風に学校に通いたかったなぁ。
俺はそんな事を思いながら、一人硬いパンをかじる。
時折、プラムが背の高いイオラの横顔を見上げる。
まだ幼さの残る、けれど凛とした強さを秘めた少年の横顔。
プラムの瞳には年上の兄は、どんな風に映っているのだろう?
何故だか胸の奥がチリリと痛む。
なんだろう? このライフが削られる感は。
やがて一行は村の中心へと差し掛かった。
道は石畳に変わり、朝の買い物に余念のないおばさんや、農作物の出荷で忙しい農夫たちが忙しそうに村の広場を動き回っている。
おはようと声をかけられると「おはようございます」ときちんと挨拶を返すあたり、イオラもリオラも流石先輩だけあるなぁ、と俺は感心する。
それに引き替え……。
「カカカ、村人どもよ今日も一日過酷な労働に勤しむがいいにょ!」
「いそしむがいいにょー!」
元悪魔神官ヘムペローザは手本にはならない。プラムが真似するからやめい。
――あの子と遊んじゃいけません! とか言うママの気持ちも今ならわかる。
学舎の屋根が見えてきたところで、学舎に向かう子供たちもチラホラ歩いている。
と、反対側からやってきた来た男子三人組が、イオラ達を見るなり立ち止まった。
リーダー格らしい背の高い短髪のツンツン頭が物凄い形相で、イオラを睨む。
歳はイオラと同じぐらいで、種族は人間らしいが、オークの血が混ざってるんじゃないかというくらいコワモテだ。
両脇の痩せとデブ(おそらく子分AとB)はおろおろするばかりで付属品だ。
「イオラ……てめぇ……朝から随分モテモテじゃのぅ!?」
――でたよー! いるよなこういうヤツ。で、イオラはどうするんだ?
俺は意地悪くわくわくしながらイオラに注目。
「何言ってんだコレガー。妹と友達と歩いてるだけだろ」
「うぐっ……」
イオラが涼しい顔で一蹴する。非モテにとっては意外と重い一撃だと思う。
「おはよう、コレガーくん」
「ワシも挨拶してやるにょ、コレガー」
リオラとヘムペローザもごく普通に軽く挨拶をする。
コレガーとは短髪少年の名前らしい。
体格的にはイオラよりも大きいが、ハーレム登校シーンを目の当たりにしてダメージを受けるあたり、ガラスハートの持ち主のようだ。
「初日に妹とイチャイチャで登校してきたかと思えば……次の日にはクラスの『歩く黒歴史』と仲良くなりやがって……。そして今日はツッ……ツインテールと手を繋いで登校たぁ、いい度胸じゃの!?」
コレガー少年がわなわなと唇を震わせて指差す先は、プラムだ。
髪型が問題なのか? コイツもよくわからんヤツだな。
「あぁ、この子は今日から学舎に通うんだよ。賢者のとこの子供」
――お、おいイオラ勘違いされるような紹介するんじゃない!?
え、えぇ!? とざわめきが起こる。
「……ツンツン頭のお兄さんは、イオ兄ィのおともだちですかー?」
プラムがイオラを見上げながら尋ねる。
「いや。友達じゃなくただのクラスメイト」
ぶっつり否定するイオラに、コレガーが更にダメージを受けている。
容赦ねぇなイオラ……。
「大きい……つんつんのお兄ちゃん、『よろしく』なのですー!」
プラムがよくわからまいまま、屈託のない笑顔で手を振る。
「お……、おぉおお!? も、もちろん『よろしく』じゃぁ!」
単純脳らしいコレガーとその手下ABもだらしない笑みで手を振り返す。
「何かあったらこの、コレガーさまに相談しな! じゃぁの!」
「カカカ! お前らが何かを起こす側にょ」
「ヘムペロちゃん……、それ言うからケンカになるんだよ」
リオラが困り顔でヘムペローザの両肩を揺らす。
プラムは次々と登場するクラスメイト達に圧倒されながらも目を輝かせている。
――ま、この調子なら大丈夫だろうな。
俺は映像中継を閉じた。
何かあればすぐに判るように、あのペンダントと俺は魔力糸で繋がっている。あとはイオラとリオラ、それとヘムペローザに任せよう。
「プラム、学舎生活……、楽しんでこいよ」
そっと呟くと、俺は立ち上がった。
さて、俺は一つ仕事を片付けに行くことにする。
目的地はこの村中心に立つ、神聖教会。
学舎の近くにあるので、今日は何かと都合がいいだろう。
なんなら放課後、俺もリオラやプラムと一緒に帰ってみたい……なんて思っていたりいなかったり。
いやいや。一応の目的は、ヘムペローザが配って(売ろうと)いた、正体不明の『護符』の正体を探るためだ。
天気もいいし、散歩がてらのちょっとした探偵ゴッコさ。
<つづく>




