勝利と、砂漠に咲く花と
「賢者ググレカス、活動限界まであと40秒!」
メティウスが戦術情報表示をまるで歌うように読みあげた。小さな妖精の声はこんな時でも可愛らしく、活動限界を示す数値が刻々と減じていく中でも冷静でいられる。
「上等だ、ラストバトルといこうか!」
真正面から巨大な人型ゴーレム、ヴァビリニア・カタパルト・デストロイモードが砂塵を巻き上げながら突進してくるのが見えた。
砂漠でも制限を受けない二足歩行を駆使した機動力で相手を追い詰め、遠距離ならば右手に仕込まれた円環魔法――ヴァビリニア砲――の圧倒的火力で制圧する。接近戦に持ち込んでも左手の格闘戦用アームで粉砕する。そして何よりも、鉄の大質量を利用した左手の打撃は一撃でも食らおうものなら隔絶結界を易々と貫通し館は勿論、賢者の館を支える地盤ごと破壊するだろう。
鉄塔を人型に変形させた利点を最大限に生かした思想と装備に、敵とはいえ唸らざるを得ない。
――いち撃でも食らえば終わりというわけだ。
「ぐっさん、いくぜ!」
「イオラは足を使って決して捕まるな。リオラは間合いが詰まったら遠慮なく殴り倒せ!」
「いきなりだけど、やってやるぜ!」
「賢者さま! わたし、やります!」
二人はそう言うと一緒に目を閉じて呼吸を整える。そして――。気合の入った叫びと共に賢者の館を一気に加速させた。その動きは今までの走りとはまるで違い、例えるなら俊敏な獣が走り出す時のような静かで力強いものだ。
「ファリア、エルゴノート、作戦変更だ! イオラとリオラがあの鉄巨人の動きを止める。ファリアはヤツの左腕の付け根を、エルゴノートは右腕を狙って全力攻撃だ!」
「わかった!」
「了解だ!」
俺は更に指示を出す。
「ルゥ、そして……スピアルノ! あの巨人の胸の中央に魔女がいる。動きが止まった瞬間に飛び掛ってくれ。威嚇だけでいい、魔法への集中を妨害するんだ」
「承知でござる!」
「オラも……やるっす!」
ルゥはそのスピードと正確な剣さばきで、スピアルノは盗賊団としての仲間であったことで少なからず動揺を誘えるはずだ。
アルベリーナは完全な冷血魔女ではない。ネオ・イスラヴィアの王サウザウト・ヨルムーザ同様、行動と考えには矛盾と乖離があり、どこか違和感を感じるのだ。
自分の意思だと言いつつも、「何か」に思考誘導されているとしたら……。
目的だけを追求するというのなら手段を選ばす、血を流すことすら躊躇わないはずだ。宝剣を手に入れようと暴走する意思と、本人の心がどこかで葛藤しているのではないか?
――もし、俺の勘が正しければ……。
「ググレ、いつでもいけるよ!」
レントミアが円環魔法をスタンバイし、突入班となるエルゴノートとファリア、そしてルゥやスピアルノと目配せをする。
「くるぞ 新・陸亀、超打撃!」
「アハハ!? いいね! 真正面から勝負かい! 好きだよ私はそういうのが……ねぇッ!」
アルベリーナが甲高く叫ぶと同時に、鉄巨人の右手から真っ赤な熱線砲が放たれた。それは充填時間も短かったせいか、出力も低い上に明らかに狙いが定まっていない。威嚇として薙ぎ払うように発射し、左手の巨大な質量兵器で仕留めるつもりなのだ。接線がかすめた砂丘が赤熱するが、爆発するほどではない。
「「はぁあああッ!」」
イオラとリオラは気合と共に、まるで軽快なボクサーのような動きで熱線を左にステップを踏んで避けた。軽快な足運びとスムーズでブレの無い動きは、元気印のイオラそのものだ。
「メティウス! 隔絶結界の集中防御壁を両の拳に展開!」
「――はいっ!」
瞬時に賢者の館の拳が光を放った。隔絶結界の防御を転用し硬質な「魔法のナックル」として纏わせたのだ。
――活動限界まであと30秒!
賢者の館は熱線を避け更に肉薄すると、鉄巨人が渾身で放った「のろまな左パンチ」をヒラリと避けた。そして出鱈目に振り回した右腕の砲身を素早く後ろに館を逸らしてやし過ごす。
イオラが再び懐に踏み込むと、リオラは完璧なタイミングで左のジャブを叩き込んだ。二人にしか出来ない阿吽の呼吸だった。
俺は、初めて二人が館を訪れたときの「勇者の試練」を思い出していた。あの時以上に完璧に二人は同調しているのだ。
「なっ、なにぃい!?」
更にワンツー気味ノ連打を鋼鉄のゴーレムに2発、3発を叩き込む。魔法によって強化された拳が直撃する都にギィン! ギィイン! と硬質な音が響き、鉄巨人はついにグラリと体勢を崩した。
「すごいですわ賢者ググレカス! 二人とも……息がピッタリ!」
「はは、イオとリオは今、二人で一人みたいなものだからな」
「――こいつ! 動きがまるで違う! は……速い!?」
魔女アルベリーナが信じられない、という声でうめく。絶対的な自信を持っていた鉄のゴーレムの戦闘能力の差を「賢者の館」は機動力を駆使する事でカバー、それどころか凌駕し始めていたのだ。
鉄巨人が大振りのパンチを浴びせようと再び左腕を持ち上げた。拳が頂点に達した時、太陽を反射して凶悪な光がギラリと輝いた。
しかし、賢者の館は膝を曲げ身を低くした体勢をとり、右の拳を引くと、一瞬の溜めの姿勢をとる。
イオラとリオラが互いに目線を合わせて頷き微笑む。そして――、
「イオ!」「リオ!」
全身をバネのように弾けさせて飛び出すと同時に、渾身の力を篭めて放たれた右ストレートパンチが鉄巨人のコクピットを真正面から打ち抜いた。
ギシャアッ! という鉄のひしゃげる音と共にアルベリーナの乗っているコクピットが潰れ、鉄骨が飛び散った。
「ば……ばかなぁッ!?」
砂漠の上に次々と構造材が落下し突き刺さる。そして巨大な鉄の人型ゴーレムはギギ……ギ、という錆び付いたドアのような音を立てて動きを止めた。振り上げていた左手も魔法の力を宿した右手も、全ての動きが停止したのだ。
「今だッ!」
俺が叫ぶと同時にエルゴノートとファリアは数メートルの距離を飛翔し、鉄の巨人の腕に飛び移り、そのまま本体まで駆け抜けた。不安定な鉄骨の足場をものともせずに、撤去人の両肩へと瞬く間に登り詰めた。
真っ青な砂漠の空に向けて、エルゴノートとファリアは自慢の武器を上段に構えた。宝剣の輝きと銀色の斧の刃先が眩いばかりの光を放つ。
「竜撃羅刹・大地裂斬ッ!」
「雷神断空牙・零式ッ!」
雷を纏わせて振り下ろされたエルゴノートの雷神の黎明とファリアの戦斧は、鼓膜が破れそうなほどの衝撃音を響かせながら、真っ赤な火花を散らせて両肩から鉄巨人の腕を斬り落した。
根元から切り離された両腕は、落下しながらその形を失ってゆく。魔力による結合が解けたのだ。
「お、おのれ……ディカマランの英雄ども、……まだだ……まだァ……!」
アルベリーナが両腕を失っても尚、鉄巨人を立て直そうとする。ギギッと軋み音を響かせながら叩き込まれたままのスライムの腕から逃れようと身を揺らす。
だが、既にもう一つの影がその腕を駆け抜けて、隙間だらけの操縦席に肉薄していた。
「御免!」
「ひっ!?」
ルゥが水平の構えから鋭い突きの一撃を叩き込むと、魔女は悲鳴をあげながら素早く身を翻しコクピットを抜け出して、鉄骨の上へと逃れた。アルベリーナの居た場所にルゥの剣先が突き刺さる。魔女の身のこなしは明らかに魔力強化外装を纏ったことによる跳躍だ。
完全に逃走しはじめたダークエルフの魔女の前に、もう一つの影が立ちはだかった。二本の短剣を向けたまま、数メルテ離れたところで低く身構える。
「姉さん! もう……やめるっス!」
「――! スピアルノ! お退き! 邪魔をするなら……、お前とて……容赦しないよ!」
「容赦? 最初から……オラのことなんか、容赦してなかったんじゃなかっスか!? 初めから……姉さんは……」
「……違う……。スピ……、う、うっ……!?」
眉根を寄せて困惑と、苦渋がごちゃ混ぜになった顔で魔女が頭を振る。
激しい頭痛に襲われたかのように右手で頭を押さえ、鉄骨の上でよろめく。その右手には禍々しい魔力波動を放つ指輪が嵌められていた。
――あれが……! ドゥジー・コゥンの呪いの指輪と対になっているという『真愛の指輪』か!?
戦術情報表示越しにその指輪を拡大しようとした俺の背筋に、怖気が走った。突如ノイズが画面を揺らし、俺は反射的に叫んでいた。
「――離れろ! スピアルノ!」
「戻ラナイ……私はもう……暗い、アソコにはァア、嫌ダ! アァアアアア!」
アルベリーナは自分が送り込んだはずの犬耳の少女に、まるで他人を見るかのような虚ろな瞳を向けて睨みつけ、そして、しわがれた声で呻いた。
「あ……姉さんっ!?」
半ば錯乱状態となりつつあったアルベリーナが両腕に魔法を励起する。それが炎であれ風の刃であれ、目の前にいるスピアルノにとっては致命的だ。
――まずいっ!
俺は傍らで一緒に成り行きを見守っていたハーフエルフに叫ぶ。
「レントミア! サイクロアを!」
「うん! でも……何を!?」
「ヘムペローザは蔓草魔法っ!」
「にょほっ! 待っておったにょ、その一言をおっ!」
黒髪の少女が両手を思い切り前に突き出すと、殆ど間をおかずに緑色に輝く魔法の蔓草が、行く筋かするしゅると溢れ出した。
レントミアは瞬時に俺の意図を察し、緑色の蔓草数本を円環魔法の錫杖で救い上げ、ぐるんっと一回転させてからアルベリーナに向けて打ち放った。
「蔓草魔法、円環魔法ッ!」
レントミアが叫んだ瞬間、緑色の大爆発が鉄巨人のコクピットの上に立つ、アルベリーナとスピアルノのいる位置で炸裂した。
それはとてつもない勢いで増殖する蔓草の炸裂弾だった。緑色の奔流となった蔓草が四方八方にねりながら超増殖し、見る間に鉄巨人の全身を包み込んでいった。内側の隙間という隙間に入り込み、全身をあっという間に埋め尽くし、今や巨大な鉄の人型は緑のロープでがんじがらめに締め上げられていた。
両脚も、胴体も、全てが緑の巨大な木のような変化してゆく。それでも増殖は収まらず、周囲の砂漠を流れるように広がって、半径数十メルテを緑の絨毯で覆い尽くした。
「うぉおお!?」
「なんと!」
「飛ぶでござる!」
「姉さんっ!」
鉄巨人に乗り移っていた4人はほぼ瞬時に跳ねて、雪崩のようにあふれ出す蔓草の上に着地、そのまま数歩ジャンプして賢者の館の敷地に飛び降りる事に成功していた。
俺にはとても真似のできない芸当だが、運動能力に優れたエルゴノートやルゥ達ならではの身のこなしだった。
イオラもバックダッシュで賢者の館を後退させ、安全圏まで退避する。ヘムペローザの手を離れた蔓草魔法には敵と味方を区別する力は備わっていないからだ。
だが、魔女アルベリーナは逃げきれなかったようだった。獣じみた絶叫は蔓草に飲み込まれるように徐々に弱まり、やがて静寂が訪れた。
「にょ……ほぉおお? レン兄ィと合体するとこんな事になるのかにょ」
「ボクもここまでの威力になるとは思わなかったよ」
「ヘムペロちゃん、すごい、すごい魔法なのですー!」
プラムがヘムペローザに飛びついて抱きつくとヘムペローザは照れたように、にょほほといつもの高笑いを響かせた。
「よくやったな、ヘムペロ、イオラ、リオラ、そして……みんな!」
全員が無事にそして、鉄塔の攻略を終えたのだ。
そのとき――。
ぽぽんっ! と弾けるような音が砂漠に響き、気がつくと蔓草のあちらこちらで真っ白な花が咲き始めていた。
「わぁ……! 綺麗! 綺麗だよヘムペロちゃん!」
「素敵。砂漠に……花なんて……!」
「にょほほ、なんだか照れるにょぅ」
リオラとマニュフェルノが賢者の館の縁まで駆け寄って奇蹟の様な光景を眺める。俺を含め館にいる全員が、訪れた静寂と美しさに目を奪われていた。
砂漠に突如として出現した緑の記念碑と、そしてそこに咲き誇る白い無数の花々。緑に茂る葉と花は、しばらく砂漠に慣れた俺達の目には新鮮だった。乾いた砂に水が染み込むように静かに心に染みる色なのだ。
やがて、砂漠の風が甘くうっとりするような香りを運んできた。
<つづく>




