休息の終わりと二人のキモチ
路地を駆け抜けて次の角を左に曲がればルゥたちの居る場所だったが、俺はそこで足を止めた。
美しい銀髪をなびかせて走る女戦士と紺色のローブを羽織った俺に、周囲の視線が集まる。
全力で路地裏に駆け込んで急停止した俺たちに、まるで不審者でもみるような目が向けられていた。
やはり偽装撹乱魔法効果は切れているのだ。
道行く誰もがファリアの事を腰に二本の短剣をぶら下げた女戦士だと思っているし、俺の事を「魔法使いの類」だという目で眺めている。
「ググレ? どうしたんだ」
足を止めた俺にファリアが気づいて数メルテ先で足を止める。俺は慣れない全力疾走で流石に息が上がっていて、はぁはぁと近くの家の壁によりかかる。
魔力強化外装を脚に展開すれば瞬発力は強化できるが、持久力に繋がる肺活量が上昇するわけではないからだ。
なによりも満腹で、食べたばかりのカレーが腹で暴れて苦しかったこともある。
「もう……いい。ルゥたちの状況が変わったようだ」
「どういうことだ?」
ファリアが眉をひそめ、周囲と俺に交互に視線を投げかける。
「ルゥが悪漢どもを殴り倒した。スピアルノとプラム達を連れて移動し始めた」
「は、はは。やるなルゥ」
戦術情報表示に映し出されていた状況は目まぐるしく変わっていた。
俺とファリアが駆け出した僅かの間に、ルゥはスピアルノを庇うように3人の柄の悪い男達と対峙、一瞬のうちに殴り倒してしまった。
争いは禁止されている街なので、本来ならば手を出したルゥが責められる場面かと思われたが、周囲の街の住民達は拍手喝采で、更には倒れた男達をここぞとばかりに縛りあげ衛兵に突き出すと気勢をあげる始末だ。ゲス3人衆ははこのあたりでは余程鼻つまみ者だったらしい。
当のルゥはといえば、涙目ですっかり大人しくなっていたスピアルノの手をとって、大騒ぎになる前に素早くその場から逃げ出していた。近くに居たプラムとヘムペローザも伴って駆け出したのはナイス判断だと拍手を送りたい。
「……そうか! ならば安心だ。確かに急ぐ事もないか?」
「まぁな。だが……魔法が解けた。連中に気づかれるかもしれない」
俺の言葉にファリアが顔色を変える。
連中とはつまり、この街にも溶け込んでいる暗殺者の一団だ。既にルゥ達だけではなく俺も「他人と認識させる」撹乱の魔法の効果は消えている。
中立地帯のこの街で、俺と同じようにカレーを食べてリラックスしていた暗殺者集団の若者を見る限り、いきなり襲ってくるとは思えないが面倒ごとは極力避けたいのだ。
念のため、戦術情報表示から偽装撹乱の魔法を選択し、俺とファリアに向けて再び呪文を自動詠唱する。少なくともこれでまた俺とファリアは姿を隠せるだろう。
俺の肩に腰掛けているメティウスは一心同体のようなものなので、魔法の効果範囲にいる限り目立つことはない。流石に街中で妖精を見かければ人だかりが出来てしまうだろう。
「ググレ、これでまた私達は姿を隠しているのか?」
「そうさ。俺達はここに『居ない者』というわけさ」
先ほど注目を浴びていたのが嘘のように、路地を行く人々は俺とファリアを気にする風は無い。頭に野菜を載せて売り歩く女も、路地を駆けてゆく小さな子供でさえ、俺とファリアの存在をまるで見ていない。
「……まるで世界から取り残された気分だな」
「そうか? 俺はむしろこれぐらいが心地いいけどな」
俺の言葉にファリアが小さく肩をすくめる。
路地から見上げる切り取られた空は抜けるように青く、オアシスでの休息もそろそろ終わりを告げていた。
「賢者ググレカス、プラムさんたちは現在も町の東側に向けて移動中、おそらく『賢者の館』の停めてある東門に向かうものと思われます。イオラさんとリオラさんは……二人でまだ南側地区の商店街にいるようですね」
なるほど、街を出て館に戻るつもりか。エルゴノートが居なくてもルゥの判断は的確だ。
「よしわかった。――プラム、聞こえるか?」
『はいはい、はいなのですー!』
人の隙間を縫って走っているらしく、揺れる画面の向こうから余裕の表情で楽しげなプラムと、手を引かれて苦しげな表情のヘムペローザが映し出された。
『なんでこのクソ暑いのに走らにゃいかんにょぉお!』
ヘムペローザが不満顔(>△<)で文句をたれる。
「ルゥ兄ぃとそのまま『館』に戻るんだ。俺も館に戻ると伝えてくれ」
『はいなのですー!』
走りながらもプラムはびしっと敬礼をする。
俺とファリアは、イオラ達と合流してから館に戻ることにする。
ところで昼も過ぎた所だが、プラム達は何か食べたのだろうか? 俺とファリアはカレーで昼食を済ませたのだが……。水晶ペンダントを通じて問いかけてみる。
『ルゥ兄ぃとスッピ姉ぇと屋台でいろいろ食べましたのですよー!』
『うぅ、なんだかジャンクな食い物ばかりだった気がするにょ……』
プラム達の目線の先には、少し前を走る猫耳剣士のルゥローニィと、手を握られたまま一緒に走るスピアルノが映っている。
時折ルゥは振り返ってスピアルノに何やら話しかけているが、まるで逃走劇を楽しんでいるように明るい笑みを浮かべている。
「どうしたでござる? 今朝のマラソンの半分の速度でござるよ」
「う、うるさいっす! 借り物の服だし靴だって走りにくいッス!」
絡まれていた時は身体が萎縮してしまっていた犬耳の少女も、今はいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。ルゥの言葉に何やら顔を赤くして反論している。
「手を離さないようにすればいいでござるよ!」
「う……うんっス」
なんだかルゥが遠くに行ってしまった気がするのは何故なんだ……。そしてなんだろうこの行き場の無い敗北感は?
「あぁ――――ッ!」
ファリアの叫びに俺はビクリと振りかえった。
しかし既に女戦士の姿はそこに無く、銀髪を翻しながら路地の向こうに猛然とダッシュしていく後姿だけが見えた。
「ファ、ファリア!?」
その先には――見知らぬ女性と歩く赤毛の勇者、エルゴノートが居た。
「――えっ? ファリア? なんっ!?」
「お ま え は ど う し て そうなんだっ!?」
「いや、この娘さんが道に迷ったっていうから……や、やめろファリアっ」
「うるさいアホゥ! プラム譲やルゥを捨て置いてやることか!?」
「ぐぇえ、苦し……!」
怒り心頭の様子のファリアはいきなりエルゴノートの首を絞めた。突然の襲撃に何事かと目を丸くする「連れ」の女性と周囲の人々。
衆目の面前でどうみても、浮気現場に出くわした妻と言い訳をする旦那の、痴話喧嘩にしか見えないやり取りが続き、万力のような力でギリギリと首を絞められた勇者の顔も蒼白になってゆく。
俺はため息をつきつつも、助け舟を出すことにする。
「ファリア、その辺にしてやってくれよ、夫婦喧嘩は誰も喰わないと言うじゃないか」
「「夫婦違うわ!」」
幼馴染の二人は息もピッタリだった。
◇
半刻ほど後――。
街の南側の商店街でスパイスと小物を買物していたイオラとリオラと俺たちは無事合流を果たし、東門近くの駐馬場に停めてあった「賢者の館」へと帰ってきた。
「え? メカクシの魔法が切れてたんですか……?」
「そういえば店の人たちはみんな親切だったけど、俺たちが外国人だからかなって」
「はい、なんだか沢山サービスしてもらったし、イオなんて店のおばちゃんにご飯までもらってたよね」
「リオも定価の半値ぐらいで売ってもらってたじゃん」
ころころと鈴の音のような声で二人が笑う。
二人に施していた魔法もやはり期限切れだったようだが、本人たちは特段困ったことは無かった様子だった。むしろ店の店主たちに沢山可愛がられたらしく、スピアルノは災難だったが基本的にのんびりしていていい街のようだ。
栗色の髪と瞳の可愛らしい双子の兄妹は顔を見合せていたが、二人はもともと普通の子だ。リオラは注目されやすいが、横に居るイオラが睨みを利かせて蹴散らしていたのだろう。
実際それとなく聞いてみると、
「あ……リオをガン見してきた男は睨んでやったけど」
と、妹ラブの兄はケロリとした顔で答えた。
エルゴノートは平身低頭でファリアに頭が上がらないようだし、イオラはいい買い物ができたらしく上機嫌だ。
リオラも珍しい香辛料を沢山仕入れて嬉しそうにヘムペローザとプラムに説明している。きっと美味い料理になるだろう。
館ではレントミアとマニュフェルノが今か今かと帰りを待っていたらしく、ヒマを持て余していたようだ。結局そわそわとして待つくらいなら、一緒に来ればよかったのに……。
「おかえりググレ……。ボクもやっぱり行けばよかったなぁ」
流石に暇を持て余していたのかレントミアがすこし不満げだ。
「でもこの街は、戦闘用の魔法は禁止だぞ」
「えー? それちょっと差別だよね」
「まぁそう言うな、これから先幾らでも魔法を使ってもらう機会はあるし……」
「……ボクは便利な魔法使いですよーだ」
つんっとした顔でレントミアは部屋を出て行ってしまった。
……やはり寂しくするとレントミアは不機嫌になるようだ。
あとでフォローしておかないとな。
「購入。新鮮な水10樽、ちゃんと届いてるよ。牛舎で運んでくれた少年が目を丸くしてたけど」
マニュフェルノがとたとたと駆け寄ってきた。
「はは、馬車だと思っていたら、謎の館が出現したのだものな」
「魔女。わたしのこと魔女かって」
ぷくとメガネの僧侶が頬を膨らませる。
マニュフェルノが指差す庭先には、追加で買った水が樽で5個ほど置いてあった。俺がオアシス都市カーニャンで最初にしたことは実は水の購入だった。
金を払うと指定の場所まで樽で運んでくれる仕組みだが、樽の代金と運搬賃が加算されるのでさすがに割高だ。とはいえ背に腹は変えられない。
魔力糸を這わせて、樽に不審な点がないかを確認する。もちろんこの都市の政府が保証する品だから間違いなく本物の綺麗な水だ。
「あ、そうだ。マニュにお土産があるんだ!」
「吃驚。ほんとに?」
マニュがメガネの向こうの瞳を丸くして、喜んでいるような驚いているような顔をする。
「ほら、これ……」
俺は金銀細工の店で買った金色の細いブレスレットを差し出した。
「……。ファリアさんがしていたのと同じ……」
一瞬、マニュフェルノは表情を曇らせたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「あ、うん。同じ店でついでに買ったから似てるけど、でも、少しデザインが違うんだ」
「感謝。……ありがとう、ググレ君」
マニュは静かに微笑んで受け取ってくれたけれど、何故だかほんのすこしだけ哀しそうにも見えた。
――あまり、好きなデザインじゃなかったのだろうか?
<つづく>




