それはどうみても、青春の1ページ
俺達の館は、見渡すかぎりの荒野を進んでいた。
高度な魔法の産物である新陸亀号は、特に大きなトラブルもなく、快調に二本の足で地面を蹴って進んでいる。
王都周辺に広がる緑豊かな村々を抜けると、やがてまばらな乾燥した緑地帯に差し掛かった。そこからさらに2刻(※2時間)程走ったところで、周りの景色は見渡すかぎりの荒野へと変わっていた。
昼前にメタノシュタットの王都で補給を受けてから西に向けて出発し、およそ4刻が経過していた。
周囲は茶枯れた岩と乾いた大地、トゲのある低木だけというサバンナのような光景で、辛うじて道だとわかる小石だらけの「西の街道」を俺達は西に移動し続けている。
本来はイスラヴィアや更にその先の西の国々との交易路だが、見かける馬車の数も北の街道などに比べると格段に少なく、寂しい限りだ。
カンソーン砂漠の東端にたどり着くのは明日の昼になるだろうが、そろそろ館を止める場所を探す時間だった。
――そろそろ小さな川があるはずだが……。
索敵結界で周囲1キロメルテを探っているが、危険な野生動物や魔物の類の気配は無い。
気がつけば陽は傾き、山吹色の光に包まれた大地の上を、二本の脚で歩く(ニュー)陸亀号の黒い影が長く伸びていた。
聞こえてくるトタットタッ、という音は鳥脚型に形成した量産型ワイン樽ゴーレム、「樽」が大地を踏みしめてから蹴りつける音だ。
馬車の車輪が地面を踏む音とは違う独特のリズムを刻む俺達の「陸の船」は、馬車とすれ違うだびに「御者の目が飛び出てアゴがカクンと落ちる」顔を拝む事ができる。
見晴らしもいい館の縁は、そういう意味で退屈しない特等席と化していた。
メタノシュタット周辺では、プラムやヘムペローザは腹ばいになってずっと眼下に群がる人々を眺めて手を振ったりしていたし、エルゴノートやファリアでさえ物見遊山気分ではしゃいでいた。
だが、これだけ荒野が続き他の馬車ともすれ違わないとなると退屈になってしまったらしく、皆は館のなかで思い思いの時間を過ごしている。
「ぐっさん、これで完成?」
イオラが尋ねる横で、俺は完成した樽にいくつかの魔法術式をかけてゆく。
――これで、よしっと。
「お陰で出来上がったぞ、賢者の便利道具がな!」
「……見た目は『樽』だけど」
「フハハ何をいうかイオラ。見た目は確かにそうだが、イオラに手伝ってもらった数々のギミックが、この中には詰まっているのだ!」
傍らの樽をバンと叩くと、中からはウニュッと湿った音がした。
外にいるのはガレージで大工仕事に精を出している俺とイオラ、それと飽きもせずに遠くを眺めているルゥローニィだけだ。
「もうすぐ夕暮れでござるな……」
ポツリと黄昏た様子で猫耳少年が呟いた。
館の進行方向の先端部分、つまり船の舳先に胡坐をかいて座り込んで、前方を眺めていたルゥローニィの、菫色の髪が風に揺れている。
ガレージにいる俺とルゥとの距離は10メルテ以上は慣れているが、館のリズミカルな歩行音以外は音らしい音も無く、風が猫耳少年の声を運んできたのだ。
「しかし、見えない壁があるのに風は通るのでござるな?」
不思議そうに見えない壁を指で突くと、波紋のような波が広がってゆく。猫耳をぴくんと動かして、ルゥは俺の方を振り返った。
「説明すると難しい話だけど、まぁ……魔法の力ってやつさ」
実はこの館を包む「隔絶結界」にはある特殊な性質がある。
――ダイラタント流体。
急激な変形に対しては固体のようになり、 ゆっくりとした動きに対しては流動性をもつという、特殊な液体の状態に近いのだ。
わかりやすい例で言うと、片栗粉に水を混ぜた濃厚な液体をプールに満たし、足をゆっくりと入れると沈んでしまうが、思い切り走る抜けると沈むことなく渡れてしまうという現象だ。
流体に関しては、この世界に同じ言葉や概念があるわけではないので、俺が向うの世界で読んでいた「雑学」の本から得た知識で説明しているに過ぎないが、この隔絶結界の持つ性質を説明するにはこれが一番しっくりくるだろう。
ルゥが不思議に思ったとおり、ゆっくりと流れる風や空気、雨や霧などは透過するが、ある程度のエネルギーを持った状態、つまり嵐や砂嵐であれば結界が硬化してはじき返すことになる。
だが、外側から賢者の館に向かって「矢」を放てば弾き返されるが、人がよじ登ってゆっくりとした動きで入ろうと思えば入れてしまうという事を意味する。
尤も俺の館には無許可の人間を立ち入らせないための魔法、幻惑魔法や施錠魔法を幾重にもかけてあるので、侵入は難しいだろうが。
「ふーむ。……拙者には難しいでござるよ。ググレ殿はいつも近い存在だと思っているでござるが、時折とんでもなく彼方の人に思えるでござる」
横顔をオレンジ色に染めて、どこか寂しそうに猫耳少年が呟く。
「そんなことはないだろ? エルゴノートに拾われた者同士じゃないか」
「そうで……ござるな」
一見すると違う俺とルゥ、そしてレントミアの共通点といえばエルゴノートに命を助けられたという事だ。それは強い連帯意識となり一種の忠義といってもいいものになっていた。だから辛い魔王討伐戦が終わってもこうして一緒に居るのだろう。
――と。
「隙ありッス!」
「にゃわっ!?」
いつの間にか忍び寄っていたスピアルノがルゥの背中を思い切り押した。
敏感なはずの剣士の背後を取るとは流石暗殺者だけのことはあるが、ルゥは透明な壁にぶつかって跳ね返される。
「ちっ……後一歩だったッス」
どうやらエルゴノートの「真の従者(?)」を決める戦いらしい。
「お、おのれバカ犬! 許さんでござるよ!」
「ハッ! ネコに捕まるオラじゃないっすよ」
べー、と舌を出してダッシュで逃げ出すスピアルノをルゥが必死の形相で追いかける。
待つでござる刀の錆びにしてくれるでござる! と叫びながら夕陽を背景に走る二人の様子は、どうみても青春の一ページそのものだ。
きゅっ、と胸の奥が苦しくなるのは何故なのだ?
「ぐっさん。あの二人、仲良しなのか?」
「……さぁ……な」
◇
「相対速度、マイナス1センチメルテ秒……、10、9、8……船底、接地します。3、2、1……接地!」
メティウスが戦術情報表示を睨みながら凛とした声で告げる。映し出された賢者の館と地面の模式図は距離を徐々に狭めていた。
表示されていた数字がゼロになり、ついに館の底が地面に触れる。
「水平維持、よし、このまま沈降!」
俺は館と敷地全体に張り巡らせた魔力糸に信号を送りながら、館の基部――つまり切り取られた地面部分――を沈め、駐機体勢へと移行させてゆく。
全ての工程は自律駆動術式として組み上げてはいるが、駐機は初めてという事もあり、俺と妖精メティウスでの二重チェックを行いながらの慎重な作業をしている。
レントミアは総監督として無言で成り行きを見守っているが、先ほどまで術式の再確認をしていたので問題ないはず、という自信に満ちた表情を浮かべている。
ちなみにここは夕飯の準備最中のリビング兼ダイニングだ。
緊迫した魔法使い組みの様子とは裏腹に、リオラとマニュフェルノ、そしてプラムにヘムペローザという華やかな女の子チームが夕飯の支度の真っ最中だ。
トントンとジャガイモを切る音と、ぐつぐつと煮立つシチューの鍋からは湯気が立っている。
「マニュさん、味見お願いします」
「薄味。もうすこし塩かしら?」
リオラが炊事担当でマニュフェルノが家事手伝いをしている。
普段は部屋に引き篭もり原稿を仕上げているばかりだが、最近はいろいろと家事をがんばっているようだ。壊滅的だったマニュの生活力は向上の一途らしいが、それは大いに結構だ。
「ヘムペロちゃん、お皿何個でしたっけー?」
「11個にょ。皿はいいとして、椅子が足りないにょ……」
皿を準備していたプラムとヘムペローザがウロウロと椅子を探す。と、スピアルノがしゅたっと手を挙げる。
「オラは床に座って食うほうが落ちつくッスから、椅子はいらないっす!」
「拙者は暖炉の前で食べるでござるから、忠犬はエルゴ殿の横で食えばいいでござろう」
「ハッ!? 偉そうに指図されては困るっスね? オラが床で食うッスよ」
「新入りの分際で偉そうとはなんでござる? 拙者が床で食うでござる!」
ぐぬぬ! と鼻を突き合わせる猫耳少年と犬耳少女。
結局は並んで床で食べることになったらしい。
おまけにエルゴノートとファリアは夕飯が出来るまでの間、俺達の真横のテーブルで腕相撲をしていた。勇者VS女戦士の組み合わせは互角で、ギシギシと悲鳴をあげるテーブルの脚が折れてしまわないかとヒヤヒヤものだ。
「賢者ググレカス、駐機モート最終フェーズ入ります」
「脚部、分離! 隔絶結界の接地境界面、相転移を確認……全術式正常稼動、オールグリーンって……! どうも雰囲気が出ないよなぁ」
思わず俺とメティウスは顔を見合わせて苦笑する。
うーむ。料理のにおいの立ち込めるキッチンでする会話じゃないのは確かだ。
元々ただの家なのだし操縦席が無いのは当たり前なのだが、どうも雰囲気が出ない。やはり館の何処かに操舵室を作るべきだろうか?
ともあれ、館は無事に地面に降り立った。
場所はメタノシュタットから西方約30キロの地点だ。
周囲は見渡すかぎりの荒野だが、細い川が脇を流れている。
これから日が暮れる時刻なので、館にはいつもどおり煌々とした明かりを灯す。
周りに何も無い荒野の中に、忽然と怪しげな「館」が出現した格好で、時折通りかかる馬車は、ギョッとした様子で速度を上げて逃げるように通り過ぎてゆく。
仮に近づいてみようという輩が居た所で、無限回廊の迷路に迷い、明日の朝まで彷徨うことになるだろう。
「ところでリオラ、夕食が終わったら見せたいものがあるんだが」
「え……? 何ですか賢者さま」
期待と好奇心交じりの栗色の瞳が俺に向けられる。
メイド服にエプロン姿のリオラは、食事の支度も終えて一息ついたところだ。
以前は俺が声をかけると少し緊張したような色を帯びることが多かったが、目の前のリオラは緩やかな笑顔を浮かべて瞳を輝かせている。
やはり二人で貴重な砂糖を使ってスイーツの研究をしたりしているうちに、慣れてくれたのだろうか?
「それは後のお楽しみ、な? イオラ」
「あぁ! ちょっと自信作。凄いんだぜ!」
イオラは少年らしい明るい笑みを浮かべて、俺に目配せをした。
「賢者の便利道具、第1号をお披露目しようと思ってね!」
「賢者がじぇっと、1号?」
「そうさ。リオラだけじゃなくて、マニュも喜ぶ家事を助ける素敵道具さ!」
「家事。わたしはリオラの家事手伝いですけど、関係あるの?」
「フフン、それは後のお楽しみさ」
リオラとマニュはなんだろうと顔を見合わせた。
<つづく>




