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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
【一】八・異国の勇者と聖女の決意

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091. もしも生まれが違ったら

 白衣を羽織り、資料を抱え、ジェームズ先生と一緒に出発する。


 王立研究所の講堂で、これから、心臓蘇生の研究について発表する。


 大聖女イラリアに施した心臓蘇生術の報告から、この治療法の今後の可能性まで。


「――オフィーリア」

「はい」

「大丈夫だ」

「……はいっ」


 先生の声は、未だに迷いを抱えている私の支えになった。不安に揺れる心を背後から抱きしめてくれているようだった。


 いまさら止まることなどできないのに、私の心はまだ逃げたがる。イラリアが無事に目覚めた時から、わかっていたことなのに。


 ――この治療法は、私たちにとって諸刃の剣。この武器は、彼女から人間らしさを奪う。……わかってる。覚悟している。


 会場に向かいながら、私は考える。イラリアが眠っていた一年間と、彼女が目覚めてから今日までのことを想う。


 イラリアと一緒に生きるには、この方法しかなかった。一度は止まってしまった彼女の心臓を、人生を再び動かすには、こうするしか。


 ――それでも、私の研究は。きっと将来、神の愛し子以外の命も救うから。彼女を大変な世に放り出すだけのものじゃないから。


 現代の魔法使いと呼ばれる人々だけでなく、これまで不治の病とされてきた病に侵された民を、不慮の事故に巻き込まれた民を、もっと長く生かすこともできる。


 これで幸せになれる人々の数を考えれば、いいことなのだろう。いいことだ。万が一いいことじゃなくても、やってしまったものは仕方ない。


 ――なんて、いいことだと自分に言い聞かせるのは、ただの慰めかしら。


 心の臓が止まり、死んだと告げられたイラリアが目を覚ました。死者が復活した。真の不可能と言われていたことが覆った。放っておいてもらえるはずがない。


 ――私が蘇らせた。彼女が蘇った。どちらかは、この件で矢面に立たなければならない。ならば私が立つ。


 それに、もしもイラリアがいなくても。国王陛下のお考えは、どうせ大きくは変わらないのだ。


 ベガリュタル国とレグルシウス国の王は、魔法社会の復活を目指している。二国はこれからより強く結びつく。


 そこに私が巻き込まれることは、変わらない。それならイラリアと一緒がいい。彼女に隣にいてほしい。


 危ない世の中でも、彼女があのまま死んでいたよりはずっといい。そう思い続けたい。あの時に死んでいればよかったと悔いる世の中には、させたくない。


 ――聖女である私たちは、私たちの考えにかかわらず、絶対に魔法派になる。科学派と共存の道を行きたい私たちの側から攻め入ることはなくとも、侵攻されれば応じなければならない。そういうもの。


 戦争が起きたとき、私たちは敵に捕らわれる人質になり得る。兵士を癒やすためにと、戦場に駆り出される可能性もある。歴史上、どちらの例も存在した。


 この研究発表は、私たちの聖女としての力を、彼女の強さを世に知らせる。


 いずれは知られることだ、すでに囁かれていることだ、ならば私の口から告げる場を設けた方がいい。勝手な憶測で悪化するより、無駄に崇められるより、公的な場で記録されておいた方がいい。


 一種の弱みを見せることになるとわかっていても、私たちは、逃げることを許されないのだから。せめて正しい方向から行っておきたい。


 ――イラリアと、どこか遠くに行きたいって。田舎でのんびり暮らしたいって。……貴女と、ただの町娘として、姉妹として。いえ、なんでもいいわ。平民に生まれていたら、どんなふうだったのでしょう?


 一度は反抗できたとしても、見つかれば今度は自由を失う。神殿に囚われて、搾取されて、終わる。


 逃亡した先に光が見えないから、私たちは、今の場所に居続けるのだ。これ以上自由を失わないために動かない。命じられなければ、もう、外には出ない。


 ――これが、正しい道でしょう? これが最大の抵抗で、最善の選択でしょう?


 医学や科学の方向から発表することには、癒やしの魔法を操る聖女としての印象を緩和し、神殿や王家との繋がりを目立たせないようにするという意図もあった。


 私たちは、異端の化け物でなく、人間でいたい。


「では、先生。いってまいります」

「ああ、健闘を」


 ふわり微笑んで、小声で言って。ここから先へはひとりで進む。


 ――大丈夫。私は、大丈夫。


 深呼吸して、壇上に上がった。





 心臓蘇生の研究発表は、つつがなく終わった。先生は「よくやった」と私を褒めて、いつかの誕生日の時のようにケーキを奢ってくれた。


 喫茶店に一緒にいる。またふたりきりになっている。


「……せんせい」

「ん?」


 これも、オトメゲームの場面のように見えるのかもしれないな、とふと頭によぎったけれど。妙なざわつきを感じたけれど。


「ありがとうございます」

「ああ」


 私たちの関係は、きっと、このまま進むから。このままでいられるから、大丈夫だと。


 私は自分に強く言い聞かせた。


 私は先生に恋なんてしないし、先生も私を恋愛対象として見たりしない。先生は兄のような存在であって、私たちの間に恋物語が生じることなんて、ない。


 ――私は、イラリアと一緒に生きる。彼女をお嫁さんにするの。そのために、ずっと頑張っているもの。


 道を違えてはいない。一緒にいても、これは浮気ではない。男と女がただ一緒にいたって、べつに、何も……。


 ――この、胸の違和感は、何?


 どうしてか、胸が苦しい。知らない光景が頭の片隅をちらつく。誰かに何かを無理やり見せられているような。誰かの声が遠くから聞こえるような。変な感覚。


「オフィーリア」

「……大丈夫です。ええ、大丈夫……」


 この日は、特に何もなかった。本当の本当に大丈夫だ。誰との関係にも亀裂は入らなかった。




 事件が起きるのは、次の週末のことだ。



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