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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
【一】七・姫たる夏と大三角

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086. 黒の侯爵と白の令嬢


 リスノワーリュ侯爵領地は、かつて、私の母さま――リアーナ王女が主となっていた地である。


 母にとって、ここに構えた屋敷は、ときどき滞在する別荘のようなものであった。


 ここでも彼女の異母兄である現国王陛下がいろいろと気遣ってくれたらしく、充実した美容施設や庭園の装飾もそれによる。


 クーデター後、私が暮らすようになってからも。眠りについたイラリアを連れて私が本館に引きこもっている間に、離れの施設は改修されていた。


 今になって考えてみると、私にリスノワーリュの地を与えると決めた時から、陛下は、私を王家に入れることを考えておいでだったのかもしれない。

 母の領地を娘にという単純な話ではなく、彼女の〝王女〟という立場も私に託すように。


 ――なんて、疑りすぎかしら? あの時はまだバルトロメオが居たものね。


 母さまとその忘れ形見である私には、とことん甘い国王陛下だ。私を第一姫の座に収めたのも、私の王位継承の可能性を上げたいから。


 ――セルジオ王子が継ぐのが順当な気がするけど。


 陛下の代のきょうだい争いのように命を奪うことはなく、一種の遊戯(ゲーム)で決めさせるのだという話を、アルティエロ王子やイラリアからは聞いている。


 魔法社会の時代に使われた施設で、私や王子たちは何かしらの争いをすることになるのだとも、なんとなく。


「――フィフィ姉さま? 大丈夫ですか?」


 家族三人で水遊びをしよう! と決めていた日の朝。


 彼女の繕ったスカート状のタオルに包まって着替えていたイラリアが、心配そうにこちらを覗き込む。


 薔薇色のツインテールがくるんと揺れ、あどけなく可愛らしい。彼女に似合う髪型だった。


「えっ、ええ、平気よ。ちょっと考え事をね」


 止まっていた手を動かしつつ、私は笑顔で彼女に頷く。それにつられて揺れた朽葉色は、ひとつに結い上げたポニーテールだ。


 タオルの下でもぞもぞするイラリアは可愛いけれども、自分で着替えるときには、正直ちょっと煩わしくて。私は下を穿き替えるときだけさっと巻いて、あとはいつもの夜や朝のように脱ぎ着した。


 離れの浴室ひとつを水遊びの場にしましょう、休日に三人で遊びましょうと誘ってから、水着や道具は彼女が調達してくれている。


 私の水着も、一昨年の聖夜祭のドレスのように、イラリアがデザインを考えてくれた。


 着替えて、姿見の前に立ち――ちなみにここは寝室、まだ今はふたりきりである――私は自分の全体像をじっくりと眺め、次いでイラリアを見る。


 ……体格差がより開いた気がした。本人に言うと気分を害するかもしれないので言わないけど、ちょっと丸くなったような。なんにせよ、私の婚約者は、やっぱり可愛い。


 ――私は、ちょっと痩せたわね。こうして見ると、筋肉の量も減った? 前より騎士らしくない、武人らしくない……。


 もっといっぱい食べて鍛えよう、と。心に刻み込んでおく。見た目も中身もより健康的でいたい。強くありたい。


「……やっぱり、露出しすぎじゃない? いえ、べつに、変な目で見てくる他人もいないことだし、色っぽくても構わないのだけどね」

「あら、姉さまったら恥ずかしいの?」

「べつに」

「えへへ、お似合いですよ。ぎゅー」

「貴女は、とても可愛いわ」


 イラリアがにこにこと私に抱きついて、たわわな胸がむにゅりと触れてくる。むにむにと押しつけられる。


 ちょっぴりの嫉妬と悪戯心で、私は、彼女の下の紐をするりと軽く引っぱった。


「きゃっ、フィフィ姉さまのえっちー」

「貴女に言われたくないわ」


 私のうなじあたりを弄り、上のリボンを解いていた彼女にしれっと言い返す。彼女と違って、私は脱がすところまでは行っていない。


 イラリアの水着は白で、私の水着は黒だった。


 今日のデザインはふたりおそろいではなく、どうやらそれぞれの体型に合わせて美しく見えるものが選ばれている。


 ――私も、イラリアも、すべてを一緒にというわけにはいかないのね。


 たかが水着のデザインからこの先のことを憂いてしまい、そんな自分の考え方がおかしくて、思わず変な笑いが漏れた。


「もー、なんで笑うのですぅ」

「ふふ、なんででしょうね」


 イラリアは私の胸元に手を触れて、睦みあいのときのように着せ直し、背伸びしてリボンをきゅっと結んだ。


「フィフィ姉さま」

「なぁに、イラリア」

「ちゅーしてほしいの」


 ――今日のイラリアは、やけに甘えたがりね。


 愛しい恋人のおねだりに、応えずにいられるわけがない。


 やわらかな丸い頬を撫で、空色の輝く瞳を見て、眦を撫で、目を瞑らせて。


「――好きよ、イラリア」


 キスをした。


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