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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
【一】七・姫たる夏と大三角

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084. 第三王子と第一王女


 六月のある日。


「じゃあ、いってくるわね。ドラコ、いい子でお留守番していてね」

「うん! いってらさい!」

「イラリアも、また後で」

「はい、フィフィ姉さま。どうかお気をつけて」

「――いってきます」


 王家に入る儀式のため、私はリスノワーリュの屋敷を後にして王城へと向かった。



 かたかたと馬車に揺られていると、昔のことを思い出す。父と一緒に馬車に乗り、初めて登城した時のこと。初めて同年代の男の子と出会って、心惹かれた時のこと。


 ――懐かしいわ。


 一度目の世界で抱いていた心のことを、私は、やっぱりうまく思い出せない。どうしてあんなにも彼が好きだったのか。彼のどこが好きだったのか。


 ――私は、かつて、聖女殺しの罪人だった。……忘れてはいけないわね。


 一度目や二度目の世界のことも、女神さまは覚えているとするならば。私は、未だに許されていないのかもしれない。今も罪人なのかもしれない。


 彼と出会った季節の馬車で、遠い記憶の中の彼のことを想う。





 夢見花の咲いていた、一年前のあの日――血にまみれていたことが嘘かのように。


 今日の大広間は、ただ煌びやかに飾られていた。


 人々は笑い、食べ、飲み、王侯貴族らしく腹の探りあいをする。


 ――残酷ね。


 今宵催されているのは、第一王女オフィーリアと、第三王子アルティエロのお披露目パーティー。この場にかつての第一王子はもういない。


 私に婚約破棄を突きつけてきた馬鹿男は、クーデターを起こした王太子は、もういないのだ。


 ――あの人は、今、どうしているのかしら。……なんて。


 バルトロメオそっくりの容姿をした隣の男の顔を、私は一瞬ちらりと盗み見ようとする。思いがけず目があうと、アルティエロ王子はにこりと自然に笑った。


「いかがいたしました、女王陛下?」

「だから、それ。やめてください」


 またこれだ。先ほどから彼は、小声で変なことばかりを言う。私は女王ではないし、これから女王になる気もないのに。


『こんばんは、姫様、あるいは、いつかの女王陛下』

 ……だとか。


 今の状況を鑑みるに、私も彼も、この程度のことで罰せられはしないだろうけれど。あれは国王陛下への不敬にあたる。敵対派閥の貴族たちにバレたら面倒だ。


 心臓に悪いからやめてほしい。巻き込まないでほしい。


「ふふ、冗談はお嫌いのようですね」

「……貴方の趣味が悪いのです」


 いったいどうしてこんなことになったのだろう。と。私は彼から視線を逸らした。


 同時にお披露目される王子と王女をパートナーとして組ませたのは、彼に婚約者がおらず、私も神殿公認の婚約者はいないから。

 ただそれだけだと楽観的に解釈しておきたかったけれど、周りの声を聞くに、私と彼を婚姻関係にさせたい者も多少はいるようだ。


 ――セルジオ王子の母君は、他国の王女様。アルティエロ王子の母君は、この国の女性。アルティエロ王子に継いでほしい勢力の方が強いのかしら。その妃に私をと? まさか!


 王妃殿下の唯一の実子であった彼、バルトロメオが、やらかさなければ。この国から王太子がいなくならなければ、きっと私は王家に迎え入れられたりしなかった。


 国王陛下の姪にすぎない私に、王位継承の可能性が浮上することなどなかった。こんな面倒な立場にはならなかった。


 私のことは忘れて、イラリアのことだけ諦めて……。そうしてくれれば、バルトロメオは王太子の座を失わなかったのに。


 その道を選べないほど、やっぱり彼はイラリアを愛していた、と。そういうことなのだろうか。わからない。


 ――愛って、何?


 今更こんなことで悩むのは、馬鹿らしい気もするけれど。最近、私はこれによく悩まされていた。


 女神さまの愛。彼の愛。


 もう終わったはずの恋と彼のことがやたらと気にかかるのは、アルティエロ王子やセルジオ王子の言葉のせい、か。


 これから先のことも考えると、なんとも頭が痛かった。


 ――魔法社会の名残であった決まりごとを持ち出して、私を王女に据えたということは。王太子決定の儀にも……。



 貴族たちの挨拶をうけ、談笑し、時に踊る。


 今宵のパートナーということで、アルティエロ王子とも最初に踊った。


 そつなく私をリードしながら、彼はひそひそと話しかけてくる。


「そういえば、今日の俺たちの衣装ですが」

「はい?」

「新しく仕立てられてはいますが、とある方々のとある公務の時の衣装と似ているのですよ。――貴女の父君と母君の」

「へえ」


 周囲の声から、私も、薄々そうなのかしらとは思っていた。


 見る人が見れば分かる程度に、私とアルティエロ王子の衣装は、かつてのリアーナ王女とハイエレクタム公爵の衣装に寄せられているらしい。


「イラリア嬢のドレスは、また王妃殿下から下賜されたもの、と。なんだか妙なものを感じますね」

「わかりません。勘繰りすぎではありませんか?」

「ははっ、オフィーリア姫は用心深いですね。俺にも心を開いてくださらない」

「貴方を相手に、どうして気を許すと思うのでしょう」

「惨劇を望まないなら、貴女から友好的にすべきでは?」

「すべきだなどと強いられる友好は、はたして私と大切なひとを守る盾になってくれるでしょうか」


 そうしてダンスを終え、離れる時。

 アルティエロ王子は囁いた。


「――歴史は繰り返す。ってやつですか」


 歴史は繰り返す――


「私は、私の求める道を行きます。誰の血も流させません」


 私はそれを否定する。

 父の代のようなきょうだい争いは、繰り返させない。


 どの王子も、王女も、婚約者も。

 全員が生き残れるように私は動く。



「ごきげんようっ、オフィーリア王女殿下――フィフィ姉さま! イラリア・ミレイ・リスノワーリュがご挨拶もうしあげます」


 ちなみに今宵のイラリアは、ジェームズ先生と一緒にいた。

 彼女はリスノワーリュ侯爵家の令嬢として、彼は彼で貴族の一員として、このパーティーに参加している。


 第一王女にさせられた私は、場面によっては姫としての振る舞いを求められるものの、リスノワーリュ侯爵領地を返還したりはしていない。今も変わらず当主であり、オフィーリア・フロイド・リスノワーリュである。


 大きく変わったのは、ただ、王位継承権を巡る争いの駒になったことだけ。クーデターのその後の傍観者でいられなくなっただけ。私は私で変わらない。そうありたい。


 ――廃太子の起こした事件まで、あの計画に利用されるのよね。そうまでして、陛下は、それを望んでおいでで……王妃殿下は……。


「フィフィ姉さま」


 ぜひダンスをとイラリアに誘われ、私は「喜んで」と頷く。手をとりあい、女と女で躍り出る。


 ざわめきのなか、次の曲が始まった。


 ――さすが、イラリア。上手いわね。


 ふたりのドレスがふわっと広がり、花のように舞う。彼女にリードされるダンスは素敵だった。


 私たちに向けられる視線は、好奇心、悪意、と様々だ。私と彼女が一緒にいれば、否応なしに注目を集める。


 先生とも話し、国王陛下ご夫妻や第二妃様、セルジオ王子とも話し、……――宴が終わる。




 そしてお披露目パーティーの、翌日。王城に泊まって朝を迎えた私は、ひとり、とある部屋の前にいた。


 セルジオ王子とイラリアの書いたメモを携え、深呼吸し、扉を開く。


「……お邪魔します」


 この部屋に、主はいない。とうに追い出されている。


 ここは――かつてのバルトロメオの居室だ。

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