055. プロローグ〈4〉願いと覚悟
「愛しいラーリィ。どうしていじけてしまったの?」
「いじけてるっていうか。なんでしょうねー……『愛しい気持ちが募って婚約を!』ってわけじゃないみたいだから」
そう、イラリアの言う通り。私は愛情を募らせてこの婚約式を計画したわけではない。
「私は貴女を愛しているわ」
嘘はついていないはずなのに、チクリと胸が痛くなる。彼女の期待や信頼を裏切ったようで、妙な罪悪感が心に滲み出す。
「それは、もう、わかってます。わかってるんです。でも……」
彼女のことは、愛しているけれど。そう。これは、愛のための婚約じゃない……。私が不安を和らげるためのもの。彼女を縛るためのもの。
イラリア・ミレイ・リスノワーリュという名のひとりの女性を、私の隣から逃がさないための鎖だ。
悪女にもなりきれず、まだまだ聖女らしくもなれず。今の私は、いやに中途半端だった。
この曖昧な態度を、どうにかしないと。彼女をじわじわと傷つける羽目になる。頭では、わかっているのだ。わかっているはずだった。
「父さまと陛下が正義の勝利を収めたとされる、あのきょうだい争いの時。数名の貴公子と婚約者の血が流れたことを、その歴史を、貴女だって知っているでしょう?」
「はい。もちろん」
「私は……その再来を恐れているの。もう二度と、貴女を他の男に奪われたくない。貴女を失いたくない……。ねえ、イラリア。わかって頂戴」
その言葉は、私の耳から聞いても浮いていた。中身が無かった。伝わる想いなど、あったものじゃなかった。
わかって頂戴――なんて、狡い言葉だと思う。頷くことを求めすぎている。押し付けている。
「姉さま、私、」
「――オフィーリア様、イラリア様」
侍女の声だ。
ふたりして肩を揺らし、反射的に距離をとる。私と彼女は話を止め、ガゼボの外に顔を出した。
「もうじき国王陛下と王妃殿下がいらっしゃいます」
「わかったわ。ありがとう。――イラリア、また後で話しましょう」
「はい。フィフィ姉さま」
互いの姿を見合って、髪の乱れやドレスの皺を整えて。私たちは、静かに、おふたりのご到着を待った。
「おお……!」国王陛下の千草色の瞳が、無邪気な子どものようにキラリと輝く。
その隣で王妃殿下は、愛おしげな目をしてクスリと笑った。
「感謝申し上げます。国王陛下。王妃殿下。私たちの婚約式の見届人を、お引き受けいただけましたこと。ありがたき幸せに存じます」
「オフィーリアも、イラリア嬢も。これはこれは……。もしや王妃と計画していたのか?」
「ええ、そうですわ。貴方」
国王陛下の問いに、王妃殿下がにこやかに答える。
「私とオフィーリアとで、準備を進めていましたの。とても面白い企みだと思ったから。貴方も聞いてみたらいかがです? オフィーリアがこのドレスたちにかけた、願いと覚悟を」
「ほう。では、聞かせてもらおう。それらの特別なドレスを、そなたはどうして選んだのだ? 申してみよ」
「かしこまりました。国王陛下――」
すぅっと深呼吸をして、私は話しだす。今度は淑女らしく、完璧を目指して。
「彼女のドレスにかけた願いは、末永く続く愛です。このドレスを纏って婚約式を挙げられた王妃殿下が、今も陛下と仲睦まじくいらっしゃるように。私と彼女も、おふたりのような結婚生活を送れるようにと願いました。
また、おふたりから以前お聞きした、陛下が婚約の際に告げられたという〝覚悟〟を追いかける想いもこめております。王妃殿下におっしゃった『国で一番しあわせな女にしてやる』というものです。私もそれに匹敵する想いをもって、彼女を幸せにしたいと思っております。
そして、私のドレス――母さまのドレスには〝やり直し〟の願いと覚悟を。悲劇を繰り返さぬように。何があっても、この私は、彼女を殺さないと。
私たちは互いを尊重し合い、幸せになってみせると。母さまにも届くように……母さまの思い出の品を借りております」




