050. 親愛なる母さまへ〈未来編〉
今年も雪の降る頃になりました。私、オフィーリアは元気に暮らしております。
公務のために忙しかった日々もいくらか落ち着き、やっと母さまにお手紙を書けるほどの余裕ができました。空の上にいらっしゃる母さまも、穏やかに過ごせていますでしょうか。
久方ぶりのお手紙なので、いつもよりちょっぴり長めに、これまでのことを振り返ってお伝えしたいと思います。
冬と言えば、あの聖夜祭での出来事――過去の婚約破棄のことではありませんよ。イラリアに求婚された時から、なんと五年もの月日が経ちました。こうしてみると、時が経つのは早いものですね。
たくさん、たくさん、彼女と一緒に過ごしてまいりました。いろんな場所で、いろんなことを経験いたしました。
私と彼女の愛が色褪せぬように、あの夜にもらった青薔薇の花は、今なお我が屋敷を華やかに彩っております。
そうそう、思い出しました。ある離島で育った新種の青薔薇を、今度、母さまのもとにも届けますね。複雑なお気持ちになるかもしれないけれど、もしかすると、お嫌かもしれないけれど。
貴女の娘として、予想するならば――貴女は、きっと、口先ではお小言をいいながらも、お喜びくださるはずです。
「フィフィ。支度はできましたか?」
「ええ。私は大丈夫。ドラコは?」
「ちゃんとお着替えして、もうお靴も履いてます! 我が息子ながら、いい子ですねぇ」
「そうね。では、行きましょうか」
ドラコは六歳ほどになり、今度の春から〝小学校〟に通うことになりました。前のお手紙でも触れましたが、これはイラリアが進めている教育事業の一環です。
彼女は医学研究の場のみならず、今も多種多様な場面で〝前世の知識〟と〝聖女であること〟を活かして励んでおります。
いまさら言うまでもないことですが……私も、彼女も、ベガリュタル国の聖女であって。この地位や力に救われることも多々あれど、やっぱり、ときどき嫌になりますね。
母さまも、そうだったでしょう? 王女や公爵夫人でなく、もっと違う生き方をしてみたかったと。ときおり思ったことでしょう?
……と、なんだか弱音を吐いてしまいました。最近の公務については、あらためて別のお手紙でお伝えします。大変だったけれど、あの人たちの姿を見られて良かったです。
巷では〝奇跡の聖女〟と呼ばれはじめた私たちは、ふたりで手をとりあって波乱の時を乗り越え、今日までなんとか生き延びております。十代で終わった過去二度の人生を思うと、毎日が奇跡のような人生です。
「母上のー、おかあさまー?」
「そうだよ〜。フィフィ母上のおかあさまのところに行くの。ドラコは初めてだねぇ」
「うん。はじめて!」
「フィフィのおかあさまはね、フィフィそっくりのお綺麗な方だったのよ」
「へえー」
「まあ、イラリアママも、幻の姿でしかお会いしたことはないのだけどね。ねぇ、フィフィ?」
「そうだったわね。母さまは、イラリアのように明るく強かな方だったのよ」
今度、ドラコを連れて、初めて母さまのお墓参りに行きます。私と妻の大切な息子の顔を、どうか見てやってください。可愛いことは保証します。
「ママのことは、ボクが守るからねー!」
「あら、すてき。守ってもらうね〜」
「ドラコ。他の人も、物も、みだりに傷つけないようにね。いつも言っているけれど、武器の扱いには、気をつけること。わかった?」
「はい! もちろんです。母上」
もしかすると、おもちゃの剣で、母さまのお墓を突っついたりなどするかもしれませんが……。寛大なお心で許してくださいね。
彼は最近、剣術の練習を頑張っています。私のような騎士になりたいそうです。そんな姿を見ていると、レオナルドの幼少期を思い出して懐かしくなりますね。グラジオラスの家族も、隣国で元気に暮らしております。
「――お久しぶりです。おかあさま。イラリアです。こちらは、ドラコです」
「ドラコです! はじめまして、おばあさま」
「こんにちは、母さま。オフィーリアです。家族を連れてまいりました――」
母さまに差し上げるあの薔薇は、いつかは枯れて崩れてしまう、ふつうの花です。あの人にとっても、貴女にとっても、その方がいいでしょう。
「この青薔薇の花は、父さまが育てたものです。綺麗でしょう? お元気そうでしたよ。父さま。随分と穏やかになっておいででした。あと――」
あの日々に想いを馳せるのは、花が綺麗な間だけでいい。たまに思い出すくらいがちょうどいい。たまに、ほんのちょっぴりの素敵なことだけを思い出せばいい。
――死なせなくて、よかった。
心から、そう思います――
……――と。たくさん書いてしまいましたね。とにかく私たちは元気です。これからも頑張ります。私たちのことを、どうか温かくお見守りください。
――オフィーリアより愛をこめて




