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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
六・風光る青のデート

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030. 予想外の再会

 紅色のクラス章と第四学年の黒水晶製の学年章を胸につけた、男子向けの制服を身に纏う。三度の人生を送ってきたとは言え、この制服を着ることも、第四学年になれることも初めてだった。


 紅玉(ルビー)クラスという、過去二回の人生ではほとんど関わりのなかったクラスに所属して、私は新生活を始める。



 イラリアに誘われて、薬学研究部の活動している薬学実験室に行った時。私は、予想外の再会を果たした。


「ままぁ!!」

「っ!?」


 私の姿を見るや否や、ジェームズ先生の膝からおりて、よちよちと駆け寄ってきた――途中で一度転んでいた――小さな小さな男の子。


 彼は私のふくらはぎに、ひしっと抱きついてきた。


 マンドラゴラの、ドラコだ。……おそらくは。


 何と言えばいいのか、前の人生で私が世話をしていた彼より、人間らしさが増している。というか、本当に人間の赤ちゃんのように見える。


 私の髪とよく似た、朽葉色の肌をしていることは前と同じ。金色の瞳も前と同じだ。けれど頭から生えているのはどう見ても葉っぱではなく、色こそ暗い緑色だとは言え、完全に人の髪の毛だった。


 体型も、手足のようなものが生えた太い人参、というふうではなく、普通の人間のような体型だ。衣服も着ている。感触も、前の根菜らしい固いものではない。もちもちとした、やわらかい肉感がある。


「まま。だっこー」

「だ、抱っこ? え、イラリア――さん。どうすればいい?」

「抱っこしてあげれば良いんですよ!」

「え、えー……」


 こちらに腕を伸ばしてきたドラコ(?)を、私は抱き上げる。彼は嬉しそうに笑った。


「ままーっ!」

「あの、わた――僕がママになった覚えはないが」

「毎日、ねえ――フロイドさんの肖像画をドラコに見せてたんです。『この人がママだよー』って。英才教育です!」

「お前が見せてたのは姉貴の絵だったろう。下手な芝居はよせ」

「「えっ……?」」

 

 ジェームズ先生の言葉に、私は目を丸くする。イラリアは彼を睨みつけた。先生は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「知らないふりをしてやろうかとも思ったが、イラリアがぼろを出すんだからな。……第四学年紅玉(ルビー)クラス、フロイド・グラジオラス。お前さん、オフィーリア・ハイエレクタムだろう。こいつの姉の」

「なぜ……」

「こいつが、いろいろ喋ってたからな。それに、ドラコが懐いたから。懐いたってことは、ママだと教えられてたオフィーリアとお前さんは同一人物なんだろう。俺のぱっと見ではわからないが、子どもはそういうことに敏感だとも言うし」

「はあ……」


 今度は私がイラリアを睨みつける。ジェームズ先生相手だからと、彼女は気を抜いていたりでもしたのだろうか。

 かつての記憶の中では私たちの味方で優しかった先生だから、意味もなくべらべらとオフィーリアのことを喋っても良いとでも思ったのだろうか。


 時間の逆説(タイムパラドックス)の問題が起きる可能性を知っていてなお、彼にまつわる歴史改変を試み、ちょっと余計なことまで口にした私が言えたことではない。それは百も承知だが……その後に私の行方不明事件を経験してもこれだとは、危機感が低すぎないだろうか。


 もう十年前にもなることだが、オフィーリア・ハイエレクタムは王城からの帰りの馬車で、剣に刺されて殺されかけている。

 今では己も騎士として叙爵されるほどの実力はあるものの、できることならバレたくなかった。オフィーリアが生きていると知る人は少ない方が良い。

 どこからか情報が漏れ、私がオフィーリアだと敵方に知られ、また殺されそうになるのは避けたい。生存を匂わせる手紙をイラリアに送っていた私が、いったい何を言っているのだとも、我ながら思うけれど。


 ――全部イラリアのせいよ。あの子のせいで、私の心は……。


 私がオフィーリアであるのは、イラリアのそばでだけにしたかった。人前ではフロイド・グラジオラスの姿を貫くつもりだった。オフィーリアなんて存在は、いらないとさえ……。

 私は結局ぐだぐだと、敵から逃げていたかったのだ。無駄な血を流したくない。覚悟がないのだとも言える。ああ、そうだ、イラリアに会えたら心が揺らいだ。


 イラリアと楽しく過ごせれば、今はそれで良かった。それだけを欲していた。


「そんな不安そうな顔すんな。オフィー――いや、フロイドと呼んだ方が良いのか。誰にも言わないから」

「本当ですか?」

「ああ。言って俺に得があるわけじゃねえし。まあ、俺以外の人の前では気をつけろよ。んで、入部希望だっけか?」

「はい、そうです」

「活動内容はイラリアに聞いとけ。俺は学生たちのレポートの採点しなきゃならんから、ドラコのことは頼んだ。準備室にいるわ」


 ジェームズ先生はそう言って、ひとり準備室へと去っていった。もっと面倒くさいことになるかとも思っていたのに、案外大丈夫だったらしい。現状に心が追いつかず、緊張はじわじわと遅く解けていく。


 ――なんというか……先生も、十年前とは変わったわね。容姿も、話し方も。過去の人生で見てきた先生そのものだわ。懐かしい。


「フロイドさん。活動内容の詳細聞きますか?」

「ああ、一応」


 イラリア・ハイエレクタムとフロイド・グラジオラスは、文通友だちだった――ということで、マッダレーナさん以外の人たちにも通している。


 私は普段の一人称は「僕」にして、イラリアのことは「イラリアさん」と呼んでいる。彼女は私を「フロイドさん」と呼ぶ。慣れない話し方だが、みんなの前ではそうすることに決めていた。


「まあ、だいたいご想像通りです。私は主にホムンクルス研究をして、たまに薬も作っています。畑の世話も活動内容です」

「なるほど、わかった」

「こちらの薔薇とペンペン草も、とても元気ですよ」

「それは良かった。ところで、このドラコのことは?」

「前のマンドラゴラ作成の実験とホムンクルス作成の研究の融合でできた子です。名付け親はジェームズ先生です。異国から取り寄せた人面花(じんめんはな)のおかげで、ホムンクルス研究はかなり進んでいます」

「そうなんだ。良かったね」


 やはり、このドラコも彼女の作り出した子だったらしい。彼の姿を見るに、本当にホムンクルス研究はうまくいっているようだ。彼女が前の人生から励んでいることなので、どうかこれからも好ましい結果が出るといいなと思う。


 彼にはきっと前の人生の記憶はないだろうが、ドラコとまた会えたことも良かった。


 彼女に学院生活のあれやこれやを聞きながらドラコの世話をして、今日の活動は終わった。



 放課後や休日はまた薬草畑や実験室で活動し、授業では主に武術や軍事について学び、二ヶ月が過ぎた。


「フロイド様……っ。私と、お付き合いしていただけませんか!」

「申し訳ない、アネモネ嬢。僕は今、誰かと恋仲になるつもりはないんだ」


 しくしくと悲しむアネモネ嬢を見送って、私はため息をつく。こちらの学院に留学してきてから、女子学生からの愛の告白をもう数十件は受けている。

 特に今週になってからは、毎日ふたり以上の女子学生から告白されている。それに私に申し込まれるのは、このような交際の話だけではない。


「……参りました」

「勝者、フロイド・グラジオラス」


 なぜか今週に入ってから、男子学生からは決闘を申し込まれることが多くある。こちらは交際の話とは違って、基本すべての話を受けている。矜持のためだ。

 朝、昼休み、放課後。多いときには一日で五人もの学生と模擬剣で闘った。

 いまのところ試合は負けなしなので問題ないが、どうしてこのような事態になっているのだろう。


「お疲れのご様子ね。無敵騎士のフロイドさん」

「マッダレーナさん。これはどういうことだろう。なぜこんなにも交際や決闘の申し込みが来るんだ?」

「たぶん、これのせいよ」


 水飲み場で喉を潤し、汗を拭っていた私に、マッダレーナさんは一枚の新聞記事を手渡す。学生たちが個人的に発行している、いわゆる学校新聞のようだ。


「『薔薇姫と騎士様のロマンチックな再会』?」

「あなたと聖女様の再会の様子が、虚構も交えて劇的に描かれているの。知らなかった?」

「知らない。というか、キスまでは事実だとしても……『学生寮でこっそりベッドインまでしていた』なんて、虚構も虚構だ。こんな話が出回っているのか」

「麗しの騎士様の色恋沙汰記事を目にした女子学生は、自分にもチャンスがあるかと思って告白する。聖女様の心を奪ったあなたに敵対心を抱いた男子学生は、その鼻っ柱を折りたくて決闘を申し込むってところね」

「迷惑な話だ」


 私はため息をついて、マッダレーナさんに新聞記事を返す。彼女は、今度は一冊の本を差し出した。


「ちなみにこちらは、二ヶ月ほど前に出た『イケメンエリート王子は可哀想な貧乏伯爵令嬢を溺愛する』よ」

「タイトルからして、王子とやらの性格の悪さが滲み出ていて嫌な感じだな」

「もうっ、そんなこと言わないの。これは、バルトロメオ王太子殿下と聖女様をモデルとしたふたりの恋模様を描いた物語ね」

「……ふたりは、実際にそういう仲なのか?」

「よくわからないわ。殿下が聖女様にご熱心なのは有名だけれど、彼女は今、あなたに夢中だし。これ、一度読んだらもう満足……っていうか、一度読み切るのさえ苦痛なくらいだからいらないんだけど、あなた読む?」

「ああ。暇があれば読む」


 私はマッダレーナさんからその本を受け取って、部屋へと戻った。イラリアがいた。

 ふたりきりの部屋での言葉遣いは、いつもの私たちのものに戻る。


「また来たのね」

「姉さま。明日はデートをしませんか? 私、仕事(バイト)ないんです」

「デートってどこに行くのよ」

「山菜採集と魚釣りです。食料確保に向かいます」

「あら、面白そうね。それならいいわ」


 劇場や買い物に行くと言われたら面倒くさいからと断っただろうが、魚釣りには興味がある。私は自分でも驚くほどあっさりと、彼女と一緒に出かけることを承諾した。


 いつも通り、彼女が私の鞄やベルトを受け取ってハンガーに掛けていく。


「えっと、土日でテントに泊まる感じですよ」

「ああ、野営ってことね。着替えなどの準備が必要なのかしら」

「そうです、けど……本当に行ってくれるんですか?」

「もしかして、冗談だった?」

「いえ。そんなことないです! 姉さまと一緒に行きたいです」

「なら行きましょう。楽しみにしてるわ」

「そ、そうですか……? えへへっ、なんか照れる」

「貴女、もうお風呂は入ったの?」

「はい。お借りしました。お湯は張ったままです」

「私も入ってくるから、出ていくなら、ちゃんと鍵はかけていってね」

「あ、はーい……」


 私は着替えを持ってシャワールームへと向かう。服を脱ぎ、まだ温かいその空間に足を踏み入れる。

 髪を洗うのにかかる時間は、数ヶ月前までと比べてかなり短くなった。短髪の良い面として、ヘアケアが楽なことがあげられるだろう。


 小さな浴槽に体を沈めて、私はぼんやりと考える。イラリアと、デート。そう考えていると、なんだか気恥ずかしくなってきた。一度勢いよく両頬を叩く。


 こうすれば眠気が覚めるように気持ちも落ち着くかと思ったのだが、なかなか鼓動の高鳴りは収まらなかった。もう一度頬を叩いてみる。


 ふと鏡を見ると、頬がほんのりと赤くなっていた。叩いたせいか、お湯の中でのぼせたせいか、それとも……。


 私は、最後に思いついた可能性には見ないふりをした。


 これは、温かいところで叩いたから血色が良くなっただけなのだ。べつに私の心のせいではないのだ。


 ゆるむ頬を手で押さえ、浴槽の中に顔を沈める。顔を洗えば、多少は気持ちが落ち着くだろう。



 明日は、イラリアとデートだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 王太子の王太子を引きちぎる話はまだか……!
[良い点]  フィフィ様なんか凛々しくなった?デート、イイですね。 押せば行ける!
[一言] デート!!! 二人で!!! イチャイチャする姿を見せて...! 頑張れイラリア!
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