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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
五・騎士と姫

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025. 十四歳の誕生日

 朝、目が覚めた時、イラリアがキスしに来てくれないことを、今でもときどき寂しく思う。


 特に今日は、強く思う。


「おはようございまぁす。フロイドお嬢さまぁ。お誕生日おめでとうございますぅ」

「ありがとう、アンナ」


 今日は、私の十四歳の誕生日だ。

 ベガリュタル国やレグルシウス国では十四歳で成人とされるので、これで私も大人の仲間入り。


 にこにこと笑うアンナに、いつも通りに着替えを手伝ってもらう。


 普通なら、十四歳になったら神殿で成人の儀式を執り行う。そこで勇者や聖女の素質を持つかどうかを判定され、神父様に祝福をいただく。

 けれども今回の私は、儀式をやってもらわないことにした。

 成人の儀式は行う人の方が圧倒的に多数派で、行うように国から推奨もされているが、義務があるものでもないのだ。


 過去二回の成人の儀式でも、私は聖女の素質を持っているとは言われなかったから、今回の人生でもないだろう。

 それに万が一「素質あり」と判定されてしまったら、私の存在が世間に広く知られてしまう。


 下手にベガリュタル国の国王陛下に興味を持たれて詳しく調べられたら、私がオフィーリアであることもバレてしまうかもしれない。そうなるのは嫌だから、儀式は行わないでほしいと頼み込んだ。

 旦那様や奥様は残念そうな顔をしながらも、代わりに家では盛大に祝うからと承諾してくれた。本当にありがたい。


「おっはよ、フロイド姉ちゃん。成人おめでとう!」

「おはよう、レオン。どうも、ありがとう」


 レオンは、最近私のことを「フロイド姉ちゃん」と呼ぶようになった。

 思春期なのか何なのか、ちょっと距離を置かれるようになった気もする。少し寂しいが、これも成長だと思えば喜ばしいことだ。


「おはようございます、旦那様」

「おはよう、フロイド。成人おめでとう」

「ありがとうございます。奥様も、おはようございます」

「ええ、おはよう。お誕生日おめでとう、フロイド。こうして見ると大きくなったわね」

「ありがとうございます」 


 私の誕生日を祝うためだと言って、旦那様は二日間、仕事の休みをとってくれた。ハイエレクタム家では実母とイラリア以外の人は私の誕生日をまともに祝ってくれなかったから、大した違いだ。


 奥様からは紺色のドレスを、旦那様からは細剣(レイピア)を、レオンからは花束をもらった。

 アンナや他の使用人たちも、わいわいと祝ってくれて嬉しい限りである。




 私のたっての願いで、朝食の後は、グラジオラス辺境伯領地の森へ魔物討伐に向かった。魔物討伐は、他国との戦争時の攻撃や防御、要人の護衛などに加えて、騎士の仕事とされるもののひとつである。


 騎士でなくても指定害悪種の魔物は狩って構わないが、討伐に行く者の多くは騎士や騎士見習いだ。害悪種を倒すのは容易くはなく、体を鍛えていないと危険だからだ。


 私は危ないからと、今までは一度も連れて行ってもらえなかった。旦那様と奥様を、レオンと一緒にどうにか説得して、ようやっと成人したら行っても良いと許可をもらえたのだ。


 ちなみにレオンは私より段違いに強いので、すでに何度も行ったことがある。羨ましい。旦那様やレオンにアドバイスをもらって、グラジオラス家の騎士たちに手伝ってもらいながら、私は何匹かの魔物を狩った。


 剣術はレオンの方が私より何倍も優れているが、弓術は私の方が得意なので、空を飛ぶ獲物を狩るときは彼にしたり顔をすることができた。


 害悪種の魔物以外にも、絶滅危惧種とされている、とある魔物を見つけた。

 処女にしか懐かないことで知られ、頭に一本の角を持っている、馬のような生き物――一角獣(ユニコーン)だ。

 一角獣は、私が他の人たちから少し離れた所にいる時に、すりすりと擦り寄ってきた。恐る恐る撫でてみると嬉しそうな声を上げた。


 その明るい銀色の毛並みは艶やかで、もしもこれを布に織り上げたら、一級品の絹にも勝る素晴らしい逸品となりそうだ。

 頭に生えた一本の鋭い角は、ともすれば人を刺し殺してしまえそう。真珠のような輝きを帯びたそれは、武器にも装飾品にもなりそうだった。


 私が一角獣と戯れているのを、みんなは遠巻きから眺めていた。どうすれば良いかと目配せをすると、「そのままでいい」と旦那様が口パクする。

 じーっと見られているのは少し居心地が悪かったものの、私は一角獣が自ら去っていくまで、なめらかな舌に顔を舐められたり、たてがみに触ってみたりなどした。一角獣は、触れ合いの流れで背中にも乗せてくれた。


 ひょっとすると、かつて私が森で倒れていた時に近寄ってきた白銀色の何かは、こんな人懐っこい魔物だったのかもしれない。人間に殺されかけた私を、野生の魔物が助けてくれた……なんて、そこまでいくと、幻想的すぎる気もするけれど。でも、あり得る話だ。


 一角獣に別れを告げて、みんなのところに戻ると、「神秘的な光景が見られて良かった」とにこにこ顔で言われた。殿方は一角獣に気安く近づくと角で刺されて大変なことになってしまうのだが、眺めるぶんには楽しいらしい。

 

 帰ってからの夕食は、いつも以上に豪華なごちそうをいただいた。美味しいごはんに、温かい家族。私がこんな誕生日を経験できる日が来るなんて、と感動した。


 ただイラリアがそばにいないこと以外は、素晴らしい誕生日だった。



 翌日は、私の社交界デビューの日――デビュタントボールが開かれる日となった。


 貴族の令息令嬢は、親に付き添う形として幼少期からパーティーに連れ出されることもままあるが、その人自身が社交界の一員として認められるのは成人してからのことだ。

 また、結婚は学院を卒業してからするのが慣例となっているが、制度上は成人したらできることになっている。政略的な婚約者がいない場合には、結婚相手探しが始まるのはこの頃からだ。


 デビュタントボールは、基本は成人した娘のいる家が主催するパーティーとなる。

 過去の人生のハイエレクタム家でも私のためのデビュタントボールは開かれたが、あれはほとんどイラリアが主役のようなものだったので、私はあまり楽しくなかった。


 彼女の方が華やかなドレスを着せられて、まだ未成年だからとカミラ夫人のそばにいるだけではあっても、人々の注目を集めてチヤホヤされていた。


 ちなみに彼女の十四歳のデビュタントボールは、私の時とは比べものにならないくらいの絢爛豪華なものだった。彼女に与えられた耳飾りひとつ、テーブルの上に並ぶデザートひとつ取っても、どれも私の時よりも力を入れて作られたものだった。


 完膚なきまでの姉妹差別、あからさまな姉妹格差である。


 私のデビュタントボールは、私を可愛がる国王陛下のご機嫌を損ねないためだけに開かれたものに過ぎないから、当然のことだとも言えるのだが。


 なお、ここでバルトロメオのことにも触れておくと。


 彼は一度目も二度目も、成人を祝うことは婚約者の義務にはあたらないと主張して、私のデビュタントボールには来なかった。国王陛下に向けて仮病という嘘をついてまで、私を祝わないようにと躍起になっていた。

 その仕返しと言ってはなんだが、一度目の義妹のデビュタントボールの際には、ちょっとした妨害工作をして、私は彼が出席できないようにしておいた。二度目の義妹のデビュタントボールでは……私は何もしなかったけれど、そういえば、来なかった。


 いま思えば、あの子とバルトロメオが学院入学まで一度も会わないなんて、奇妙な話だ。ここにも彼女が前に言っていた〝強制力〟とやらが存在したのかもしれない。


 まあ、そんな過去の人生のことは置いておいて――今、ここで催されている私のデビュタントボール。その主役は、完全に私だった。


 私の身の上に気を遣って、招待客はグラジオラス家と血縁関係にある者か、旦那様と奥様が信頼を寄せている者に限られている。


 パーティーに参加している人の数は過去のハイエレクタム家の時よりかなり少ないが、雰囲気は温かくて心地良い。何より、みんなが私のことを主役として扱ってくれるので気分が良かった。


 若いのだから、やわらかく明るい色の方が――などと奥様やアンナには言われたが、私は暗い紺色のドレスを希望した。可愛らしい色のドレスは、どうしてもイラリアのことを想起させてしまうから。


 旦那様にエスコートされて、デビュタントのお披露目のダンスを踊る。巻き戻りのおかげで人生三度目ともなれば、ダンスにも慣れたものだ。


 何人かに誘われて、私はまた踊った。

 見目良い殿方がいなかったわけではないが、誰の手をとっても、ときめきに胸を高鳴らせることはなかった。

「フロイド姉ちゃん」と声を掛けて、レオンがやってくる。


「ほとんど身内だけのゆるいパーティーだし、俺も踊っても良いってさ。……俺と、踊ってくれますか」

「ええ、喜んで」


 四歳年下の彼だけれど、背は彼の方が高いくらいだ。踊るのに支障はない。私は彼の手をとった。次の曲が流れはじめる。


 普段から仲良くしている義弟とだからか、他の令息と踊る時よりも、心はゆったりしていた。息を合わせ、くるりとターンする。


 武術を中心に生きているレオンは、運動神経が良いからこそだろうか、ダンスも抜群に上手かった。安心して身を預け、楽しく踊れる。


「フロイド姉ちゃん、めっちゃ綺麗。ドレスも夜の空みたいで、似合ってる」

「あら、ありがとう。ドレスはね、奥様のセンスが素晴らしかったのよ。奥様がお洒落なのは知っていたけれど、私なんかにも似合うドレスが作れるなんてね。驚いたわ」

「姉ちゃんは、ふつうに美人だと思うけど」

「そう? でも、外に出れば、私より美しい女はたくさんいるわ」

「……本当に、まだ自分の本当の家のこと思い出さないの?」

「今の私にとっては、グラジオラス家が私の家よ」


 レオンには、まだ、私がオフィーリア・ハイエレクタムであることは言っていない。無事にベガリュタル国に戻れるようにまでならなければ、伝えられない。


 このレグルシウス国では、ベガリュタル国と違って、学院は四年制ではなく三年制だ。

 私は今度の春に学院の一年生となる。

 ここを卒業したタイミングで、私はベガリュタル国に一度帰ってみるつもりだ。


 今でもかなり強くなっているが、学院で騎士コースを卒業してから帰った方が、堂々とイラリアに会える気がしたから。


 かつての私たちが死んだ日を向こうの国で過ごすのは、なんとなく不吉な感じがするから。


 うまくやって、彼女の元に帰るまでに、騎士として叙爵もされるようにしたい。


 


 ――あと、三年。


 ここでただのフロイド・グラジオラスとして生きるのも、あと三年。


 彼女のいるベガリュタル国の地を再び踏むまでも、あと三年。


 曲が終わる。踊りが終わる。


 私は笑顔で、レオンと繋いでいた手を離した。


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