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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
五・騎士と姫

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024. 好意の対象は物語の中に

 ハイエレクタム家が降爵されたという知らせを耳にした日から、四年の月日が経った。私は十二歳に、レオナルドは八歳になっていた。


 私がオフィーリア・ハイエレクタムであることを旦那様と奥様に知らせてから、私は自分の誕生日を正確な日付で祝われるようになった。


 私は会えていないけれど、今頃イラリアは十歳になっているはず。この歳の彼女と言えば、だんだん子どもっぽさが抜けてきて、ほんの微かに色香を醸し出しはじめた頃だろう。


 あどけなく笑う顔はひどく可愛らしく、黙って書物を読んでいるときなどは目を見張るほどに美しい。

 美術品や鑑賞物として見るならば、私の義妹はとても素晴らしいのだ。彼女の姿を見られないことが残念でならない。


「はぁ……」

「なんだよフロイド。ため息なんかついて」

「べつに。なんでもないわ」


 隣に座るレオン――私は最近、レオナルドを〝レオン〟と呼ぶようになった――が、私の顔を覗き込む。


 私のこの家での名前は、未だにフロイドのままだ。彼には私がオフィーリアであることは伝えていない。


 私も背が伸びたが、レオンは私よりもっと伸びていた。今では年下の彼の方が少し背が高いくらいだ。

 私も女子にしては高い方なはずだから、彼はかなりの高身長ということになる。


 義妹も、年下のくせに成長期には、あっという間に私よりも大きな胸になっていた。それを思い出すと、なんだかさらに悲しくなってきてしまう。

 私は今の十二歳の時も、過去に死んだ十七歳の時も、胸の大きさがほとんど変わらない。これも、女の機能を失ってしまったがゆえのことだろうか。


「あー、歴史の勉強だるいー!」


 レオンが大声を上げ、ばたんと本を閉じて、足を投げ出した。

 グラジオラス家のひとり息子である彼は、次期当主として勉強すべきことが山ほどあるのだが、勉強が好きな性格ではないらしい。

 剣術や弓馬術の練習をしているときの方が、何億倍も楽しそうに活き活きしている。


「レオンは、歴史の勉強は嫌いよね。歴史にだって軍人は出てくるのに」

「歴史上の武人にもかっこいい男はいるけどさぁ、やっぱ戦記物とは違うじゃん。物語に出てくる方が俺は好き。だって、かっこいいもん」

「なら、例えば……貴方が私につけた〝フロイド〟という名前は、〝フリードリヒ〟という実在の武人をモデルにして書かれた男の名だけれど。それについてはどうなの?」

「フリードリヒも嫌いじゃないけど、俺が好きなのは物語のフロイドの方だよ。だって、そっちの方がかっこいい。――あっ。もちろん、お前のことも好きだぞ。姉貴としてな」

「……そう。どうもありがとう」


 私はこの家の養子として育てられているから、レオンは私の義弟に、私は彼の義姉にあたる。懐かれて悪い気はしないし、好きだと言われたら、まあ嬉しくは思う。


 ――でも、物足りない。


 イラリアの方が、もっと仲良くしてくれた。イラリアに「好き」と言われたときは、もっと胸がそわそわドキドキした。

 申し訳ないけれど、どうしても、彼女と彼を比べてしまう。彼を見て、彼女と似ているところを探して、彼女の方が可愛い義妹だと結論づける。


 私の可愛いイラリア……。今はどうしているのだろう。


 彼女と過ごした日々を思い出す。ふと、彼女のとある一言が、私の心に引っかかった。


『私は、ニホンでオトメゲームをしていたときから、〝オフィーリア〟のことが好きだったんです』


 オトメゲームというのは、彼女がこの世界にイラリアとして生まれてくる前にニホンという世界で読んでいた、恋物語のことだ。〝バルトロメオ〟や他の男たちも出てくる恋物語を読んで、彼女は〝オフィーリア〟に恋をした。


 だからこの世界で生きることになった彼女も―― 一回目はゲームのハッピーエンドがどうたらこうたらという理由であまり関わってこなかったようだが――二回目と三回目の人生では、オフィーリアという名を持ち、彼女の知る〝オフィーリア〟と同じ容姿である私に好意を表した。


 ――イラリアが好きなのは、本当に私なの? それとも……あの子が好きなのは〝オフィーリア〟?


 思えば、一回目の記憶が彼女にあるなら、私が愛されているなんて、おかしな話だった。

 私に手酷くいじめられたことを覚えていてなお、私の人柄を愛してくれていたとは、普通なら思えない。 


 それくらい、私は悪いことをしてきたのだ。


 嫌われて当然、復讐されても文句は言えないほどの、まさに人々の言うような〝極悪令嬢〟だった。


 でも、彼女が愛していたのが〝オフィーリア〟であるとするならば、話は変わってくる。

 彼女はそもそも私を愛していたのではなく、彼女の愛する〝オフィーリア〟の面影を私に求めていたのだ。


 同じ名と容姿を持つ私を愛で、私と触れ合うことで、彼女はこの世界では読めない〝オフィーリア〟との物語の喪失の穴埋めをしていたのかもしれない。


 ――私は……イラリアの、愛玩人形(オモチャ)だったのかしら。


 彼女が見ていたのは私の顔や体だけで、私の心は見てくれていなかったのかもしれない。そんな可能性に、いまさら気づくなんて。


「フロイド。手ぇ止まってるぞ。お前も真面目に勉強しないと」

「えっ……? あっ、ああ。そうだったわね」


 レオンに声を掛けられ、はっと正気に戻る。今はこんなことを考えている場合ではない。目の前のやるべきことに集中しなくては。


「あと半時間で勉強時間は終わり。その後は剣術の稽古の時間だ! あとちょっと頑張ろうぜ!!」

「ええ、そうね」


 珍しいことに、私の方がレオンに励まされてしまった。頼りない義姉で申し訳ない。


 私は本に視線を向け、勉強を再開した。

 が、もうイラリアのことが気になって気になって、何度読み返しても頭に入ってこなかった。


 ――これは、駄目ね。


 私は本の内容を記憶することを諦め、使用人たちの手前サボることはできないために、本を読んでいるふりをすることにした。後日また読むときには真面目に読むので許してほしい。


 勉強の後の剣術の稽古も、あまり身が入らなかった。

 稽古をつけてくれているグラジオラス家の騎士たちに、「フロイドお嬢様、体調でも悪いんですか?」と心配されてしまう次第。


 こんな些細なことで心乱されていては、騎士を志す者として失格だ。


 今日は、素振りを二百回。


 今度は気丈に振る舞おうとしたのが滲み出てしまったのか、「力入りすぎですよー」と注意された。やはりうまくいかない。


 騎士を目指しはじめて、四年。


 私は過去二度の人生のどちらの自分よりも、強い女になったと思う。


 この家では体に害となる薬を盛られないからだろう、健康にすくすくと育つことができた。

 体力作りを日々行なったおかげで、ときどき自分でもびっくりするくらい、速く走れるようになった。


 剣を何度も振っていたら、豆ができた。潰れると痛い。血が出ることもしょっちゅうある。

 その繰り返しでやわらかさを失った手は、たくましさをそなえ、だんだんと剣を持つのに相応しい手になっていった。


 強い女になって、簡単には殺されない女になってから、ベガリュタル国に帰るのだ。可愛い義妹に会うために。

 ……でも、もしかしたら、義妹は変わってしまった私を、受け入れてくれないかもしれない。私は彼女の求める〝オフィーリア〟らしさを失っているかもしれない。


 そう思うと、少し怖い。彼女が、もう私を求めてくれないんじゃないかと思うと。


「――っ!」


 剣を振る手に、さらに力が入る。もっと強くなれば、こんなことも怖くなくなるとでも言うように。


 心にかかる(もや)を切り裂くように、私は剣を振り続けた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  フィフィ様結構背高かったんやね。てっきりちんちくりんだと思ってたわ。
[一言] フィフィ様が剣を...! かっこいい!!!!!
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