120. 流星祭と新たな出会い〈7〉再会
外務省にお勤めだという、大人のお姉さんふたり――グラツィアとキアラを見送って。
私と先生は、ほっと息をついた。
「嵐のようなひとでしたね」
「ああ、そうだな……」
グラツィアが言っていた〝悪役令嬢〟の話に、キアラから示されて初めて知った〝対異世界部〟の存在、そして帝国の仕業と思しき〝名の呪い〟のこと。
気になることは多々あるが、ともあれ、今日は呪いが発動しない模様だというなら何よりだ。
完全に安心することはできなくとも、いきなり攻撃されるよりはずっといい。
――かつての〝わたくし〟は、どうやら……というか、記憶を見ても、歴史資料を見ても。宣戦布告をしないで侵攻したこともあるみたいだけど……ね。
自分からいくつもの戦を仕掛けた過去をもつ、罪深き魂をもって生まれたくせに。私は戦が怖くて仕方がない。
――エレオノーラの記憶も、なにか、活かせればいいのだけれど。反面教師としてでも。最近、ときどき……彼女に乗っ取られそうで、怖くなる。
私は私で、エレオノーラではなく、オフィーリアのはずなのに。本当に、たまに、女王エレオノーラに主導権を握られそうな感覚をおぼえる。
自分の思考に彼女の意思が侵略してきているようだと感じたり、オフィーリアとしての意識を遠くに感じたり。
うまく言えない小さな感覚で、まだ誰にも明かせていないけれど……。
――私は、もしかしたら、あの殺戮女王を今の世に蘇らせ得る存在なのかもしれない。前世だとか、魂が同一だとか言われても、私は私で変わらないと信じていたけれど。……信じて、いたのに。私は…………
「じゃあ、あいつらの居るところに戻るか」
「そうですね。……あら? でも、向こうから」
「――フィフィ姉さまっ! 先生ー!」
「おや、オフィーリアの嫁さんのお出ましだな。向こうの方が早かったか」
「まだ嫁じゃないです。まあ、未来のお嫁さんですね。――おいで、イラリア」
足音を立てて駆け、猪のように突っ込んできたイラリアを、私はさっと抱き留める。
私が彼女に贈った簪のビーズの連なりは、危うさを感じるほど激しく揺らいでいた。
「姉さまっ! ご無事でよかった……!」
「貴女も、元気そうでよかったわ。でも……そんなふうに走ったら、ユカタが着崩れてしまうわよ。淑やかになさい」
ともすれば千切れてしまいそう……と感じた髪飾りのことには触れず、浴衣のことだけ窘める。
「えへへ、ごめんなさい! もしも脱げちゃったら直してくださいね? ちょっとならお胸に触っても許してあげます!」
「お外では触りません! まったくもう!」
いちゃいちゃを……とふざけて誘ってきたイラリアの可愛らしい姿から連想してしまったのか、ぱっと鮮明に、先ほどのグラツィアとキアラの濃密な絡みを、キスシーンを思い出して。私はまたひとりで顔を熱くした。
イラリアは「あれ? 姉さま……?」と首を傾げ、何かを確かめるように私の首元などを嗅ぎはじめる。すんすん言っている。……ちょっと、胸を触らないでったら。
「ままぇー! じぇいーー!」
ドラコの元気な声に導かれて、そちらを見てみると。彼はシルビアさんに抱っこされて、こちらに手を振っていた。小さなおててを頑張ってふりふりしている姿が、なんとも愛らしい。
「よかった、ドラコも、シルビアさんも無事で……って、イラリア、ドラコをシルビアさんに任せっぱなしで来たの? 貴女もあの子のママでしょう?」
「んぅ? なんです? ……ああ、私の嗅覚もとい姉さま愛を活かして探した方が、早くフィフィ姉さまたちを見つけられると判断したので! この恰好と髪色なら、ちょっと先を歩いていても、わかりやすいですし。早く会えた方がドラコも嬉しいかなって。ねー? ドラコ」
イラリアは「ありがとうございます! シルビアさん」と彼女に笑いかけ、ドラコをよしよしと抱き上げた。




