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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
【二】二・星降る夜の加護と帝国の呪い

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119. 流星祭と新たな出会い〈6〉恋人


「そうは言ってもな……。俺は貴女のことを知らないし。顔だけで(わか)る関係でもなければ、身分証も見せられていない。しかもゼアシスルの家だと言った。それが何の証明になる?」

「先生、言葉が過ぎます」

「俺らがその名を信頼できないのは事実だ」


 ……まあ、たしかに。その家名を出されても困る話だ。


()()()()()身分証は、こないだの任務で失くしちゃったの。帰還後に急いで来たから、手元には無いわ。何の証明って、信頼って……私が出かけている間に、ゼアシスル家に何かあったの?」


 先生や私が〝ゼアシスル〟の名をいまいち信じられないのは、その伯爵家がどうこうというより、アルベルト・ゼアシスルことアルティエロ王子のせいだった。


 ゼアシスル家が何かやらかしたわけではないが、アルティエロ王子の印象が悪すぎる。


 私が彼に誘拐されて犯されかけたのも、魔法迷宮で刺されたりしたのも、ほんの数日前のことだ。


 最近の出来事について、まだ先生は誘拐のことまでしか知らないけれども、私が彼に絡まれて疲れていたことなどは知っている。


 だから、なんとなく、ゼアシスル家と聞くと疑ってしまうのだ。また変なやつではないかと。


 もちろん、いい人もいるとは知っているけれど……。


「ああ、そこのハイエレクタム家のお嬢様に潰されでもしたのかしら」

「というより、潰れたのはハイエレクタムの家ですが」

「……え?」

「それもゼアシスルの者が協力して、ハイエレクタムの当主を追い詰めたのでは? 罪は罪ですから、それについては否定しませんが。貴女の家は、ハイエレクタムを潰した側でしょう?」


 グラツィアは、碧色の瞳をまんまるにして、ぽかんとした。ひどい間抜け面だ。


 ゼアシスル家は、王族に仕える侍従や侍女を多く輩出してきた伯爵家である。今のリスノワーリュ邸にも分家の子がいて、彼女はよく仕えてくれているいい子だ。


 バルトロメオ曰く、アルベルト・ゼアシスルは、彼を裏切っていた。

 ハイエレクタム家の降爵の時も、クーデターの時も、アルベルトを含むゼアシスル家の者は、どちらかと言うと彼らの断罪の一助になった側である。


「先生。この人、やっぱりおかしいですね? しばらく国を離れていたとしても、私をハイエレクタムのお嬢様って……十年前の事件さえ知らないのはおかしいです。まして、シルビアさんと同期なら」

「ああ。もしかすると、どこかで記憶喪失になったのかもしれないな。記憶が混濁しているのだろう。可哀想に、戦力外だ。どう考えても今の状況で現場に来るべきじゃない」

「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでハイエレクタムの家が潰れたのに、オフィーリアが〝殿下〟の座に……? あれ? ちょっと待って……バルトロメオ殿下の妃になったわけでもない……? なら姫殿下って何? ヒロインを打ち負かして大逆転! じゃないの!? え!?」

「記憶だけでなく、淑やかさも遠征先に置いてきてしまったようですね。哀れです」

「な、な、何よ、その目は……! 貴女のような絶対的悪役令嬢ではなくとも、私だって悪役令嬢なのよ? あのグラツィア・ゼアシスルなのよ!?」

「だから、知りませんって」

「――あ、グラツィア様、いたーっ! また悪ぶってるの? かわいい〜」

「キアラ!!」


 またもや気配なく誰かが現れた――かと思えば。


「!?」


 気づいたら、グラツィアが女の子とキスをしていた。いや、キスされていた。


 黒髪にルビーの瞳をした彼女――キアラと呼ばれていたか――は、ちらりとこちらを見て、またグラツィアとキスをする。


 私と先生に、その触れあいを見せつける。


 あまりにも濃密なそれに、見ているだけなのに頬が熱くなってきた。


「……人前で、こ、こんな、こんな破廉恥な…………! 悪役令嬢の風上にも置けません!?」

「いや、オフィーリアがそれを言うのか? 本気で……?」


 彼女らのキスシーンに、なんとジェームズ先生は動じていない。


「まさか私とイラリアのキスシーンもこんな感じなのですか? 先生こそ本気で?」

「時に、おまえらの方が熱烈だと思うが……」

「私たちの方がこれより酷いのですか!? 嘘でしょう……!?」

「くっ、予想していた反応と違う……ッ!」


 黒髪の彼女とキスを終えたグラツィアは、とても悔しそうに私を睨んだ。


 女の子と恋仲にあるという意味では、なるほど、私とグラツィアは同類のようだ。


「グラツィア様、上からの伝達。もう解散でいいって。名の呪いは、どうやら今すぐに何か起きるものじゃない。すでに侵されはじめているかもしれないけど……って」

「わかったわ」


 私たちの会話を聞いていたのか、それともグラツィアの性格を察してか。キアラは私たちに身分証を見せてきた。


『 外務省 対異世界部

  キアラ・シャルデン 』


「……なるほど…………?」

「それ、俺らに見せていいやつか??」

「ちょっと、キアラ!?」


 対異世界部。今は王女であり、かつては王太子婚約者でもあった私でさえ知らない部署だった。


「こっちのお姫様とは、これから懇意になりそうだし。おじさんは、シルビア先輩のお兄さんでしょ? 先輩は規律を守っていたらしいけど、グラツィア様があの()()を見せちゃった時点で、もう手遅れだし。――今度お茶会でもして、情報交換しましょ! と言っても、主に話すのはグラツィア様になりますが」

「ぐ……っ、今日のところは勘弁してあげる。行くわよキアラ!」

「勘弁してあげるって、何様なんですか?」

「本当ですよね。重ね重ね、うちのグラツィア様がすみません。いつまでもお嬢様気分なのです。いい歳なのに。調教し直しておきますね」

「キアラこそ、平民の分際で何様なのよ!?」

「グラツィア様、またちゅーするよ? もっと激しいの見せつけてみる?」

「結構よ! あ、キアラ、やめてよ手枷なんて……っ!」


 どこから出してきたのか、キアラはグラツィアの手首に枷を嵌めて。「では、また今度」とにっこり笑い、グラツィアをお姫さま抱っこして広場から去っていった。


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