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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
【二】二・星降る夜の加護と帝国の呪い

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117. 流星祭と新たな出会い〈4〉悪役令嬢


 昔々、遠い昔の話。人類は、全員が魔法つかいであったという。真実かどうかはわからない。


 ただ、かつては確かに人間の多数派を占めていた魔法つかいは、やがて非魔法人と同程度の数になって、いつしか少数派になって。世代交代を重ねるごとに、人類のもつ総魔力量は小さくなって。


 魔法という力を恐れた非魔法人は、己の生活と尊厳を守るために結託し、科学の力を駆使した兵器をもって、魔法つかいを滅ぼした。


 と、言われている。


 今の人類にも過去の魔法つかいの血の一滴や二滴は流れ、生きとし生けるものには魔素が宿るが、それでも魔法を操れない者は非魔法人とされる。よって人類のほとんどは非魔法人だ。


 魔法つかいが絶滅した世の中は、過去の偉大な魔法つかいによって構築された方式を借りながら、主に科学技術によって発展を遂げた。


 そうして、ときどき生まれてくる異端の子ら――滅びの子、魔法つかいの末裔、神の愛し子などと呼ばれる子――は、時に脅威として排除され、時に絶大な力をもつ者として崇められ、殺されることと支配されることを繰り返してきた。


 今の世の聖女と勇者は、王家や神殿の庇護下、あるいは支配下に置かれることで生き延びている。


 現代の魔法つかいは、国の盾であり、矛であり、貴人であり、奴隷だ。



「ど、どうして……そこまでの脅威なのですか? 名の呪いは」


 最悪の場合、戦が――という先生の言葉に、私の心臓は早鐘を打っていた。


 すんでのところで倒れてはいないけれど、彼に支えてもらっていなければ、あっさりと崩れ落ちてしまいそうだった。


 殺戮女王エレオノーラの魂は、戦をひどく恐れている。


「規模も、威力も、まだわからない。ただ、かの国の恐ろしさは、歴史は知っているだろう?」

「ええ」

「今日である可能性は否定できない。それに一番可能性が高いのは、オフィーリアだ」

「……ええ。次点でイラリアですかね」

「隣の方々にも可能性はあるが、順序で言うなら、まあそうだろう。ひょっとすると自爆という線もある。目的もよくわからず、呪いの存在を探知しただけなのが厄介だな」

「それで、外務省の……正式名称は存じませんが……実務隊の方々が、三国の勇者と聖女、そしてこの国の王族に接触しようとしているのですか? 呪い(それ)が今日発動するかもしれないから、被害を抑えるために……ということ?」

「ああ。それに、がむしゃらでも動いていた方が抑止力になる、かもしれない。変な濡れ衣を着せられないためにも、こちらの動きには意味がある。さっきはちょうど見かけたから、とりあえず……シルビアはまだ躊躇いがあったようだが……とにかくおまえらに接触し、ふたりを分けた」

「共倒れは許さないというわけですね。開戦のために殺されるなら、ひとりでいい――我が国の軍事力を一気に失うわけにはいかないと」

「まあ、そうだな。呪いの名をもつ者の周囲にも影響を及ぼす広範囲系の攻撃だった場合、近くにいると、呪われていない方もやられるかもしれない……」

「――姫殿下」


 と。話し合う私たちの間に入る、第三者の声があった。


 ――まったく気配がなかった。いつの間に……!?


 驚いて震えた肩は、すぐに先生の腕に抱き寄せられる。せんせい、と呼んだ私の声は、彼の襟元に吸い込まれた。


「シルビアの関係者か?」 

「貴方こそ、シルビアちゃんの何? おじさん」

「あいつの兄だ」

「あ、そう。あのシスコン兄さんか。ならキアラをそっちにやっておくよ。――私は、シルビアちゃんの同期。グラツィア。ちょっと姫殿下の(つら)を拝ませてくれるかな」

「何のために」


 ジェームズ先生の声から、強い警戒心を感じる。


 ――狙われているのが私なら、下手に彼を巻き込んではいけないのに……。どうして、か。


 また、この感覚だ。彼から離れることができない。


「確かめたいんだ。本物かどうか。……まあ、この感じを見るに、本物なんだろうけど。一介の薬学オタクが騎士様を気取るとは面白い」

「……どちらのことを言っているんだ」

「おじさんのことに決まってるでしょ? 他に誰が?」


 グラツィアと名乗った女は、これでいて、私のことをよくわかっていないらしい。


 ――私が姫であることは知っているのに、騎士であることは知らないなんて……


 こっちこそお顔を拝みたいわ、と顔を上げようとしたら、またもやジェームズ先生の腕に邪魔された。


「せんせい」

「おい、気安く顔を見せんな。あいつは変だ」

「でも、このままでは埒が明きません」

「……だが」


 私たちは、小さな声で会話する。もしも聞こえていても構わないことだけを乗せて。


「私は、聖女です。たとえ何かをされても治せます」

「そういうことじゃないんだが……」

「シルビアさんの同期だとおっしゃっていました」

「でも、それだけじゃないかもしれないだろ?」


 それは、そうだ。私が聖女であり、王女であり、侯爵であり、騎士であるように。彼女も複数の顔を持っているのかもしれない。


「せんせい」

「……ああ、わかったよ。決して俺から離れるなよ」

「はい」

「俺はイラリアに殺されたくねぇからな。無事でいろ」


 いつもの優しい呆れ顔をした先生に力強く頷き、彼の腕の中に収まったまま振り向く。グラツィアという女と目を合わす。


 白い髪に、エメラルドの瞳をした女だった。


「本当に生きておいでだったのですね。(そら)の悪役令嬢」

「どういう意味でしょう」

「私は、グラツィア・ゼアシスルと申します」


 ――ゼアシスル?


 それは、アル兄様の養家と同じ家名。

 本名をアルティエロという王子が、アルベルトという仮の名で暮らしていた頃の家の名前だ。


 アルティエロ王子は、かつて、アルベルト・ゼアシスルという名で生きていた。


 グラツィア・ゼアシスルはさらに問う。


「ミナ・リュウグリンはご存知でしょうか?」

「なぜそんなことを聞くのですか?」


 リュウグリン王国のミナ姫――セルジオ王子の婚約者のことだった。もちろん知っているが……。


「私たちは、同類だから」

「意味がわかりません」

「悪役令嬢なのです」

「……はい?」


 ――今、彼女は、何と……?


「私と、ミナと、貴女――」


 全員、悪役令嬢でしょう? と。


 グラツィア・ゼアシスルは、至極当然といった顔でそう告げた。

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