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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
【二】二・星降る夜の加護と帝国の呪い

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116. 流星祭と新たな出会い〈3〉呪い


「シルビア。未婚。ジェームズ兄さんの妹。外務省勤務」

「私は、オフィーリア。ジェームズ先生の教え子。大学院薬学部の学生です」


 彼女に倣い、同じ程度の情報を告げてみる。このくらいなら、きっと答えても差し支えない。


 シルビアさんの紺色の瞳が、何かを確かめるように私を見つめる。


「……ごめんなさい。オフィーリアさん」


 そして彼女は、どこか困ったような笑みを浮かべた。


 金縁の眼鏡の奥にある目が細められ、整った形をした眉がすこしだけ下がる。


「先日、仕事仲間から〝名の呪い〟の噂を聞いたものだから。警戒してしまったわ」

「名の呪い?」


 耳慣れない言葉に首を傾げると、今度はジェームズ先生が答えてくれた。


「某国の魔術の類なんだと。シルビアは、国外出張に行くことも多い仕事でな」

「なるほど」


 きっと、ファリア・ルタリ帝国のことだった。


 名の呪い――アル兄様やカスィム殿なら知っているだろうか。

 もしかすると、彼ら自身の仕業かもしれない。わからない。


「こちらは、義妹のイラリア。そちらは、養子のドラコです」

「ドラコくんは、兄さんによく懐いているのね」


 先生の腕に抱っこされたドラコは、彼の黒髪をぐいぐいと引っぱって遊んでいる。

 ……抜けてしまわないかしら。大丈夫かしら。


「そうですね。先生には、本当に、よくお世話になっていて」

「私も抱っこしてみていい?」

「ドラコが大丈夫そうでしたら、どうぞ」

「ありがとう」


 シルビアさんは「そんなに引っぱったら兄さんが禿げてしまうわ」と冗談めかして言いながら、先生に代わってドラコを抱き上げた。


「じぇい?」

「俺の妹、シルビアだ」

「! しゅびあ!」

「可愛いわね……。兄さんも私も、結婚とは縁がなかったから。小さい子と関わるのは新鮮だわ」


 結婚適齢期などを考えると、最も親子らしい年の差なのは、シルビアさんかもしれない。


 ――私の心臓が、このまま、治せなければ……


 私は、三十までは生きられない。シルビアさんの歳には間に合っても、先生の歳までは行けない。


 ドラコが貴族学院に入る頃には、私はこの世にいないのだろう。


 私の母さまが亡くなったのは、私が二歳、彼女が二十二歳の時。

 当然のことと言えば当然のことだけれど、人は、いつ死んでもおかしくない。


 私が死を奪ったイラリア以外は。


「オフィーリア、ちょっといいか」

「? はい、先生」

「イラリア、姉さまを借りるぞ。おまえはシルビアたちと待っていてくれ。――シルビア、頼むよ」

「わかってる、兄さん。いつもありがとう」

「りょーかいです!」


 もぐもぐとまだ焼き菓子を食べていたイラリアは、私にひらひらと手を振った。


 彼女の手首に掛かっている籠からは、お菓子が随分と減っている。あとでまた買ってやらないと……。


「先生、どうかしたのですか?」

「すまないが、リスク分散のために分かれた」

「リスク分散?」


 先生は私と手を繋ぎ、歩く。

 その横顔は、祭りの日には似合わず険しい。


 ただ、傍から見れば、彼と私は兄妹か恋人のように見えると思う。きっとよく見る姿をしている。


「妹らが無事に帰還したのは、今日の午後のことでな。まだ正式な対策が間に合っていない。だから潜入して様子を窺っている」

「さっきおっしゃっていた、呪いのことですか?」

「そうだ。まあ俺は部外者っちゃ部外者なんだが……」

「…………本来なら先生には関係ないのに、巻き込まれているってこと?」

「そうなるな。普段から妹を守りたいんで協力しているところはあるけども、今回はいつもと違う。異常事態だ」


 ――となると、オトメゲームと関係していることかしら? イラリア曰く、先生はゲームの〝ネームドキャラ〟というものだから……。


 これまで彼女と話してきたことに思考を巡らせ、何か〝名の呪い〟と関係あるものはないかと記憶を漁る。


「今日は流星祭だから、普段よりは安全だろうが……俺らも女神さまを信じて、でも万が一はあるからと動いてるところはあるが……どうやら例の呪いに、王族か、聖女か、勇者か、誰かが狙われている。――オフィーリア。落ち着いて、聞いてくれ」

「はい」


 人混みを抜け、屋台の並んでいない広場へと出た。


「本当に、覚悟して、聞いてほしい」

「――はい」


 先生は私の正面に立ち、抱きしめる寸前のような手付きで両の二の腕に触れ、ゆっくりと告げてきた。


 彼の瞳と夜空とが、同じ綺麗な紺色をしている。


「最悪の場合、戦が起こる」


 ひゅ、と喉が変に鳴る。心臓が跳ね、脚が震えた。


「その呪いは、最悪の場合、開戦のきっかけになる」


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