116. 流星祭と新たな出会い〈3〉呪い
「シルビア。未婚。ジェームズ兄さんの妹。外務省勤務」
「私は、オフィーリア。ジェームズ先生の教え子。大学院薬学部の学生です」
彼女に倣い、同じ程度の情報を告げてみる。このくらいなら、きっと答えても差し支えない。
シルビアさんの紺色の瞳が、何かを確かめるように私を見つめる。
「……ごめんなさい。オフィーリアさん」
そして彼女は、どこか困ったような笑みを浮かべた。
金縁の眼鏡の奥にある目が細められ、整った形をした眉がすこしだけ下がる。
「先日、仕事仲間から〝名の呪い〟の噂を聞いたものだから。警戒してしまったわ」
「名の呪い?」
耳慣れない言葉に首を傾げると、今度はジェームズ先生が答えてくれた。
「某国の魔術の類なんだと。シルビアは、国外出張に行くことも多い仕事でな」
「なるほど」
きっと、ファリア・ルタリ帝国のことだった。
名の呪い――アル兄様やカスィム殿なら知っているだろうか。
もしかすると、彼ら自身の仕業かもしれない。わからない。
「こちらは、義妹のイラリア。そちらは、養子のドラコです」
「ドラコくんは、兄さんによく懐いているのね」
先生の腕に抱っこされたドラコは、彼の黒髪をぐいぐいと引っぱって遊んでいる。
……抜けてしまわないかしら。大丈夫かしら。
「そうですね。先生には、本当に、よくお世話になっていて」
「私も抱っこしてみていい?」
「ドラコが大丈夫そうでしたら、どうぞ」
「ありがとう」
シルビアさんは「そんなに引っぱったら兄さんが禿げてしまうわ」と冗談めかして言いながら、先生に代わってドラコを抱き上げた。
「じぇい?」
「俺の妹、シルビアだ」
「! しゅびあ!」
「可愛いわね……。兄さんも私も、結婚とは縁がなかったから。小さい子と関わるのは新鮮だわ」
結婚適齢期などを考えると、最も親子らしい年の差なのは、シルビアさんかもしれない。
――私の心臓が、このまま、治せなければ……
私は、三十までは生きられない。シルビアさんの歳には間に合っても、先生の歳までは行けない。
ドラコが貴族学院に入る頃には、私はこの世にいないのだろう。
私の母さまが亡くなったのは、私が二歳、彼女が二十二歳の時。
当然のことと言えば当然のことだけれど、人は、いつ死んでもおかしくない。
私が死を奪ったイラリア以外は。
「オフィーリア、ちょっといいか」
「? はい、先生」
「イラリア、姉さまを借りるぞ。おまえはシルビアたちと待っていてくれ。――シルビア、頼むよ」
「わかってる、兄さん。いつもありがとう」
「りょーかいです!」
もぐもぐとまだ焼き菓子を食べていたイラリアは、私にひらひらと手を振った。
彼女の手首に掛かっている籠からは、お菓子が随分と減っている。あとでまた買ってやらないと……。
「先生、どうかしたのですか?」
「すまないが、リスク分散のために分かれた」
「リスク分散?」
先生は私と手を繋ぎ、歩く。
その横顔は、祭りの日には似合わず険しい。
ただ、傍から見れば、彼と私は兄妹か恋人のように見えると思う。きっとよく見る姿をしている。
「妹らが無事に帰還したのは、今日の午後のことでな。まだ正式な対策が間に合っていない。だから潜入して様子を窺っている」
「さっきおっしゃっていた、呪いのことですか?」
「そうだ。まあ俺は部外者っちゃ部外者なんだが……」
「…………本来なら先生には関係ないのに、巻き込まれているってこと?」
「そうなるな。普段から妹を守りたいんで協力しているところはあるけども、今回はいつもと違う。異常事態だ」
――となると、オトメゲームと関係していることかしら? イラリア曰く、先生はゲームの〝ネームドキャラ〟というものだから……。
これまで彼女と話してきたことに思考を巡らせ、何か〝名の呪い〟と関係あるものはないかと記憶を漁る。
「今日は流星祭だから、普段よりは安全だろうが……俺らも女神さまを信じて、でも万が一はあるからと動いてるところはあるが……どうやら例の呪いに、王族か、聖女か、勇者か、誰かが狙われている。――オフィーリア。落ち着いて、聞いてくれ」
「はい」
人混みを抜け、屋台の並んでいない広場へと出た。
「本当に、覚悟して、聞いてほしい」
「――はい」
先生は私の正面に立ち、抱きしめる寸前のような手付きで両の二の腕に触れ、ゆっくりと告げてきた。
彼の瞳と夜空とが、同じ綺麗な紺色をしている。
「最悪の場合、戦が起こる」
ひゅ、と喉が変に鳴る。心臓が跳ね、脚が震えた。
「その呪いは、最悪の場合、開戦のきっかけになる」




