112. 聖女と勇者の探索パーティー〈8〉勇者
「大地の勇者、か」
――今、この国には、『大地』以外の勇者が集まっている。
水神〝リネ〟に愛された水の勇者、セルジオ。
火神〝モナ〟に愛された炎の勇者、レオナルド。
風神〝ネモ〟に愛された風の勇者、カスィム。
私がアル兄様に尋ねたのは、国王陛下が迷宮に召喚したかったのであろう、もうひとり――地神〝レモ〟に愛された勇者のことだった。
――もしも、すべての勇者がいたなら。あの場には、女神さま以外の四柱もいらっしゃったはず。
大地の勇者の存在は、まだ公にはされていない。
最近になって覚醒した新米聖女、クララ様の件がまだ公表されていないこととは違って、こちらの勇者は、おそらく。
「なんでそんなことを訊くのか……と返したら、無知のふりが過ぎるというものだよな。なるほど、俺の妹姫は意外と慎重みたいだ。それとも、意外と俺を信じてくれているのかな」
「あの方が、そうなのですか」
アル兄様の軽口を流し、潜めた声のまま問いかける。この言い方でも、彼には通じているだろう。
先日この国に現れた、しかし魔法迷宮には現れなかった、帝国の貴人。アル兄様の知人で、私とイラリアも顔を合わせた彼。
ファリア・ルタリの風の勇者カスィムと同じ顔をした、皇族の男のことだ。
「あるいは、もしや義弟殿を探るのは気が引けるのか?」
「はぐらかさないでください」
「俺は勇者様じゃないし、この国の王子だ」
「貴方が私の義兄だとしても、すべてを教えてくれているわけではないことは知っています。セルジオ王子も同様に、私に隠し事をしているでしょう。カスィム殿は言うまでもなく、また、レオンも。姉相手とは言え、すべてを明かしているわけではない」
「まあ、そうだな」
「私は、きっと、今代の勇者と聖女のなかで誰よりも無知です」
「それはどうだか。だが、この態度が答えだと考えてくれればいい。わかるだろ。そして沈黙は金だ」
「……ええ」
ということは、大地の勇者は、あの男。
ファリア・ルタリの皇族に、かの勇者がいる。
――でも、訳ありなのね。それも厄介そう。下手に動くと、消されるかもしれないわ。
カスィム殿についても、私は、よく知らない。
そっくりの皇族と、どういう関係なのか。双子の兄弟とも見えるが、いったい裏にどんな闇を隠しているのか。
「オフィーリア」
「はい、兄様」
「これから、きみは帝国とも関わって、いろいろなことを知っていくだろう。三国の繋がる動きは、もう止まらない。――覚悟しておけ、オフィーリア」
「……なにを、そこまで心配しているの? 兄様?」
もちろん、大変なことに立ち向かう羽目になるであろうとは、私とて覚悟している。
それにしても……。今のアル兄様の表情は、深刻すぎる気がした。
「オフィーリアの体には、帝国の魔法が埋まっている」
「どういうことです」
「妻殺しのヴィガの罪と向き合う時ってことだ」
「! まさか」
「その娘には――、異国の魔毒の血が流れている」
妻殺しのヴィガ――ヴィゴール・ハイエレクタム。
私の血縁上の父のことだ。
バルトロメオと共にクーデターを謀り、今は離島にいる男。
私が赤ん坊の頃から密かに毒薬を与えて、私の母とそのお腹にいた命まで摘み取った人。
――帝国製の魔毒なんて、記録には無かった。でも、まさか……! そんなことが、あるの?
「私、」
「それに、もしかすると……今現在も、かもしれない」
曲が終わってダンスを終えると、アルティエロ王子は、私をぎゅうっと抱きしめた。
びっくりした。
「わわっ」
「オフィーリア、まだ死ぬなよ」
「はい……。まだ幼いイラリアやドラコを置いては逝けませんもの。がんばります」
「…………元凶である〝父上〟を、どうか」
アル兄様の言葉を咀嚼しようとしていた私に、とん、と背後から何かが触れてくる。
振り返らずとも、感触と匂いでわかった。
「まあ、イラリア」
「オフィーリア王女殿下」
「どうしたの」
「次は私と」
「ちょっ」
と。まるで手練れの誘拐犯のように。イラリアは私を兄様から引き剥がし、私を抱えて歩きだした。
盛装のドレス姿でこの動きとは、大したものだ。って、いや、そんな感心をしている場合ではなくて。
「イラリア? みんなが見ているわ」
「見せつけているの」
「恥ずかしいじゃない……。どこにいくの?」
「休憩室」
すたこらさっさと休憩室のひとつに入ったイラリアは、私をソファの上に押し倒した。
「――きゃっ」
「覚悟してくださいね、フィフィ姉さま」
「あ、はい……」
すでに彼女と閨を共にしたことは数え切れないほどあるのに、なんというか、貞操の危機めいたものを感じた。
――これ、もしかして、このままもうパーティー会場に戻れない感じ……?




