111. 聖女と勇者の探索パーティー〈7〉剣戦
昼間、王宮庭園の一角で――魔装のローブを身に纏った私とクララ様は、模擬剣を交えた。その始めの一戦。
「……ッ」
彼女の剣の切っ先が私の胸に触れた、途端。
私の羽織っていたローブの色が、たちまち黒から赤へと変わる。
――まあ、こうなるわよね。
痛みはないが、敗北を鮮やかに突きつけられた。
「さすがはクララ様。美しい剣さばき。お強いですね」
私は心から感心して微笑み、切っ先から離れるため一歩下がる。
しかしクララ様はその隙間を埋めるように一歩、二歩と進み、今度は私の首元に剣を触れさせた。
「……クララ様?」
「オフィーリア様。まさか、今のが本気でございますか?」
「私とて一武人です。貴女と同じ、女騎士です」
だから、ここで手を抜いたりはしない。していない。本気で挑まなければ、クララ様を侮辱するも同然になるのだから。
けれど、クララ様は納得いかないご様子で。サファイアの瞳に闘志の炎を燃やしたまま、さらに強く、私の首に模擬剣を押し付けた。
「おい、クララ、落ち着けって」
「――あの貴女が、こんなに弱いはずがない!」
凛とした彼女の声は、よく通っていた。私たちの間を爽やかに駆け抜けた。
「フィフィ姉さま……」
「大丈夫よ、イラリア」
クララ様のそばには宥めるようにレオンが付き、私の隣にもイラリアが付いてくる。
イラリアの瞳が私を――首元を熱心に見つめている気配を感じるが、心配には及ばない。
――ローブの防護魔法は、意外と範囲が広いのね。
こんな時でも魔法のことを考えるなんて、私も、なかなか。陛下の計画に毒されている。魔法社会時代の方向に傾いている。
――他の勇者様や聖女様はどうかしら。
「まだ、まだ、終わらせられません、オフィーリア様……っ」
「では、五番勝負に致しましょうか? 他の魔道具の試し打ちにもお付き合いいただきますから、お疲れになるかもしれませんが、それでもよろしければお受けします」
「オフィーリア様にご心配をいただくほど、私は弱くありません。望むところです」
ようやくクララ様の剣は私から離れ、隣のレオンもほっと息をつく。
――クララ・ローデンロン公爵令嬢。
戦闘狂とまでは行かないお嬢様だと思っていたが、それは侮りだったか。数年前よりも血気盛んになっている気がする。成長期だし、当然と言えば当然かもしれないが。
――今のクララ様は、学院一年生の十四歳。一度目のイラリアが死んだのと同じ歳、ね……。
傷のない自らの胸元に手を触れ、過去を想う。
私は、過去にイラリアを刺した。刺し殺した。聖女を死なせた。
十四歳の聖女というのは、なにか、妙な危うさを孕んでいるものなのかもしれない。
「かしこまりました。――イラリア、ローブの色戻しを手伝ってくれる?」
「はい! フィフィ姉さま」
にこにこと私に寄り添うイラリアの頭を撫で、次の試合への準備をする。
――最低でも、あと二試合。一度でも勝てるかしら?
「――最終的には、負けたけれど」
アル兄様と踊りながら、私は続ける。
「五番勝負で二勝三敗。二度も勝ったのです。悪くない結果だと、」
「なあ、もしかして具合が悪いのか?」
「兄様は、もうちょっと、私の言葉を最後まで聞いてくれてもいいと思うわ。イラリアにも心配されたけれど……私は、本当に、平気で……」
「でも、儀式の日より痩せている。その、触れた感覚からしても、細い……。一気に痩せすぎじゃないか?」
「…………アル兄様も、変だと感じるの?」
若苗色の瞳を覗き込み、その表情を窺う。
「自分では、わからなくて。城でもイラリアが容赦ないから、そのせいで疲れて痩せただけかもしれないし」
「……それ、俺に言っていいのか?」
「貴方だって、医薬学を学んでいる者でしょう。それに、いい歳した大人です。この程度で動じないでください」
「俺らの世界じゃ、オフィーリアの歳でもまだ未成年なんだけどな」
「子どもの戯れに見えますか? 私とイラリアの関係は」
「いや、そんなことはない、が……」
明るい黄緑色の瞳が泳ぎ、さらに気まずそうな雰囲気を帯びる。アル兄様の思惑は、まだ、よくわからないところが大きい。
「ねえ、アル兄様」
「なんだ、オフィーリア」
何気ないことを聞く声で、さらりと。私は彼に囁いた。
「大地の勇者様がどこにいるか、知っている?」




