105. 聖女と勇者の探索パーティー〈1〉開幕
あの日、王宮地下の古魔法迷宮。王太子決定の儀にて。
真っ先に試練を終えて最深部に眠る剣を引き抜いた私は、王太子の座をセルジオ第二王子に託した。
女神さまは、不敵に笑った。
***
学園での水遊びの日から、時をちょっと遡り。
八月の始め頃――
我がベガリュタル国の王城には、三国の勇者と聖女が集っていた。
レグルシウス国の勇者レオナルドと聖女クララに、ファリア・ルタリ帝国の勇者カスィム。
古魔法迷宮の開放を共に迎えるために呼び出された皆さまは、そのまま城にしばらく滞在し、いわゆる国際交流というものに励んでいたのだった。
危うさを孕んだ、探りあいのお時間である。
「――ねえ、ラーリィ……。行きたくないわ」
「あらあら、具合が悪いの?」
「眠いの」
ん、と腕を伸ばして、イラリアに抱き起こしてもらう。ベッドがギシリと軋む音をたて、私は彼女の腕に包まれた。
聖女と勇者の会談の日、早朝。
「まるで夜みたいに甘えたさんですね」
彼女の胸に顔をうずめて、匂いを吸う。やわらかさを堪能して、イラリア成分を補給する。
「んー……ちゅーしてくれないとがんばれない……」
私らしくない私の言葉に、イラリアはくすりと笑った。
「フィフィ姉さま、本当に会談がお嫌なんですね」
「だって面倒くさいもの」
「本当に、具合は悪くない?」
「ん……、どうして?」
私の頬を包み込み、顔を持ち上げてキスをして。イラリアは困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
「とても眠そうなので、また毒でも盛られていたらどうしようって」
「おはようございます。オフィーリア姉上」
「おはようございます。セルジオ王子」
イラリアからのキスをたっぷりもらい、身支度を整えた後。爽やかな朝。
黒髪に柳色の瞳のセルジオ王子は、にっこり笑顔で私を迎える。十七歳の学院四年生。私の義弟のひとりだ。
ベガリュタル国の王子と王女は、他国の者を交えた会談に先立ち、王太子の執務室で顔を合わせた。セルジオ王太子に、アルティエロ王子、そして私、オフィーリア王女。
「アルティエロ兄上も、おはようございます」
「ああ、おはよう。セルジオ」
私の護衛騎士になりたてのアルティエロ王子は、気まずそうながらも嬉しそうに、私のそばにくっついていた。もちろん程よい距離はとってある。
短い金髪に若苗色の瞳をした、もうすぐ二十八歳の大人な義兄だ。
前科ありの変態男なので、過度な接触は禁止。武術の腕は信頼に足るが、いろいろ残念なお方である。
こちらの異母兄弟に、ふたりの従姉妹であり義姉妹である十九歳の私。この三人が、現在本土にいる、この国の王子と王女だ。
「……残ってますよ。姉上。ここ」
王家のきょうだい三人、ソファに腰を落ち着けると。
とん、とセルジオ王子は自分の首元を指で示して、キスマーク、と口パクをした。
「あら、お恥ずかしい」
どうやらイラリアに悪戯を仕掛けられたらしい。まったくあの子ったら。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「ちなみにセルジオもだがな」
「えっ、どこに!?」
「見えにくいが、ここ」
「……あら、まあ、本当ですね」
私の婚約者であるイラリアも、セルジオ王子の婚約者であるミナ姫も。昨夜は王城に泊まっていた。
ふたりは今、婚約者同士、仲良く朝のティータイムを過ごしているはずだ。強かな女の子たちである。
「だらしない印象がついてはまずいので、その、隠しましょうか」
「私が治します、セルジオ王子」
「お願いします、姉上」
「何この子たち、婚約者も恋人もいない俺への当てつけなの? ん??」
アル兄様の嘆きは躱して、セルジオ王子から鏡を借り、ひとまず私自身の首についたキスマークを消す。
次いで席を移動して、セルジオ王子の首に触れ、同じ魔法をかける。
「よし、できました」
「ありがとうございます、姉上」
「いえいえ」
こちらの聖女と勇者の面子は、三名――水の勇者セルジオ、大聖女イラリア、聖女オフィーリア。
「おつかれさま、フロイド姉ちゃん」
「貴方もおつかれさま、レオン」
昼。円卓を囲む形の会談を終えると、聖女と勇者は二手に分かれた。
私、イラリア、レオン、クララ様の四人組、すなわちベガリュタル・レグルシウスの和やかお食事会組と、セルジオ王子、カスィム殿の一対一、バチバチ交渉組である。




