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聖女殺しの恋 ―死に戻り悪女が妹聖女のキスで目覚めたら―  作者: 幽八花あかね
第二部【第二章】レグルシウスの勇者と魔法界留学

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104. プロローグ――第一姫と大聖女


「――おはようございます。姫様」

「…………んっ」


 王城のふかふかベッドで目覚めると、大人な義妹にキスされていた。


 彼女の滑らかな首筋に夏の朝日が差して、白く眩しい。張りのある胸元もきらきらと輝いている。


 ローズゴールドの髪の隙間から見える肌には、赤いキスマークが残っていた。お願い姉さまと可愛らしくねだられて、昨晩の私がつけたものだ。


 私の肌には、見るまでもなく、どうせ数えきれないほどの痕がついている。


「オフィーリア姫。朝ですよー」

「うん……」


 八月の終わり頃。王城で寝泊まりしていても、私と彼女の生活はいつもどおりだった。意外にも、そこそこ落ち着いた日々を過ごせている。


 何度か聖女誘拐未遂の事案はあったが、特に大きな問題はない。私が剣を抜くまでの展開になったのは一度だけだった。

 あの時でさえ、姉さま素敵かっこいいーとイラリアがはしゃげる余裕があったほど。今の世の護衛騎士たちは優秀である。


 ――昔は、もっと、危うい生活をしていた。遠い世の〝彼女〟は。


 前世の〝殺戮女王〟ことエレオノーラとしての記憶を、最近もよく夢に見る。彼女の元恋人の女神さまが見せているのか、エレオノーラの魂が見せているのかはわからない。


 ただ、何度も何度も見せつけられるたびに、その記憶は私の中により強く刻み込まれる。こびりつく。


 目の前で人が死んでいく。処刑される。バラバラになる。一度目の私もあんなふうに終わったのね、と。そういう意味でも憂鬱になる。


 私は彼女の胸元に顔を寄せ、朝の挨拶と質問をした。


「……おはよう、イラリア。どうして姫と呼んだの?」

「今日は王女の公務の日でしょ?」

「そう、ね」


 こうして〝姫〟なんて呼ばれると、エレオノーラの記憶と被ってちょっと心地が悪いのだけれど……。

 本当に姫の位にあるのだから、仕方ない。我慢しないと。私たちは現実も見なければならないし。


 ――私、オフィーリア・フロイド・リスノワーリュは、このベガリュタル国の第一姫である。


 今日は王家の一員として、生まれたての第二王女と第四王子と顔合わせすることになっている。


 セルジオ第二王子の生母でもある第二妃様の此度のご出産に際しては、私とイラリアは聖女として祈りを捧げた。


 王太子の座をめぐる争いに巻き込まれないようにか、第二妃様の懐妊のことはうまく隠されており、私も直前まで知らなかったほどだ。


 やっぱり国王陛下は、自分の子どもたちを死なせたくはないのだろう。彼の愛が、アル兄様にも、あの人にも、もっとちゃんと伝わればいいのに。


『――父上のご意向は、どこでも変わらない』

『――国王陛下のことを、父上のことを、頼む』

『――母上のことも、どうか』


 魔法迷宮で聞いた言葉が脳裏をよぎり、またゆっくりと気分が落ち込んでいく。ゆるく浮き沈みしながら、ゆらゆらと。


 またもや厄介な世に生まれたものだ。〝私〟は。


 ――我が国は、現在、魔法社会の復活に向けて動いている。


 ベガリュタル国の聖女として、あるいは第一姫として。先日は、レグルシウスの若き魔法使いたちや帝国の勇者との会談に臨んだ。勇者そっくりの皇子との食事会も一度あった。


「ねえ、イラリア」

「はい、姉さま」

「ちゅーして」

「!? いいですよ!!」

「……ちゅー」 


 彼女のやわらかく豊かなところから顔を上げ、目を瞑る。甘える。イラリアのキスは、優しく、私の意識を覚醒させた。


「ありがとう。では、支度をしましょうか」

「はいっ! きれいにしましょう!」


 そこら辺に落ちていたシュミーズドレスを拾い、互いにローブを引っ掛ける。ふたり浴室に行く。


『――女色の聖女には、神に誓った婚約者がいないだろう』


 湯浴みをしていると、また嫌なことを思い出した。


 エレオノーラの記憶を詰め込まれているせいか、最近、頭の調子もよろしくない。

 いきなり何かの記憶が割り込んできて思考の流れが乱れることもあれば、ふっと記憶が飛んでいるようなこともある。


「ねえ、イラリア」

「なぁに、フィフィ姉さま」


 首まわりについたキスマークを彼女の癒やしの魔法に消してもらいながら、私は声を掛ける。確かめる。


「私、王妃の器でもないし、皇后や皇妃の器でもないわよね」

「私のお嫁さんになるんですからね。お妃様の器ではないかもしれません」

「そうよね。私の心臓、ちゃんと動いてる?」

「ん。動いてますよ」

「そう」


 この心臓に未知の疾患を抱えていようと、毒で子宮の機能が失われていようと。私はこの国の聖女であり王女である。


 たとえ頭がお馬鹿になろうとも、イラリアほどではなくとも利用価値がある。最近は王立研究所も、私の治療、あるいは実験に向けて動きはじめている。


 王女の最たる務めは、結婚だ。


「イラリア」

「はい。姉さま」

「眠いわ」

「じゃあ、またキスをしてあげますね」

「ん」


 国王陛下の悲願を叶えるには、ファリア・ルタリ帝国の協力がいる。それを得るには、どうやら、やはり、相応の何かを差し出さなければならないらしい。


 私を手放したくない陛下なのでまだ決定はしていないが、準備は進んでいる。


 ――私たちは、かの帝国に差し出せる何かを手に入れなければならない。

 魔法や魔術について、かの国より優れた何かを生み出すか、見つけるか。


 さもないと。


「イラリア。ぎゅーして」

「はい。ぎゅー」


 私、オフィーリア王女は、帝国に嫁ぐことになりそうなのだ。


「イラリア……もっと……」

「はい――」


 今日も彼女に甘え、朝から現実逃避のように愛しあう。


 ……――もう。いっそ違う世界に飛んでしまいたい。



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