101. 聖女殺しは誓い、そして
「――私、稀代の悪女の生まれ変わりなんです」
学院の倉庫にて。ジェームズ先生とふたりきりで閉じ込められてしまった私は、暇つぶしに、あの日に知った〝前世〟の話をした。
王太子決定の儀の日。
火、水、地、風の四柱は現れなかったものの、愛と美と生命を司る女神さまは私たちのもとに現れた。
他国の聖女や勇者がここに集ったのは、各国の王、皇帝、神殿の連携によってのことのようだ。
勇者カスィムはほとんど喋らなかったが、ファリア・ルタリ帝国とも我が国は何かしらの繋がりをつくる動きのようで。
『わたくしの女王陛下。我が愛する君――』
天界からいつも私を振り回す女神さまは、私の前世――殺戮女王エレオノーラの恋人であった。
私の魂はエレオノーラと同一とのことだが、私にエレオノーラとしての記憶はない。そもそもミレイやイオリのように前世の記憶をもったまま現世に生まれていることの方が珍しい。
ゆえに、私に〝彼女〟の記憶がないことは、特におかしくもないのだが。
『ああ、他の器に入っていても、貴女は愛おしくて憎たらしい。わたくしの最愛です。エレオノーラ様』
女神さまは、前世の記憶がない私にも執着しているらしかった。
耳打ちで尋ねたオトメゲームのことは『秘密です、うふふ』と躱してまったく教えてくれなかったが、何かしらは握っている様子だ。
彼女と話してわかったのは、イラリアの元いた世界とこちらの世界とを繋ぐものが、どこかにあるということ。
前に出会った〝ミレイ〟も、どうやら、単なる幻や亡霊の類ではないようだ。
「前世の私ったら、とっても悪い女だったんですって。首を落とされて死んだって……っ、うふふふ」
「なんでそこでにこにこするんだ」
「面白い運命だなぁ、と」
一度目の世界の私も――あれはクーデターではなく処刑という形ではあったが――首を落とされて亡くなった。
四肢と首とを神々に捧げ、聖女殺しの罪を贖うために命を落とした。
「その前世や生まれ変わりってのは、あの儀式の時の話で?」
「ええ。迷宮にいた方にお教えいただいたのです」
「オフィーリアの前世が、悪女、ねえ……」
先生は、納得いかないという顔で首を傾げる。魔法の件では心配をかけている私でも、今世の人格は、彼に信頼してもらえているようで嬉しい。
「ああっ、そうでした!」
「わ、なんだ」
「あのね、私、魔法うまくなりましたよ。腱や臓器の損傷も治せました! 私すごいっ!」
先生に悪女として見られていなかった嬉しさから、魔法のことを、先日の癒やし魔法の成功のことを思い出して。私は自分に拍手した。
が、先生はため息をつく。呆れ顔をする。
「自分の治癒分は残せずに、だろ。イラリアから聞いてるぞ。何やってるんだ」
「だって、アル兄様が、ひとりで死のうとなさるから……。残せずに、ではなく、残さずに、です。兄様は、私のことを死なせる気はなかったから。私が彼の手を借りないと駄目って状況にしないといけなかったんです。ね? うまくやったでしょ?」
「オフィーリアは、まあ、自分なりに頑張ったんだろうな。よしよし」
「わー、あしらわれてます」
「それにしても、あの野郎、またお前を傷つけたとか……。大丈夫か?」
「イラリアがきれいに治してくれたので、平気です」
「それでも、痛かっただろ」
「はい、痛かったです。嫌でした」
「……。お前、なんか、変わったか?」
「? どんなふうに?」
「イラリアに似てきた、いや、素直に……甘えた……あぁ、可愛くなってきた……? 」
「……。えへへ。照れます」
「や、そういう感じのあれじゃない」
「わかってます。妹っぽいってことでしょ?」
それだ、とジェームズ先生は大きく頷いた。
さて。
女神さまの悪戯か、それとも学生の悪戯か。どちらもか。
私たちは、未だに倉庫に閉じ込められたままだ。なんとなく、ここにもオトメゲームめいたものを感じる。
「十九歳にもなって甘える私は、お嫌いですか?」
「ぜんぜん嫌いじゃないが、あれにも甘えているとなると気に食わないな」
「あちらからのお触りは禁じてますよ? 護衛やエスコートといった際の必要最低限の触れあい以外は駄目です、と」
「当たり前だ」
アルティエロ王子は、なんだかんだ元気にしている。体の傷は、私がしっかり治した。もう花睡薬も抜けている。問題ない。
儀式から数日後には、王城にて、私への忠誠を誓った。国王陛下から、王女オフィーリアの護衛に任じられたのだ。
『――許されるなら、再び、貴女を守る騎士になりましょう。オフィーリア』
あえて身近に置いた方が監視もできて安全かしらということで、イラリアとの相談も済んでいる。
毎日何時も連れて歩くわけではないが、よく一緒にいるようになった。
私も彼も、国王陛下の裏のお考えを察していないわけではない。でも彼は、そんな懸念よりも、騎士という形で陛下に使われることが素直に嬉しいようだった。
認めてもらえた。必要とされた。とにこにこしていた。彼はもう子どもではないが、こう反応されると憎めない。
いろいろあったことは過去として残るけれど、この調子なら、新たにそれなりの関係を築いていけそうだ。
ゲーム関係の情報はイラリアよりもはるかに多く握っているそうなので、私たちが生き残るために知識面でも存分に利用させてもらおう。
「でも、アル兄様より、せんせいの方が頼りにしてますよ。どうか拗ねないでー」
「そりゃどうも。拗ねてねぇよ」
「あとは、何をお話しするんでしたっけ。――あっ、そうそう。イラリアに、心臓と余命のこと、話しました」
「……ああ」
「あの子は、本当は、生殖系の研究を主にする子なんですけど。心臓のことも、これから研究していくそうです」
「大好きな姉さまが心臓のせいで死にそうってなりゃ、そうだろうな」
「うん。……ねえ、せんせい」
「なんだ」
「イラリアの姉さまも、ドラコのママも、王女も、聖女も、侯爵も、ちゃんとやるから。ときどきは、甘えさせてください」
「俺でいいなら、いつでも甘えればいいさ」
「えへへ、ありがとうございます」
先生の笑顔は、こんな状況でも、私を安心させてくれる。頼りになる。支えになる。
「貴方も、長生きしてくださいね」
「はいはい」
「この倉庫、そろそろ誰か開けてくれませんかねー」
「なんというか、最近災難だな。お前」
「悪女の生まれ変わりですから、仕方ありません」
肩をすくめて、また呆れ顔の先生に向けてにやりと笑う。今度の人生も、きっと退屈しない。
それから数分後。
ようやっとガチャガチャと外から音がして、扉が開いた。
「――まあ、せんせ、女学生と密会ですか?」
「変なことを言うな、おい」
「開けてくださって、ありがとうございます。アネモネ嬢。今日も先生のストーカ――いえ、勉強熱心ですね」
モニカ・アネモネ伯爵令嬢。イラリアやセルジオ王子と同い年で、学院四年生。
かつて男装時代の私に告白してきた少女のひとりだが、今はジェームズ先生に熱を上げている。恋する乙女だ。
「では、私はこの辺で」
「おいっ、オフィーリア、置いていくなって……!」
先生の困った声を背中で聞きながら、学園の庭を自由に駆ける。
一緒にいたのが彼だったおかげで嫌な目には遭わなかったし退屈もしなかったが、ああいう薄闇の中は窮屈なのだ。
一度目のハイエレクタム公爵令嬢だった頃には絶対にしなかったように、この世界の私らしく走る。
――異世界の恋物語のことなんて、今は、気にしたくないわ。病みたくないわ。
アルティエロ王子やイラリアから、また新たな話を聞いている。特に王子から、いろいろと。
大学院の実習イベントが絡むのは、やっぱり〝アル〟ルートの時なんだとか。その裏話で〝悪役令嬢〟と〝せんせい〟に絡みがあるのだとか。
私を攫ったりしたこの世界のアルティエロ王子は、ただ感情を暴走させただけでなく、他の物語の流れに繋がるとさらに悲劇的な末路を迎える〝オフィーリア〟を救いたくて、代替手段で〝私〟を今の世界の内に閉じ込めておこうとしたのだ――とか。
『オフィーリア。願わくは、どの物語とも違う結末を掴んでほしい。この世界のきみには、どうにかして、幸せになってほしい。ミレイちゃん――イラリアと一緒に』
ここは、遠い異世界のとある物語の中の世界――否、とある物語で描かれた世界である。しかし異界との繋がりは、それだけではない。
すべてが終わり、あの迷宮から外に出た後のこと。
今日のような青空を見上げて、私とイラリアは手を絡め繋いだ。向きあった。
『貴女が目覚めて、もうすぐ半年。慌ただしかったわね』
『そうですねぇ』
『死者を復活させた私も、稀代の大聖女である貴女も。これから、もっと大変になりそう』
『ですよねえ。あーあ、やだやだ!』
明るく言って、彼女は私にぎゅっと抱きつく。首元を飾る夢見花に触れて、懐かしそうに目を細めた。私も彼女の首元に触れてみた。
『フィフィ姉さま』
『なぁに、イラリア』
『めちゃくちゃ大変でも、今度の世界は、私たちが結婚しますからね』
『ええ、もちろん』
『私を他所にお嫁に出しちゃ駄目だし、姉さまもどこかの妃になっちゃ駄目よ』
『うん。しないし、ならないわ』
『姉さまがどこかの王さまになる時は、私を王妃にしてね。ベッドのことだけじゃなくて、そういうことでも、私はフィフィ姉さまのお隣がいいの。隣に立って、一緒に戦いたいの』
『わかってる。貴女は、私の妃になる女よ。私は、この婚約を破棄しない』
『……フィフィ姉さま』
背伸びした彼女が、目を瞑ってキスをねだる。私は軽く身を屈め、こちらから彼女にキスをする。
とろりとちょっと濃い程度に触れあうと、イラリアはふにゃりと安心しきった顔で笑った。
『私は、貴女と一緒に歩む。貴女と生きる。でも、ふたりともが駄目そうなときは、他の人にも頼りましょうね。唇や肌だけじゃなくて、これからは、もっと会話を重ねましょう。イラリア』
彼女の愛情表現が、彼女の愛の感じ方がこれならば、拒絶はしない。
でも、私も、しすぎると疲れてしまうから。暴力的なのも、激しすぎるのも嫌だから。
折り合いをつけたい。
仲良く、ずっと健やかに、愛しあいたい。
これが好きだとか、したいとか、実は嫌だとか、もっとこうしてほしいとか。こういう、めおとや恋人らしいことを伝えあいたい。
大事なことも、些細なことも、いっぱい話したい。
『結婚は長い会話であるって、ニーチェも言ってたらしいですもんね。いっぱい話しましょ! フィフィ姉さまっ! まあ、いちゃいちゃも、したいですけど……』
『貴女が望むなら、今夜も許すわ』
『ほんと!?』
その夜のベッドで、ふと思い出したこと。
戦時に血が滾るひともいれば、戦後に心の傷からできなくなるひともいるということ。
――戦争。
かつて〝エレオノーラ〟は、いくつもの戦を仕掛け、たくさんのひとを処刑した。
私たちの夜は甘くて熱くて、幸せだったけれど。
そのなかでも、なんとなく、ずっと、戦の光景が頭の片隅を離れない。見せられた前世の景色が、歴史が、私の胸をじわじわと蝕む。
きっと、もう、知らない頃には戻れない。
ミレイがイラリアとして生きるように思い出すことはなくとも、私の魂が〝殺戮女王エレオノーラ〟であって前世がそうであることは変わらない。
私は、稀代の悪女の生まれ変わり。
そして私の恋人は、稀代の大聖女。
「――イラリア。何をしてるの?」
「あっ! フィフィ姉さま。おつかれさまです。えへへ、王子と婚約者たちで水遊び!」
人もまばらな夏の休暇中。駆け足で辿り着いた、学園のひらけた庭園の一角で。
私の義妹は、王子や姫と遊んでいた。高らかに笑うセルジオ王子の手からは、芸術的な噴水のごとく――
「…………あの竜形の水の中にいる人影が、アル兄様? 横で頬を染めているのはミナ姫よね」
「はい! セルジオ殿下が魔法でめちゃくちゃやってくださってます!」
「……。溺死させないようにね」
「姉さまも一緒にやりましょ! ほら、これ、水鉄砲! 私の手づくり!」
「わっ」
水鉄砲を片手に、もう一方の手は彼女に引かれ、私は彼らのもとへと近づく。
「こんにちは、オフィーリア姉上。実習関係の対応はどうなりましたか?」
「こんにちは、セルジオ王子。アル兄様のおかげで、夏の素材整理や事務作業の手伝いをすることで、私の一段階目は許されることに。だいぶ無理をしてくださったようですが……。あの、兄様、平気です?」
水からは、がぼごぼという声なのか音なのかわからない音声しか聞こえない。
「ああ、セルジオ様、貴方の水魔法は今日も素敵です……!」
とミナ姫がきゃっきゃしている姿は可愛らしいが、この状況でこの反応はちょっと怖くもある。
「アルティエロ兄上。貴方の姫君がいらっしゃいましたよ。ほら」
「ぶはっ――セルジオ、もうちょっと兄さんに優しくてもいいのではないか!?」
「元はと言えば兄上のせいで、姉上がいらぬ苦労をしているのです。僕らの憤りは凄まじい。こうやって貴方が疲れるだけの形で抑えているのだから感謝してください」
「そうですそうです! 私たち、姉さまに変なことされて怒ってるんですから!」
水の竜の中から出てきたアルティエロ王子に、セルジオ王子は冷たく言い放つ。イラリアもそれに乗っかる。
私の義弟や義妹は、たぶん、しばらくはこんな感じなのだろう。
たとえば、秋の収穫祭ではアルティエロ王子がお菓子をあげても悪戯を仕掛けて、冬に雪合戦でもすれば彼に集中攻撃をする。
そういう形で、この人を受け入れようとしている。
イラリアとミナ姫に水鉄砲でぴしぴしと撃たれながら、アルティエロ王子は私を見下ろした。
バルトロメオや先生と同様、彼も私より背が高い。
「やあ、オフィーリア姫」
「やっぱり、髪、短い方が似合ってます」
「ありがとう」
彼の髪型は、先日、さっぱりと涼しげなものに変わった。鬘でも被らなければ、今の彼はバルトロメオのふりなどできないだろう。
彼は、彼の道を歩もうとしている。
「濡れ髪だとさらに色男に見えますね」
「なんだそれ――って、うわ!」
私も水鉄砲をさっと構えて、彼の首あたりを撃った。
「実弾だったら即死の位置ですね、姉上! さすがです。かっこいい……」
「そんなつもりで撃ったわけではないですけれどね!?」
「姉さまも参戦ですね! わーい! あっ、水風船もあるんですよ!」
五人で騒いで、遊んで。びしょびしょになって笑いあう。やっぱりあの人はいないけれど、ちょっと寂しくはあるけれど。
――暑い季節です。おからだには、気をつけて。元気でいてね。殿下。
彼には、彼の場所で。健やかに生きてほしい。ただ、今は、そう願う。
「――おかえり! ままぇ! ままぃ!」
「ただいま、ドラコ」
「ただいま〜」
夕暮れ時。帰宅して、とたとたと玄関まで迎えにやってきたドラコを私は抱き上げる。
我が家の〝おかえり〟と〝ただいま〟の仕方は、ちょっと変わった。家族の触れあう機会を多くした。
彼の笑顔を見ると、大変な日も、そうじゃない日も、無事に帰ってこられて良かったなと思う。
私の腕に抱かれたドラコの髪を撫で、イラリアは「今日は何して遊ぼっか? ままぃはね、さっき――」と夕食後の遊びの話や、今日の私たちの話をした。
この子を、彼女を。
私は、命あるかぎり守っていく。
夜。イラリアと睦みあって。ふたり一緒に眠りについて。また夜中に目が覚めた。嫌な夢を見た。
女神さまに前世の記憶を見せられて。魔法迷宮で試練を乗り越えて。バルトロメオのクーデターのことがまた、また、何度も蘇って。
――戦が起こるのが、とても、怖い。
倒れていた彼。血だまり。骨の折れる感覚。剣の突き刺さる感覚。これも迷宮でまざまざと思い出した。
「聖女は、時に人間や生き物として扱われなくなる。人形になる。兵器になる」
呟く。呟く。イラリアを起こさないように、ほとんど吐息の声で。
彼女のローズゴールドの髪を指に絡ませ、彼女に触れて、わずかな繋がりでもいいから離さないようにと。
「この恋心が殺されるほど、私たちが人として扱われなくなったら。尊厳も何もかも奪われて、ただ嬲られるばかりの道具に落ちたら。密かに想うことも許されない、秘めたる恋もできない世界になったなら」
もちろん回避のために尽力はするけれども。
最悪は、起こり得る。
私は、彼女と一緒に生きたくて、彼女から死を奪った。死者の復活。真の不可能。聖女の心臓蘇生。
――彼女は、死ねない。世界に、死ぬことを許されない。
彼女が素晴らしい人間として、聖女として、まっとうに崇められていく道ならまだ許せる。彼女が笑えるなら、幸せなら、彼女がどんなに特別視されても構わない。
でも、彼女から、笑顔や幸せが奪われたなら。ただ心臓が動いているだけの人形に堕とされたら。私は。
「――もう一度、貴女を殺すわ」
私は、きっと、彼女を置いて逝く。私には、彼女に遺さなくてはならないものがたくさんある。
その一番は、死。彼女のためだけの死に方。
稀代の大聖女を殺す方法。
彼女を蘇らせ、彼女から死を消した私には、彼女の殺し方を生み出す責任がある。彼女の未来のために。彼女が人間であるために。
決して外に知られてはいけない。
これは、私の、私たちの秘密。
――生まれ変わりの術も、見つけなくてはね。私が志を果たさずに散った時のために。もう存在はしているのだから。
今、この世界の女神さまになっている薄紅の彼女――あれは、かつてのエレオノーラの恋人だ。死後、人間から女神になった、と言うべきか。
女神になる前の前がエレオノーラの侍女で、その時に秘めたる恋をしていた。そして生まれ変わって、次の人生で彼女を殺した。
歴史書にも残っている。私の中に詰め込まれた記憶としても間違いない。
殺戮女王エレオノーラを討ったのは、王女。
彼女の実の娘である。
あの方は、愛する彼女を殺すために、生まれ変わりの術を手にした。
エレオノーラも、あの方も。女の恋人を想いながらも男と番い、それぞれに娘や息子を生み落とした。
今の世界の私たちにも、本当は、私たちの血を継ぐ子を生むことが期待されている。
互いを愛することで覚醒した聖女の力を盾としても、すべてを防げるとは考えられない。
私たちの人生は、何かに抗ってばかりだ。
「弱い私を、許して頂戴ね。イラリア」
私が貴女を殺さない世界になればいい。
聖女がただ人として生きられる世界がいい。
「なんて、ワガママかしら」
イラリアの唇にキスをして、彼女を抱き寄せて目を瞑る。むにゃぁという可愛い寝言を吐く唇に、また、我慢できなくて口づける。
――愛してるわ、イラリア。おやすみ。
今宵も、貴女には素敵な夢を。
幸せな夢を。どうか。
聖女殺しの恋 第二部
一章【ベガリュタルの王太子と古魔法迷宮】完




