魔王様、決闘する
ちょっとシリアス入ります←
勇者についての報告が、人間界に紛れ込んでいるスパイから送られてきた。
人間界の国、ミアルドの首都、バラドーサで召喚された勇者は黒髪黒目の青年らしい。どうやらかなりの美丈夫らしく、スパイである淫魔が興奮気味に話してくれた。
美丈夫なのかはともかくとして、本当に勇者召喚は成功したようだ。
その勇者は、現在バラドーサで訓練を受けているらしい。毎日神殿に行き、怪しげな術を学んだり、剣術を指南してもらっているのだと報告された。
おそらく、あと数ヵ月もすれば、我輩を倒す為にと旅に出るのだろう。
「ふむ……」
机の上に並べられた資料を見つめ、我輩は自室の椅子の上で腕を組み、思案する。
一番簡単な対処方法として、今すぐにバラドーサに攻め込み、勇者を無力化することが浮かんだ。
バラドーサの守備は強いが、遠距離からの攻撃や、天候を支配する魔法を使ってしまえば簡単に制圧ができる。
勇者がまだ力をもっていないのならなおのこと。力を十分に蓄えられ、反抗されたり、あまつさえタマがいるこの魔王城に攻めいられることだけは避けたい。
「だが、バラドーサに行き殲滅してくるとすると、最低でも1日はかかってしまうな。仕事はルーベルトに任せることは良しとして、タマと離れるのは……」
それは、さすがにツラい。
だが連れていくのも気が引ける。
我輩は腕を組みつつ唸っていると、控えめにドアをノックされた。
そこからひょっこりと顔を出したのは、
「陛下、休憩の時間だよ?」
相変わらず可愛らしい、我輩のタマである。
薄桃色のドレスを身に纏うタマは、手に菓子を乗せたトレーを持って部屋に入った。トレーに乗せられた小さめのケーキは、赤いピューレ、その下に白とピンクのムースが色鮮やかで美しく、その隣にある色とりどりのマカロンも可愛らしい。
「さっき作ったの。もうすぐカシミアが紅茶を用意して来てくれるって」
「ふむ、もうそんな時間か。……タマ」
空いているテーブルにトレーを置こうとするタマを手招きする。小首を傾げつつ、素直に我輩に近寄ったタマの腰に腕を回した。折れてしまうのではと思うほど繊細なその体を、真正面から抱き寄せる。
「へ、いか?」
我輩は椅子に座っているため、必然的にタマを見上げる形となる。タマも、トレーを落とさぬよう気をつけながら、我輩を見下ろした。
「タマ、一口」
一瞬きょとんとしたタマは、すぐにへにゃりと顔を綻ばせて笑った。
「もー、しょうがないなぁ」
口ではそう言いつつも嬉しそうなタマを、我輩の膝の上へと座るよう誘導させる。我輩の膝に、横向きに座ったタマは、マカロンを一つ手に取った。薄桃色のそのマカロンは、今のタマが来ているドレスとよく色合いが似ていた。
「はい、陛下」
差し出されるマカロンを口に含む。さっくりとした軽やかな歯ごたえと共に、クリームの甘味が口の中に広がる。
「おいし?」
「美味しい」
「ほんと?良かった」
ニコニコ顔のタマを抱き締め眺めつつ、タマが作った菓子を口に頬張る。なるほど、ここが天国か。
などと、至福の時間を過ごす我輩の元に、ルーベルトがドアを壊さんばかりの勢いで侵入してきた。
「陛下、決闘が申し込まれました」
いきなりの発言に、部屋がしんと静まり返る。深刻そうな顔をするルーベルトを見つめ、我輩はふぅ、とため息を付き、
「ルーベルト、貴様が代わりに出ろ」
「なにバカなこと言っているんですか陛下」
割りと真面目に言った言葉を、すぐに一蹴されてしまった。
「貴様、今の我輩の状況、見て分からんのか」
「随分とヒマそうにしていらっしゃいますね」
「違う。今タマとの至福の時間を過ごしているのに、何故我輩が決闘に応じなければならぬ」
そう、タマを膝に乗せ、タマが作った菓子を、タマから満面の笑みで差し出されるというこのような至福の時を、我輩が手放す訳がない。
「陛下、決闘って?」
「ああ、タマがここに来てからは一度もなかったからな」
「決闘とは、要するに魔王の座をかけて勝負をすることです。決闘を申し込んだ者が勝てば、その者が新しき魔王となり、魔王様はただのヴォルキースになります。つまり、平民となり城にはいられなくなります」
「その説明、あんまりではないか?」
まぁ、実際間違ってはいないのだか。憮然とする我輩の懐でなにやら考え事をしていたタマが、くいっと我輩の裾を引く。
「んむ?」
「……陛下、」
きりっとした、でもどこか不安げなタマが我輩を見上げる。
「……もし、陛下が負けちゃうようなことがあっても……、私ずっと、陛下の側にいたい。ううん、側にいさせて、陛下」
祈るようにそう告げられてしまえば、我輩が取るべき道はただひとつ。つまり、タマを抱き締め、その言葉を肯定することのみである。
「もちろんだ、タマ!ずっと我輩の側にいてくれ」
「うん……!」
「……これで告白がうんぬん言っているとか、おかしくないですか?」
ルーベルトがぶつくさ何か言っているが、気にする我輩ではない。今、我輩の世界にはタマしかおらぬのだ。
「それにタマ様、陛下が負けることなど、到底有り得ませんから大丈夫ですよ」
「それは、そうだけど……、もしもってこと考えちゃって……」
「フッ、心配するでないタマ。我輩を誰だと心得る?」
そっとタマの頬を手の甲で撫で上げる。目を瞑りくすぐったがるタマの額に、そっとキスを落とした。
「案ずるでないタマ、決闘などすぐ終わらせて帰ってくる。それまで、ここで大人しくしているがいい」
「うん、怪我しないでね、陛下」
「勿論だ」
心配するタマを降ろし、後ろ髪を引かれつつも部屋を後にする。
「さっさと終わらせるぞルーベルト。タマとのティータイムが遅れる」
「…………そのやる気、いつもの公務でも出してもらいたいものです」
ため息をつくルーベルトを連れて、我輩は決闘場へと足を運んだ。
室内にある決闘場には、多くの見物人が集まっていた。その多くがこの城で働く従業員だ。仕事しろと言いたいところだが、滅多に来ない挑戦者が一体どんな者なのだろうか気になるのだろう。ホールのように広い室内にて、壁際に従業員が立ち並ぶ。
我輩は、数段高い場所にある、豪華に飾られた金と赤の玉座に座った。
隣に立つルーベルトが、背筋を伸ばし、声を張る。
「これより、魔界の王の玉座を巡る決闘を始める。挑戦者、前に出よ」
すると、我輩の真正面にある、壁の半分程もの高さのあるドアが開かれた。そこから現れたのは、挑戦者を引率するノロと、フードを被った小柄な少年であった。
「……ふむ」
まだ成人すらしていない程の若さだ。恐らく、50~60歳代。小枝のように細い四肢。真っ白な髪は細く柔らかそうだが、黒いフードから覗く鋭い青の瞳は、闘志に燃えていた。
「名を」
「……トレアス。トレアス・ワーグナーだ」
問いに、声代わりもしていなさそうな声で返答される。
首には無数の鍵が着いた紐が通されており、まるでネックレスのようになっていた。
「ミミック種か」
ミミック。宝箱などに化けて、人間を襲う魔族である。だが、その他にも様々な姿形に変型できる種族だ。だが、我輩のその呟きを耳にした途端、少年の目付きの鋭さが増した。
「……ミミックだからと、侮るなよ、魔王め」
首元の鍵を幾つか引きちぎったその少年は、決闘開始の挨拶を待たずに、フードを翻しながら我輩に飛びかかった。
「くらえ!」
空中に撒き散らされた鍵。その鍵がくるりと一回転をしたと同時に、大きな宝箱がいくつも出現し、蓋を開ける。
中から現れたのは、視界を覆うほどの、莫大な量の炎であった。
「死神の贈り物!」
腹に響くような爆発音が、連続して響き渡る。ずん、と建物すらも微かに揺れるが、決闘のためにと作られたその部屋はびくともしない。氷の壁で爆炎を防いだ我輩に、更に少年が飛びかかる。
「そんな氷、俺には無意味だ」
引きちぎられた鍵を一つ、紐を通された部分に指を入れて、くるりと回す。瞬間、鍵は少年の背丈程の大きさになり、少年はそれを手に持ち氷壁へと突っ込んだ。
「強制解除!」
まるで鍵穴に鍵を突っ込むかのように、氷壁に対して垂直に鍵を向ける。氷壁に突っ込むのかとも思われたが、その前に氷壁がくだけ散る。
「っ!」
息を詰めた少年が、更に鍵を引きちぎった。氷壁を割られたこの至近距離、トドメを刺しにきたのだろう。また、先程と同様に、鍵をばら蒔かれる。
その前に、我輩の後方から流れる氷の奔流に飲み込まれた。
バキバキと音を立てながら、部屋の中央に渦巻いた氷。不意にその中心から天井へと氷柱が伸び、氷は動きを止めた。
「我輩の勝ちで良いか?少年」
そびえ立つ氷柱のその先。半ば氷に埋まるような形で、少年は拘束されている。下唇を噛み締める少年を見て、外野の緊張も解れる。
「まぁ、分かってたことだけどな」
「あの魔王様の氷壁を破っただけすげぇよ」
「どんまい、少年」
などと声をかけられるが、少年の顔にはあからさまに『不快』だと書いてあった。
「城の外まで連れてってやれ。我輩は戻る」
「畏まりました」
これにて決闘は終わりだ。いそいそと席を立ち上がった我輩に、ぶちりと何かが千切れる音が聞こえた。
「む?」
見れば、少年が四肢を拘束されているにも関わらず、口で首元の鍵をくわえて引きちぎっていた。まだまだ暴れ足りないらしい。
「まだやりたいのか?血気盛んな……「開かずの宝箱」」
ポロリと、少年の口から鍵が落ちる。それは真っ直ぐ地面へと向かい、突き刺さるその寸前、小さい光を放って消えた。
「……なんだ、今のは」
「あんたに一矢報いてやっただけだ」
吐き捨てるように言った言葉と、先程の鍵が放った光に、何故か嫌な予感が脳裏を掠めた。
「無くしものをする魔法だよ。あんたが、一番大切にしているもの。それが、無くなる魔法」
「……っ!」
「陛下っ!」
身を翻し、我輩は走った。ドクドクと、運動のせいではなく、不安で心臓が跳ねる。真っ先に向かったのは、我輩の部屋であった。
「タマっ!!」
「ぁ、あ……、へい、か……」
そこには、床にポットを落とし、青ざめながら床にへたり込むカシミアの姿があった。
「タマ様が、急に……、タマ様が……!!」
そこにいるはずのタマは、どこにもいなかった。
少年の掛け声はあってもなくてもいい中二なやつです。雰囲気のために。




