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森守りシンの景色 ~魔法の帽子~  作者: marron
火の鬼ベイと弟
39/43

2. 契約と守り


 俺たちは旅から旅の生活だ。時々火の国に戻るが、獲物を狩るために、またすぐに出発しなけりゃならない。今回も、この獲物を届けたらまたどこかへ狩りに行くのだ。

 それなのに、こんなお荷物しょってしまった。

 俺は脱力しながら

「シン、来い!」

 と言った。ガキは怯えた様子でなかなか俺のところに来なかった。イライラする。

「来いって言ってんだろうが!」

 俺はガキの腕を握ると炎を出した。殺すことはダメらしいが、殺さない程度の火を付けるのは大丈夫らしい。

「ぎゃー!」

 シンは腕を押さえて叫んだ。良い声だ。だがいつでも聞いてるとそれはそれでイライラする。

「うるせぇ!」俺はシンを殴った。そしてその顔に俺の顔を近づけた。「いいか、よく聞け。俺の言うことを聞かねぇとまた火を付けるぞ。分かったか!」

 シンは泣きながら頷いた。その姿がまたうぜぇ。

「泣くな、うぜぇ!」

 すごんで言ったら、泣き止んだ。やればできるじゃねぇか。2歳児に見えるけど、一応4歳なんだな、などと呑気に納得した。

 すっかり日が暮れて、俺たちは夜の姿になっていた。髪の毛は赤く逆立ち、皮膚は鱗におおわれる。瞳は黄色く光る。その姿が恐ろしいらしい。シンはブルブルと震えていた。

 俺たちが獲物を燃やして食べている間、シンは炎から見えるか見えないかのところでしゃがんで小さくなっていた。俺はシンのことなどすっかり忘れていた。

 だって、どうやって面倒見たらいいかなんて見当もつかない。俺もガキだったから、餌をやらなきゃならないとか、考えもつかなかった。

 俺たちにとっては夜が活動時間だ。俺たちは食事を終えると、火の国に向かって移動を始めた。

 その時やっと俺は思い出した。お荷物がいたんだ。

「シン、行くぞ!」

 俺が叫ぶと、シンは立ち上がり、俺たちの後ろからついてきた。

 俺たちは途中で獣を狩ったりしながら歩いて行った。シンはその後ろから静かについてきた。こいつはなかなか素直な奴だ。一度しか言ってないのに、俺の言うことを聞かなきゃならねぇことを理解したらしい。



 夜更けも過ぎ冷たい空気が増す頃、俺の肌が灰色に変わってきた。俺はまだ子どもだから、鱗から灰色に変わるのが早い。大人たちはもっと朝が近づくまで鱗でいられるのに、俺はまだまだなんだ。

 それを見ると親父が気づいて、移動をやめた。そして、寝る準備をする。

 俺たちはどこだって寝る。

 獣だって気にしない。ただ、日差しは嫌いだから、なるべく暗いところを探す。

 その日は、良い感じの岩場があった。俺たちは岩場の陰や穴を見つけて、自分の寝る場所を確保した。俺も手ごろな岩陰に横になった。

 俺は子どもだから、誰よりも先に眠くなった。大人たちはもうちょっと起きてるのだろうが、俺は空が白む前には眠ってしまっていた。

 日が出てくる頃、俺たちが狩った赤ん坊が泣きだした。腹が減ってるのだ。それはわかるが、俺たちは奴らにやれるものは何もない。

 ただ、俺の親父だけは不思議な魔法が使えた。赤ん坊を黙らせる魔法だ。どうやってるのかはわからないが、赤ん坊は親父が呪文を唱えると眠ったようだった。火の国に着くまでに死んじまうガキもいるが、意外とガキは丈夫だった。

 俺は赤ん坊の泣き声で目が覚めてしまった。そういえば、あのガキはどうしただろう。シンというガキだ。あいつもそろそろ腹が減って泣くんじゃないだろうか。夜のうちに肉のかけらでもやっとけばよかっただろうか。

 俺は起き出して岩場を出た。シンはどこだろうか。眩しくてよく見えない。それにしても、この灰色の肌の時はどうにも力があまり出ない。

 俺は岩場を回り込んで日の射す方へ行ってみた。するとそこらへんに白い羽毛のようなものがたくさん落ちていた。

 なんだろう?と見ていると、シンがその羽毛の中に座り込んでいた。緊張と恐怖を感じている硬い顔をしている。恐怖を感じている顔をみるのはなかなか良いものだ。俺は少しその横顔に見惚れていた。



 しばらく見ていると、シンのそばに何かがいるのがわかった。座り込んでいるシンより少し背が高いだけの、かなり小さい人間だ。

 茶色い一本足で大きな傘をかぶっている。森の中でよく見かける植物と似ている。だが人だとわかった。手があるし歩いているからだ。

 その茶色いのが、シンの前に立つと、シンは何かを話しているようだ。聞こえるように近くに移動した。どういうわけか、俺は姿を隠して陰から見ていた。

 その茶色いのは、あの羽毛みたいな白いのを手に持ち、シンの口に入れてやっていた。

 シンはそれが食べ物だとわかった顔をしていた。その顔が今までの緊張感をもった硬い表情から、崩れて涙がボロボロとこぼれていた。

 俺が泣くなと言って泣き止んだんだ。我慢していたのだろう。零れ落ちる涙を見ていて、俺は心の中に今までにない何か変な感情が産まれるのを感じた。これは何だろう。憐み?同情?俺たち火人にはない感情だと言うことはわかった。

 その茶色いのは、シンに話しかけていた。かすかにしか聞こえない声を俺は何とか聞こうと耳を澄ませていた。

「お前さんはアルジンとの契約によって守られている。誰もお前さんを殺しはしない。ただ、この地で一人で生きていくことはできん。あの火人(ひびと)に付いていくのじゃ。怖くても苦しくても、付いていくんじゃぞ。

 お前さんには必ず助けがくる。お前さんは必ず助け出される。お前さんは必ず守られる。

 だから信じて耐えて待つのじゃ。よいな?

 よしよし。今は泣いても大丈夫じゃ。

 毎朝、このマナを届けよう。それで生き延びるのじゃ。わかったな?」

 茶色いのがそう言うと、シンはそこらじゅうに落ちている、白いやつを拾って食べだした。泣きながら夢中で口に頬張っていた。

 その姿は本当に哀れだった。親から離され、恐ろしい鬼に捕まり、奴隷として連れて行かれるのだ。

 俺はシンを捕まえた鬼だが、シンを奴隷として連れ歩く鬼だが、シンが哀れに思えた。

 だが同時に、信じられない思いもしていた。あの茶色いのは、シンが「守られる」と言ったのだ。確かに俺はあいつを殺すことはできない。それでも傷つけることはできる。ガングー様に引き渡すことだってできるのだ。そうなったら、アイツはきっとすぐに殺されることだろう。



 そういえば、契約ってなんなんだ?

 俺がアイツを殺せないという契約だ。どうして殺せないんだ?誰が決めたんだ?誰と誰の契約なんだ?

 俺とシンとの契約ではないはずだ。

 俺がシンを殺せない契約だ。俺にシンを殺させない契約か?シンが守られているというのは、こういうことなのか。

 子どもの俺でもわかることはあった。それはガングー様が契約をしたということだ。ガングー様がこの魔法を俺たちにくれたのだから、魔法の制約があっても不思議ではない。その制約の中で、本当の名前を言えない場合には殺すことはできない、という契約があるのだろう。

 俺とガングー様の契約か?なぜガングー様はそんな契約を作ったのだろうか。誰だって殺しても良いじゃないか。ガングー様ならば、アルジンの大切にしている奴らがいくら死んでも喜ぶはずだ。なのに、なぜ本当の名前がわからなければ殺してはいけないのか。殺せないのか。それどころか、自分にその火が返ってきてしまうのか。

 違うのか。

 ガングー様と俺との契約ではないのだ。

 ガングー様はアルジンと契約をしたのか。アルジンによって決められたのか。

 アルジンが、むやみに殺すことを許さなかったということだ。

 悔しかった。

 ガングー様はすごいが、アルジンの方が強いのだ。俺にはそれがわかってしまった。

 いや、ガングー様は強いはずだ。だから、ガングー様が全てを滅ぼしつくさないように、アルジンが頼んだに違いない。そういう契約なんじゃないのか?

 俺は懸命に考えて、なんとかガングー様がアルジンよりも強いのだと思い込もうとした。

 だが俺の心は揺れていた。だって、そんな契約無意味じゃないか。どう考えてもおかしい。いくら考えてもガングー様がアルジンよりも強いという確信は持てなかった。



 夕方近くになると、俺たちは起き出した。酒を飲んで騒ぎだす。だんだんと灰色い肌がうろこ状になっていく、気持ちの良い時間だ。

 シンは俺たちから少し離れたところで膝を抱えて座っていた。

「シン!」

 俺が呼ぶとシンが走ってやってきた。

「酒をつげ!」

 シンはキョロキョロとしている。何をしていいのかわからないのだろう。

「それだ、ボケ!」

 俺はシンを蹴り飛ばした。シンは跳ね飛ばされて転んだ。

「あ、あ、ごめんなさ…」

「喋るな!」

 俺はまたシンを蹴った。シンは小さくなっていく。その姿が哀れで俺たちは興奮した。みんなで寄ってたかってシンを殴った。

 だがシンは泣かなかった。俺が泣くなと言ったのを覚えているのか。なかなか頭の良いやつだ。

 ヤツが泣かないと興が冷める。そのうち誰もシンを殴らなくなった。

 時々料理を持ってこさせたり、酒を注がせたりしたが、シンは仕事をすぐに覚えた。

「これはこれで良いんじゃないか?」親父が言った。「毛並の違うお前にぴったりだ」

「うるせー!」

 俺はこれを言われるのが一番腹が立った。俺たちの髪の毛は赤く燃えるようだ。夜になると逆立って、本当に燃えているようにすら見える。

 だが俺の髪の毛は、どういうわけか、夜になっても逆立たない。それどころか、サラサラと真っ直ぐに下に向いて伸びていて、迫力のかけらもない。こればっかりは本当に嫌だった。

 俺は髪のことを言われて腹が立ち、意味もなくシンを叩いた。

 コイツは見かけの幼さよりも頭がいい。もしかすると俺の髪のことをわかったかもしれない。そう思うと余計に腹が立って、シンを殴らずにはいられなかった。



 辺りが暗くなると、俺たちはまた移動を始めた。もう明日には火の山に着くだろう。ここまで来れば、狩りもせずにのんびりと進んでいけるというものだ。勿論、うまそうな動物がいれば狩るのも良い。

 今日も夜中歩くのだ。

 俺は歩き出すとシンのことを忘れていた。あんな小っちゃいのを連れて歩くのは面倒だ。自分で付いてこられないのなら、置いて行っても良いだろう。そうすれば、どこでのたれ死んだって俺のせいじゃない。

 俺が火で殺したわけでもないのだから、俺が気にすることはないのだ。

 だから、移動の時はなるべくシンのことを忘れるようにした。

 俺たちは夜行性だが、シンは違うはずだ。まだ子どもだしどこかで眠ってしまっても、まあ、しょうがないだろう。

 案の定、俺の肌が灰色になろうとするころ、俺たちの後ろを見ても、シンの姿はなかった。

 俺はホッとした。そう思いながらも、なんとなく心のどこかでシンを心配するような気持ちもあった。変なところで寝たら動物に食われちまうし、干からびて死ぬかもしれない。

 まあ、それが目的でシンのことを気にしないで歩いてきたのだから、それで良いのだが。なんとなく気になった。

 日が登る前に、俺たちはちょっとした木の生えている辺りで眠ることにした。

 しばらくぐっすりと眠って、日が登ったころ、俺は目が覚めてしまった。シンはどうしただろうか、と急に思ったのだ。

 俺はむっくりと上体を起こした。眠い目をこすって辺りを見回す。すると、あの白い羽毛のようなものがそこらじゅうに落ちているのが目に入った。

 またアレだ。

 ということは、シンはまたあの中で座っているだろうか。そう思い、少し辺りを見回してみた。

 だがシンはいなかった。

 俺はちょっと複雑な思いがした。

 この白いのは、多分シンのために落ちているはずだ。だがシンはいない。コレは無駄になったのではないだろうか。

 そして、俺の心もあんなのがいなくなって清々した気持ちと、どこ行ったんだ?という心配がないまぜになっている。どういうことだ。



 そんな気持ちでいると、シンの姿が遠くに見えた。

 シンは俺たちの足跡をたどっているようで、下を向いて走っていた。近づいてくると、ヤツの必死の顔が分かった。

 置いて行かれては困ると、必死になって足跡を追いかけてきたのだろう。大きな木の下に俺たちの姿を見つけると、明らかにホッとした顔をした。俺は奴に気づかれないように、そっと横になった。

 あいつは、こんな鬼のような俺たちを見つけて、ホッとした顔をしたんだ。

 俺はまた変な気分になった。置いてくるんじゃなかった。そんな気持ちだ。なぜだろう。あんなの、いない方が良いに決まってるのに、無事が分かってホッとするなんておかしいじゃないか。

 シンは、俺たちがいる木の向こうに、昨日と同じ白いやつが落ちているのを見つけると、そっちに歩いて行った。そして、またそれを拾っては口に運んでいた。あんなの美味いのだろうか。シンはたくさん取って食べていた。

 今日はあの茶色いのはいなかった。

 それから先も、あの茶色いのは現れなかった。

 ただ、毎日白いのは落ちていた。シンはそれで生き延びていたようだった。

 そんな生活がこれからずっと続いたのだ。



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