32. 茶色い人と壺と魔法の帽子
歌司が「少しゆっくりして」と言ってくれたので、ガクはその通りにしようと思っていた。このところ仕事がかなりきつかったし、たまにはゆっくりしたい。
とはいえ、ここに来るのに3日かかっていて、次のバケツ当番に間に合わせるにはゆっくりしてはいられなかった。
次の日になると二人はすぐに出発して、直接砂糖畑に向かった。本当は「持ち主が帽子を取りに来る」と歌司が言っていたのもあり、一度鷲頭の森の家に戻りたかったのだが、そうも言っていられない。どこに行くのも遠い、北の森に住む者の宿命なのだ。
二人は一生懸命に歩き、なんとかワタルたちがいる間に、砂糖畑に着くことができた。
砂糖畑にはなぎの付けた管が走っているのが見える。
「わあ、これが管かぁ!」
砂糖小屋に行く前にガクが管に気づき、大きな声を出した。まだ全部の木には付いていないようだが、小屋から遠い木から小屋まで管が通っている。
小屋に着くと、たたきの上に椅子を並べて、なぎが大の字になって寝ていた。
「ただいま~、っと・・・」
それに気づいてガクとシンは小さな声になった。それにしてもよくこんなところで寝られるものだ。
「よう、よく着いたな」
ワタルは、ガクたちが遠い虹森まで行っていることは承知しているので、もしかすると一週間で帰ってこられないことも考えていたようだった。
「うん、直接来た。ヒロは?」
「仮小屋で寝てる」
それを聞いて、ガクとシンはなぎを見た。だったらなぜなぎはこんなところで寝ているのかと言いたげだ。
「こいつは、管の調子が見たいんだって、ずっとここで寝てるよ。すげぇ体力。でももう多分限界だな。こりゃ、担いで帰らなきゃならないわ」
「あははは」
思わずみんなで笑ってしまった。本当になぎらしい。その笑い声になぎが目を覚ました。今まで口を開けてスカスカ寝息を立てていたくせに、寝起きが良いらしく、起き上がるとすぐに喋り出した。
「おはよう~!あら、二人とも、帰ってきたの?どう、管見てくれた?」
シンは笑いが止まらなくなっている。
「うん、すごいね。ワタル、どう?」ガクが言った。
「おう、便利だぞ?」
「まだ遠くの方しか付けてないの。それで問題がなければ少しずつ増やしていくつもりだけど、そんな感じで良いわよね?」
「良いです、勿論!すごいなぁ」
ガクはなぎが本当にカラクリ師として玄人であることを尊敬した。パッと見は全くそんな風に見えないのに、こうやって砂糖小屋に泊まり込んでまで全てを確かめながら作るのだ。さすがだ。
「じゃあ、あとよろしくな。ヒロ起こしてくる」
ワタルはヒロを起こしに行った。その間に、なぎも帰る準備をしている。
「またワタルたちと来るけど、なにか不都合があったらすぐに教えてね」
そう言い残すと、ヒロとワタルとなぎは鷲頭の森の家へと帰って行った。とにかくガクたちが間に合ってよかった。帰りはどこかでなぎが担がれて運ばれたかもしれない。ガクとシンは想像して笑ってしまった。
◇◇
シンはガクが思ったよりもずっと疲れていることに気づいた。自分ばかり夜に寝ていて、ガクは毎日徹夜というのでは確かにガクの負担が大きすぎる。
「ガク、僕も夜やりますよ」
実際あの墓髪が出てきてから2か月ほど経ち、あの異常なほどの眠さは少し減ってきたようだった。
「ホント?無理しなくて良いよ。俺、夜得意だから」
「知ってますけど、疲れてるじゃないですか」
「うん、まあね。じゃあ、いきなりは無理だから、少しずつ慣らしていくか」
シンは嬉しかった。ガクは絶対に却下というようなことはほとんどない。そういう時、シンは自分が信頼されていると感じてとても嬉しかった。
「じゃあ、今日から良い?」
「勿論です。ガク、どーんと任せてください」
ガクはそれを聞いてケタケタ笑った。まさかあのシンが「どーんと」などと言うとは想像もつかなかったのが、最近のシンはちょっと変な語彙を使う。
「じゃあ、1時まで任せようかな。俺はここで寝るから」
そう言って、なぎがくっ付けた椅子を指さした。
「もしどうしても眠くなりそうだったら交代するから、その前に起こしてくれて良いよ。でも、もし居眠りしちゃっても大丈夫。これだけ樹液があるんだから、問題ないよ」
ガクは持ち前のお気楽なようすでシンに言った。あまり最初から気張られても、お互いに疲れてしまうし、失敗したって良いのだ。それでシンも随分気持ちをラクにして仕事に向かうことができた。
夜の間もいくつもの釜の中で砂糖を煮詰める。煮詰まってくると隣りの釜に入れて、その過程で楓砂糖液を作ったり、バターを作ったり、砂糖まで乾燥させたりするのだ。忙しくはないが、ある程度は見ていないとならないし、砂糖に近づくほどかきまぜたりしなければならないので、やっぱり放っておくわけにもいかない仕事だ。
シンはまだバターは作れないのでその仕事はないが、それでも夜を徹して釜をかきまぜていた。
同じ砂糖小屋の中で、椅子を寝台にして眠っているガクを起こさないように、シンは静かに作業をした。
真夜中になりシンの緊張も解けてきた頃、ガクが起き出した。
「代わるよ。仮小屋で寝て来れば?」
ガクがそう言ったが、シンは今までガクが寝ていた椅子に寝てしまった。とても仮小屋まで行く余裕がないほど眠かったに違いない。
夜中までの時間はシンが釜を煮てくれたし、樹液を取りに行くのも、遠くの方まで行かなくて良くなったのもあり、ガクは砂糖畑での仕事が急に軽易となった。というか、今までが大変すぎたのだ。シンも、夜に起きている分少し疲れるようになったのだが、なぎの付けてくれた管は想像以上に便利だった。とにかく、遠くまで何往復も重い物を持って運ばなくて良くなったのだから、明らかに負担は減った。
そうして3日が経った。
またその日も、真夜中まではシンが砂糖を煮ていて、ガクはその後ろで椅子で休んでいた。
シンはなんとなく外に気配を感じた。真夜中に何だろう?
外を見ると鷲頭の家の方角が薄っすらと光っている。光りはゆっくりとこちらへやってくるようなのだ。真夜中の静かな森の中に、ぼんやりと光るものは一体何だろう?
人の持つ松明やキツネ火にしてはかなり暗い。もっと小さくて低くて、少し緑がかった淡い光りだ。
シンは思い出した。あの光りは見たことがある。キツネ火を探しに行こうとして、あの光りを見たのだ。それが今、こちらに向かうように動いている。
「ガク、ガク!」
「ん?」
シンは思わずガクを起こしてしまった。
「ガク、起きてください」
「どうしたの?」
シンのただならぬ様子にガクはすぐにシンに駆け寄った。てっきり釜に何かあったのかと思ったのだが、砂糖の方は問題ないように見える。
「外見てください」
シンに言われて窓から外を見てガクは目を見張った。変な、見たことのない光りが列になって動いている。蛇の背中に光る物を置いているかのような感じだが、蛇にしては長すぎるか。
ガクはそれを見ると、いきなり自分の荷物に走り寄り、中からあの壺を出した。そして何も言わずに壺を持って走り出した。
「ガク」
シンはガクを追いかけた。シンが見つけたあの光りに、ガクは何を思って壺を持ち出したのか。
暖かい砂糖小屋から出てくると、外は風が吹いていてとても寒かった。小屋の中が温かいのもあって二人は薄着をしている。シンは汗をかいていて、すぐに冷えてしまった。
だけどガクは気にしなかった。光りのところまで走って行って大声で叫んだ。
「じいちゃん!」
光りの列が止まり、ガクを待った。ガクがその光りのそばまで来ると、光りの中から年老いた声が聞こえた。
「じいちゃん、とはまた・・・」
それはあの禿げ頭の小さなおじいさんだった。ガクは小さな爺さんに壺を向けた。
「これ!」
ガクは知りたいことがたくさんあった。魔法の帽子や不思議な壺。ガクのことをなんでも知っている小さな爺さん。知りたいことがたくさんある。真実を知りたいのだ。人のことも動物のことも森のことも。間違えたくない。正しく歩みたい、その一心で、訳も分からず壺を差し出していた。
「わしはホウというのじゃ」爺さんはガクに言った。
「お前さんたちに会いに来たのじゃ」
シンもそこにたどり着くと、ホウ爺さんは二人に向かって言った。
ガクとシンは驚いて顔を見合わせ、そしてホウ爺さんに目線を合わせるようにして、そこにしゃがみ込んだ。
「俺たちに会いにって?」ガクが聞いた。
「ワシの帽子を返してもらいに来たのじゃよ」
二人はまた見合わせた。帽子、あの帽子!
「魔法の帽子ですか」シンが言った。
「そうじゃ」
「魔法の帽子の持ち主なんですか?」ガクが聞いた。
「そうじゃ」
何ということか、この小さなおじいさんが魔法の帽子の持ち主だったとは。
「あ、帽子、ここにはないです。鷲頭の家にあるんです」ガクが言った。
「そうか、ならば、ちょいとその壺を貸してくだされ」
ガクは爺さんに壺を渡した。あの朝にあの美味しいおせんべいの入っていた壺だ。
ホウ爺さんはその壺をポンと開けると、中に小さな手を突っ込み、そして引き抜いた。
その手には、あの古臭い大きな帽子が握られていた。
「はい、ありがとうさん」
そう言って、壺をガクに返した。ガクは壺をまじまじと見つめた。
「では確かに」
ホウ爺さんはそう言って、その場を去ろうとした。そこを大慌てでガクが引きとめた。
「おじいさん、おじいさんは魔法の帽子の持ち主なんですか?」
「いかにも」
ホウ爺さんはにっこりとして頷いた。
「助け手ってことですよね?」
「いかにも」
「じゃあ、おじいさんはアルジンなんですか?」
ガクが一番聞きたいことを聞いた。この国でアルジンを知らない者はない。しかし、アルジンを見た者もない。
ホウ爺さんは首を振った。
「ワシはアルジンのようで、アルジンではない」ホウ爺さんの言葉はとても重く聞こえた。「アルジンは世界の創造主、そしてわしはその助け手じゃ」
シンにはさっぱりわからなかった。それでも、ガクは何かを確信していた。
「だから帽子が主人なんですね」
「いかにも」ホウ爺さんは満足げに頷いた。「お前さんは帽子を正しく使った。それゆえ、知恵を得た。これからも正しく生きてゆくがよい」
「俺は、知恵をもらったかもしれないけど、まだ知らないこともわからないこともたくさんある。だから、帽子が、ないと、困る、気がする」
「大丈夫じゃ」
ホウ爺さんは、何か思いつめたような顔をするガクの手を優しく握った。そして言った。
「どれ、お前さんの望みはなんだね?」
ガクは首を振った。
言葉にならないのだ。人の望みは欲深く浅はかだ。
願いたいことはたくさんある。それなのに、その願いが何かは自分でもよくわからない。留まることをしたくない、変わってしまうことも恐ろしい。そのどちらにいれば良いのかわからないのだ。
「お前さんは本当に喜ばれる存在じゃ。良い子じゃよ」そう言ってガクの頭を撫でた。「さて、全てを知ることはお前さんの仕事ではない。お前さんがすることは、日々新しくなり歩み続けることじゃ」
ガクはホウ爺さんをじっと見つめていた。ガクがもらった答えはとても難しかった。しかし本当はとても簡単だった。ガクの心はすぐにその答えにたどり着き、肩の力が抜けていつもの優しい顔に戻った。
何もすごいことを望む必要はないのだ。手に入りにくいことを望むことじゃない。いつもの生活の中で得られること、いつもの生活で感謝したいことを望めばいいのだ。ただそれだけだ。
「俺の望みは、シンと一生の友達でいること」
ガクは輝くような顔でホウ爺さんに言った。ホウ爺さんは嬉しそうに頷いた。
ガクもシンもそのうち恋をしたりするだろう。結婚して伴侶ができても、相棒が替わっても、どこに住んでも、遠くにいてもわかり合える友でいられる。“一生の友だち”は、誰でもなれそうだが、誰にでもなれるものでもない。ガクの望みは、シンと一生の友達になることだった。
シンにはホウ爺さんとガクの会話は半分もわからなかった。それだけ真実を知ることは難しいのだ。だけど、ガクの望みはシンを喜ばせた。それだけでシンには十分だった。シンもまた心の中に、ガクを守りたいという望みが湧いた。
「それで良い。お前さんの望みは聞かれた」
ホウ爺さんは満足そうにそう言うと、古ぼけた魔法の帽子を頭に乗せた。
丸く平べったいその帽子は、ホウ爺さんの頭に乗せると、まるでキノコの傘のようだった。
ホウ爺さんは大きなキノコのようになり、ぺこりとお辞儀をした。
「わしは助け主じゃ。森の中のどこにでも生えているキノコのように、いつもお前さんたちのそばにおる」
そう言ってキノコになって、去って行った。
おしまい
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。
本編はここまでとなります。
この後、番外編(6話+4話)でシンの生い立ちを語ります。全てを合わせてシンの物語となりますので、完結とはせずに、題名を変えてこのまま続けたいと思います。
よろしかったらお付き合いくださると嬉しいです。
ありがとうございました。
※題名変わりました。
「魔法の帽子」→「森守りシンの景色 ~魔法の帽子~」です。
今後ともよろしくお願いします。




