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虹を目指そう

 ぴょん。

 ぴょん。

 ぴょん。


「あ、ウサギさんだ」

 木の枝ですやすや眠っていた黒猫は、下を通りかかる白ウサギさんを目にしました。

 森の中をぴょんぴょん跳ねるウサさんギは、遠くから見るととても愛らしいと思いました。

 雨上がりの空の下、雨露に濡れながらウサギさんは進んでいきます。


 ぴょん。

 ぴょん。

 ぴょん。


 どうやらウサギさんはどこかを目指しているようです。

「どこに行くのウサギさん?」

 ちょっと気になったのでウサギさんの所まで降りて声をかけました。

「あなたには関係ないでしょ」

「………………」

 ツンです。

 ツンウサギさんでした。

 いつかデレるのだとしたらツンデレウサギさんになるのかもしれません。

 しかしここでめげるような黒猫ではありませんでした。

「教えてくれてもいいじゃないか」

「嫌よ」

「………………」

 今のところ黒猫にデレてくれる可能性はゼロのようです。

 ウサギさんはぴょんぴょんと森の中を進んでいきます。

「じゃあいいよ。勝手に付いていくから」

「好きにしなさい。付いてこられるならね」

 ウサギさんはそう言うと一気に黒猫を引き離しました。

「ええっ!?」

 すごい速さで遠ざかっていくウサギさんを唖然と見送るしことしか出来ませんでした。

 ウサギさんは小さな身体に似合わない脚力を秘めています。

 平均時速七十キロ近くで襲い来る肉食動物を、七十二~七十三キロ、速いウサギさんは八十キロという駿足で振り切ることが出来るのです。

 弱点は下り坂で、これは後ろ足が長く前足が短いという身体の構造上、仕方のないことと言えるでしょう。

 しかし今は上り坂を駆け上がる森の中、一気に黒猫から遠ざかりました。

「ほ、本気で置いていかれちゃった……」

 あの速度を地上で追いかけるのは無理だと判断した黒猫は、フェアではないと思いながらも空から追いかけることにしました。


 ツバメ並の速さを獲得した黒猫の翼は、空からウサギさんを追いかけることも簡単でした。

 ウサギさんは黒猫の姿に気付いていません。

 ぴょんぴょんと目的地へと向かっています。


「あっちって崖の方だよね……」

 どうして崖を目指しているのか、黒猫は首を傾げます。

 しかし追いかけていくうちに、崖が見えてくるころにはその理由が分かりました。


 雨上がりのお日さまの下、綺麗な七色が見えました。

 崖にかかっている虹です。

 ウサギさんはきっとこれを見る為に崖を目指したのでしょう。

「綺麗だね~」

「ぴゃあっ!?」

 黒猫はわざとウサギさんの後ろから声をかけました。

 ウサギさんはびっくりして崖から落ちそうになってしまいました。

「わっ! わあああっ!」

 わたわたと片脚で戻ろうとしますが、ふらついたまま落ちてしまいそうになります。

「おっと」

 黒猫がウサギさんの丸いぽんぽんした尻尾を掴んで引き戻しました。

「ぴゃあああっ!」

 尻尾を引っ張られたウサギさんは再び悲鳴を上げました。

「このっ!」

「うわっ!?」

 尻尾を掴まれて怒ったウサギさんはそのまま黒猫に跳び蹴りを食らわせました。

「ぎゃふん!」

 蹴り飛ばされて地面に転がった黒猫は顔に足型を付けられてしまいます。

「あ……」

 そして今更ながら助けてもらったことに気付いたウサギさんが気まずそうに黒猫を見るのでした。


「う~。酷いよ~。ぼくはきみを助けたのに~……」

「だ、だから悪かったわよっ!」

 蹴られた顔を前足でさすりながら、黒猫は恨みがましくウサギさんを睨みつけます。

 助けた上に蹴り飛ばされたのですからこれぐらいは当然ですね。

「それよりもどうしてここにいるのよ? 猫の足じゃ絶対に追いつけないはずよ」

「えっへへ~。それは秘密~」

「むかつくわね」

「………………」

 秘密にするほどのことではないのですが、何となくウサギさんに教えるのは癪だったので言いませんでした。

「あの虹を見に来たんでしょ?」

 黒猫が崖にかかった虹に顔を向けます。

「そうよ。おかしい?」

「おかしくはないけど。理由は気になるかも」

「むう。助けてもらった借りを返す程度のことは教えるべきかしら……」

「……そこで本気で悩まないでほしいなあ」

 なんて助け甲斐のないウサギさんだろう、と黒猫は溜め息をつきました。

 もちろん助けたことを後悔したりはしていないのですが、それでもやりきれない気持ちが抑えられません。

「遠くから虹が見えたの」

「うん」

「すごく綺麗だって思ったから」

「それだけ?」

「……だから、近くで見たらもっと綺麗なのかなって。一番近くに行けば綺麗なものに触れられるかなって、そう思ったの」

「そっか」

「でも、虹は遠いね。こうやって近くで見るのが精一杯。でもまあ、満足しておくべきなんでしょうね」

「………………」

 少しだけ寂しそうなウサギさんを見て、黒猫は胸が痛くなりました。

 虹は崖の中ほどにある足場から伸びていて、そこから空中にアーチを描いています。

 空を飛べない、翼を持たないウサギさんではそこに触れることは出来ないのです。

「触れるかもしれないよ」

 だから黒猫は言いました。

「ぼくならウサギさんを虹が触れるところまで連れて行ってあげられるよ」

「どうやって?」

 胡散臭そうに黒猫を見つめてくるウサギさんでした。

 その視線にちょっぴり悲しくなりながらも、それでも黒猫はめげません。

「っ!?」

 ばさり、と黒猫は心の翼を広げました。

 黒い翼は力強く羽ばたきます。

「ぼくなら連れて行けるよ、ウサギさん」

「う」

「ただし、ぼくに抱っこされる必要があるけどね♪」

「うげ」

「『うげ』まで言わなくても……」

 せっかく好意で言ったのに、またもや冷たい反応をされてしまった黒猫は、いっそのこと自分だけ飛んでいって虹に触って自慢してやろうか、なんてことまで考えました。

「だ、抱っこされてあげないこともないわ」

 そっぽ向きながら、非常に不本意ですというオーラを撒き散らしながらウサギさんは言いました。

「いや、ぼくは別に一人で行ってもいいんだけど」

 ちょっと意地悪を言ってみます。

「つ、連れて行きなさいよっ!」

 素直になれないウサギさんは怒りながらもそう言いました。

「はいはい。じゃあ後ろから失礼」

 ウサギさんの背後に回り込んで、そのまま抱っこします。

 抱き締められている風になっているのがウサギさんには非常に面白くありません。

 むすっとした表情のまま空へと飛び上がります。

「わっ!」

 地面から身体が離れたことにウサギさんが不安そうな声を上げます。

「怖い? なら戻るけど」

「行く! ここまで来て諦められるものですかっ!」

「はいはい」

 臆病なのに負けん気だけは強いウサギさんを微笑ましく思いながらも、黒猫は虹へと進むのでした。


「う、わあ……」

「間近で見てもやっぱり綺麗だね」

「うん!」

 ウサギさんが触りやすいように、黒猫は虹へと近づきました。

 そっと前足を伸ばします。

「あれ、なんか、思ってたのと違うかも」

 ウサギさんは首を傾げました。

「どうしたの?」

「虹って、触れると思ってたけど、触れなかったよ」

「?」

 ウサギさんは今、間違いなく虹に触れています。

 しかし触れたところにあるのはウサギさんの前足だけで、そこから虹がぼやけています。

「感触っていうのがないみたい。ちょっとじめじめしてるけど」

「そっか」

 期待していたのとは少し違ったようで、黒猫も拍子抜けしてしまいました。

「残念だったね」

 労るように声をかけます。

 しかしウサギさんはふるふると首を振りました。

「ううん。きっとこれが正しいことだから」

「正しい?」

「うん。綺麗なものはきっと、触れられないから綺麗なんだと思う。届かないから美しいんだと思うから。わたしは近くに行けただけで、触れることに挑戦出来ただけで満足よ」

「そっか……」

「うん。だから、その……」

「ん?」

「あり……がとう……と言ってあげないこともないわ」

「……そこは素直にありがとうって言ってくれてもいいんじゃないかなぁ」

 やれやれと溜め息をつく黒猫でした。


「でも、ちょっとだけぼくも嬉しかったよ」

「何が?」

「ぼくはこの翼で空を駆ける。それが全てで、空の向こうに行きたくて、もっと速く飛びたくて、それだけだと思ってた」

「………………」

「でも、それだけじゃなかった。こうやって届かないものを目指すため、綺麗なものを、美しいものを探しに行くためでもあったんだ」

「そうかもしれないわね……」

 たどり着いたひとつの答えに、ウサギさんは頷きました。

「きみのおかげで分かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 これからも黒猫は空を飛び続けます。

 誰よりも速く、空を目指します。

 空の彼方、星の向こうまで、ずっと。

 そしてまだ見ぬ綺麗なものを探しに行くため。

 届かないものなんて、どこにもない。

 黒猫はそう信じています。


「わたしも一緒に探してあげるわよ」

「え?」

 ウサギさんのぶっきらぼうな物言いに黒猫が首を傾げます。

「この世界にある綺麗なものは、虹だけじゃない。きっと、もっともっと沢山の綺麗なものがあるはずだわ。あなたはそれを探しに行きたいんでしょう?」

「そ、そうだけど」

「だったら目的はわたしと同じよ。だから一緒に探してあげる」

「つまり……連れて行けと?」

「文句ある?」

「……ぼくがきみを運ぶの?」

「わたしが移動できないところではお願いするかもね」

「結構重たいんだけどなぁ」

 本音をぼやいた黒猫にウサギさんがギロリと睨みつけます。

「ひうっ!」

 絶対零度の視線にびくつく黒猫でした。

 完全に迫力負けしています。

「わたしは、重く、ない」

 わざわざ言葉を切って主張するウサギさんはとても怖いです。

「は、はひ! とっても、軽い、デス」

 びくびくしながら答える黒猫でした。

 立派な脅迫風景ですね。

「じゃあ行きましょうか。さっき空を飛んだときにあっち側で花畑が見えたわ。すっごく綺麗なお花が沢山咲いているの。まずはそれを見に行きましょう」

「はーい……」

 完全に仕切られていると思いながらも、黒猫はウサギさんに付いていくのでした。


 こうして独りきりだった黒猫は、新しい仲間を得ることができました。

 これからウサギさんと沢山の綺麗なものを探しに行きます。

 その過程で、新しい出会いや、大切なことに気付くこともあるかもしれません。

 ただ一つ言えることは、黒猫はもう寂しくはないのだということです。


 飼い主に捨てられて、一人きりで震えていたあの公園は、もう遠い思い出になっています。

 だけどあの日から拭えなかった寂しさと孤独は、ずっと黒猫の心を苛んでいました。

 今の黒猫は独りではありません。

 ちょっと怖くて、だけど温かい、素敵なウサギさんが傍にいてくれるからです。


「待ってよ、ウサギさん」

 追いかける黒猫の声は、今までで一番弾んだものでした。

 独りきりじゃない。

 そのことが、とてもとても嬉しくて心強いことだったのです。


 黒猫とウサギの新しい旅が始まります。


完結であります。

ウサギさんは多分ヒロイン。

怖いけどヒロイン。

もしくはヒドイン。


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