8話 ヤイダは隣の美少女JKを拾う
季節は秋だ。
10月になって急に寒くなったこともあり、猛烈にうどんが食べたくなってスーパーに買い出しに出かけた。
そして家にたどり着いて――
「えっ?」
明らかにおかしな状況だった。
部屋の前に美少女がいる。
この前、隣の1002号室に引っ越してきた女子高生だ。
玄関扉に背中をもたせかけて廊下にお尻をついて座っている。
引っ越しの挨拶をしにきてくれたときと同じで、なんちゃって制服姿をしている。丈の短いミニスカートを履いていて、正面に回れば下着が見えてしまいそうだった。
大人の色香を身につけつつある少女の太もも。
普段なら釘付けになるはずなのに、不思議と邪な気持ちは抱かなかった。
女子高生がマンションの廊下にただ座っているだけ。
神秘的な要素はなにもないはずなのに、その光景は教会に飾られている美しき宗教画のようにすら感じた。
(って、見惚れている場合じゃない)
少女の顔は下を向いている。
廊下を歩いてきた矢井田に気づく気配はない。
(寝ているのだろうか? どうして俺の部屋の前で? どうしてこのタイミングで?)
疑問はつきない。
平日の昼間。
専業Vtuberである彼と違って、高校生は学校で授業を受けているはずの時間だ。
こんなところで無防備に寝ていることはあり得ない。
(何があったのか)
想像もつかない。
呼吸と共に身体がわずかに動いているから、少なくとも死んでいる訳ではないだろう。
とはいえ、このまま放っておくことはできない。
彼女が邪魔で家に入れないし、こんな肌寒い時期に彼女を外に放り出しておくのも忍びなかった。
白い太ももの大部分を外気にさらしていて寒そうだ。
「おーい」
呼びかける。
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞー」
反応がない。
色々と大声で呼びかけてみたけど効果がなかった。
余程熟睡しているのだろう。
「すいませーん!」
手に負えないと思って、彼女が住む1002号室のインターフォンを押したり、ドアをノックしたりしてみるけど反応がない。
両親は仕事で不在のようだ。
(まぁ、こんな時間だしなぁ)
仕方がない。
未成年の美少女の身体に触れることは気が引けるが、意を決して彼女の肩を揺すった。
肩を押した方向、つまりは俺から見て奥側に彼女は倒れた。
受け身をとることもなく、ドサッと。
「えっ、死んだ?」
名探偵なアニメでよく見るやつだ。
座っている人に呼びかけても反応せず、身体を揺するとそのまま倒れてしまうやつ。そしてヒロインや一緒にいたモブだかが悲鳴をあげるやつ。
働いていた頃、矢井田は上司から「お前はどん臭い」とよく怒られていた。
現に今も「女子高生が死んだかも?」と思ったのに、事態を飲み込めず、悲鳴をあげることすらできなかった。
こうして目の前で死んでいるのに――
「って、違う違う」
彼女は死んでいない。
少なくとも生きてはいる。
もしも本当に彼女が死んでいたら、肩を揺すっただけなのに殺人犯と疑われるところだった。
警察は第一発見者を疑う。
半分引きこもり状態なおっさんなど怪しさマックスだ。
「あ、パンツ見えた」
白いショーツだ。
物凄く可愛い美少女のショーツ。
こんな状況じゃなければ心躍ったかもしれない。
「まずいな」
苦しそうに顔をしかめている。
汗ばんだ額が色っぽい。
美少女はしかめっ面でさえも絵になるらしい。
それはそれとして、明らかに具合が悪そうだ。
「ちょっと失礼」
額に手をあてる。
「あっつ!」
矢井田の平熱は37度付近でどちらかと言えば高い方だ。
そんな彼ですら触った瞬間に熱いと感じた。
かなりの高温だ。
外に放置したら風邪を引いてしまうどころの話ではなかった。
既に発熱している。
「ぅー」
弱弱しいうめき声が聞こえた。
「起きたのかッ!?」
「……さむい」
目を閉じたまま、彼女がボソッと呟く。
「さむいよぉ」
彼女は時折身体を震わせている。
先日見たときと比べて血色が悪く、唇も青くなっていた。
高熱の状態で外の肌寒い気温は最悪だ。
「くそッ、大丈夫か!?」
呼びかけても意思疎通ができる状態ではなかった。
何をすべきかは分かっている。
彼女を部屋の中に運んで、布団を被せて身体を温めることだ。
分からないのはただ一つ。
どっちの部屋が正解なのか。
矢井田の部屋か。少女の部屋か。
矢井田の部屋の場合、目覚めたときにこの子が驚いてしまう。おっさんの部屋に連れ込まれるのだ。下手をすれば通報されるかもしれない。
逆に少女の部屋の場合、さすがに矢井田がずっと彼女の部屋の中にいる訳にはいかない。ベッドに寝かせるなりしたら部屋を出るつもりだ。でもそうすると、もし具合が悪くなったりしても気がつけない。
「……仕方がない」
通報されるリスクはあったが、それでも彼女の身体の方が大事だ。
矢井田は自分の部屋に連れていくことを決心した。
「なむさん!」
脳裏に巡る様々な懸念を掛け声とともに追い出して彼女を抱き上げた。
背中と膝裏を両腕で支える形だ。
背中はともかく膝裏は肌が露出している。
(……汗が凄い)
腕にベタベタした汗がまとわりつく。
矢井田はこんとなときに不謹慎ではあるが、彼女が美少女で良かったと思った。
他人の汗なんてあまり触りたいものではないが、彼女みたいな美少女の汗ならアリだ。
彼女をベッドに寝かせて布団を被せる。
(おっさん臭い布団でごめんな)
布団を被った彼女の表情が徐々に和らいでいく。
「あったかい……」
良かった。
矢井田は胸を撫でおろす。
この感じなら救急車を呼ぶ必要はなさそうだ。
でも安心はできない。
そもそも発熱していることは間違いないが、どれくらいの高温なのかは分からない。
家にある体温計は脇で測るタイプのものだ。
さすがに麗しき女子高生の脇に突っ込んで体温を測る勇気はなかった。
◆
彼女をベッドに寝かせてから、しばらく様子を見る。
ぐっすりと眠っていた。
矢井田は今の内に必要なものを買いに行くことにした。
もしも彼がいないときに目が覚めた場合のことを考えて、机の上にメモを書いておく。
簡単に状況を説明した上で、目が覚めたら傍に置いてある鍵を使って扉を施錠した後、玄関ポストに投函しておいてほしいことを記した。
これでバッチリだ。
運動不足で太った身体に活を入れながら走る。
薬局が併設されている近所のスーパーへと向かった。
ポカリや冷えピタと言った風邪の定番グッズを買いあさる。
食欲が出ないときのためにヨーグルトやプリン、ゼリーといった食べやすいものを買っておく。
「後は……フルーツでも買っておこうか」
風邪になったときには必ずこれを食べる。
人それぞれそんな定番の食材があると思う。
矢井田の場合はフルーツだった。
風邪を引いたときはいつもより奮発して高めの果物を買ったりしている。
「シャインマスカットにしよう」
旬の果物だし、さっぱりしていて食べやすいから丁度いい。
少し値段は張るが。
「ハーゲンダッツも買っておくべきか?」
矢井田は風邪のときにアイスは食べない派だ。
でも風邪をひいたらハーゲンダッツという話も聞く。
定番のバニラ味と期間限定の芋味をカゴに放り込んだ。
「……ちょっと買いすぎたかな?」
なんでもかんでも買いすぎたかもしれない。
買い物カバンがパンパンだ。
実は矢井田はこの状況を楽しんでいた。
誰かのために、あれを買おうこれを買おうと考えを巡らせる。
仕事を止めてからはVtuberとしての活動以外はほとんど誰とも関わらなかったから新鮮だった。
だからついつい色々買ってしまう。
「足りないよりは余程いい」
自分にそう言い訳しつつ、少女が待つ家へと走って戻った。




