4話 神に愛されし子
これは――私が絶望する前の話。
◆
私は神に愛されし子だ。
冗談抜きにそう思う。
人間は神に似せて創られたという話を聞いたことがある。
きっと神は私とそっくりだったに違いない。
それほどまでに完成された美貌がある。
私が歩けば男は見惚れる。ついでに女も見惚れる。
天は二物を与えずという言葉があるが、そんなのは嘘だ。
少なくとも私には当てはまっていない。
運動神経も抜群だし、性格も天使のごとく素晴らしい。
最低でも三物は与えられている。細かく語ればもっとあると思う。
私は可愛い。
世界中から愛されるべき人間だ。
誰もが私のようになりたいと思っていることだろう。
ただ、平凡な容姿しか持たない人たちには決して分からないことだろうけど、素晴らしすぎる容姿を持つというのはメリットだけじゃない。
持てる者には持てる者なりの苦しみがある。
「おはよう、相本さん」
登校中、元気の有り余った男子が私の傍を通り過ぎる。
そのまま黙って行けばいいものを、わざわざ私に挨拶していく。
見たことある顔だ。
名前なんだっけ? まぁ、どうでもいいか。
同じクラスならともかく、違うクラスの男子の名前なんて覚える意味がない。
「おはよう」
にっこりと、天使の微笑みを返す。
「うぉー! 今日はいい日だ、頑張るぞ!!」
舞い上がった男子が走り去った。
私は美少女だ。
男子たちはそんな私と少しでも接点を持ちたいと群がってくる。
可愛さ故の弊害。
面倒だけれど、愛想よく応対する必要がある。
彼らが私に抱いている、外見も内面も素晴らしすぎるスーパー美少女・相本イコちゃんのイメージを守らなければならない。
有象無象の相手をしながら、いつものように学校に登校する。
私の通う高校は、校舎内は土足ではなく上履きを必須としている。
入り口の下駄箱で上履きに履き替えようとすると、男子たちの視線を感じた。
美少女が男の視線に晒されるのは仕方のないことだと言う人もいるかもしれない。
でも……私は仕方がないという言葉が嫌いだ。
誰かが私に言ってくれるならいい。むしろ好き。
私のために折れてくれたということだから。
でも、その逆は?
私が仕方がないと言うのなら、それは私が何かに折れたことを、何かを我慢したことを意味する。
そんなの許せない。
どうして私が妥協する必要がある?
欲にまみれた視線が私に注がれていた。
靴を履き替えるときにパンチラしないか期待しているのだろう。
確かに私はミニスカートを履いている。
少し屈めば見えてしまいそうになる。
でも、どう動けば見せずにすむか、そのあたりの心得は完ぺきだ。
私は可愛すぎるから、多くの人から見られることは宿命と言っていい。
その宿命を仕方がないことだと諦めるのは絶対に嫌だ。
だから不意に大事なところを見られないように、いつも気を張っている。あらゆる隙をなくしている。
神に愛された美少女であるが故の努力をしているのだ。
私のショーツはプレミアものだ。私が履くだけでその価値は桁外れに跳ね上がる。
1億円払ってくれたら遠くから一瞬だけ見せてやってもいいけど、しれっと覗こうとしてくる輩になぞ見せてたまるものか。
そんなことを考えていたせいか、成金野郎に札束で叩かれてスカートをたくしあげさせられている自分の姿が脳内に浮かんでしまう。
今の私は特にお金に困っていないが、何らかの事情で貧乏になって普通に生きていくのも困難な状況に陥ったのだろう。
極貧美少女になった私に、脂ぎった中年のおっさんが下品な笑みを浮かべて札束を手に持って命令するのだ。
スカートをたくしあげろと。
私は屈辱にまみれながら自分の意志でスカートの裾を持ち上げていく。
「あぁ……」
気持ち悪い。
おぞましい。
世界で一番可愛い私が穢されていく。
身体がゾクゾクと震えた。
靴を履き替えて周囲を見渡す。
変態男子どもと目が合う。
私は当然、彼らを見下した目で見つめる――なんてことはせず、無邪気な天使を装ってにっこりと微笑んだ。
男子たちが情けなく「うっ」と声を出しながら、身体を屈めた。
誰も彼もが超絶可愛い私に対して、それぞれの妄想したイメージを抱いている。
私はそのイメージを守ってあげているのだ。
やれやれ。
美少女も大変だぜっ。
◆
2年A組の教室に入った。
室内では既に登校している生徒たちが思い思いに雑談したり、一限目の授業の準備をしたりしている。
「おはよー!」
私の美声で、教室中の視線が私に集中する。
美少女の元気なキラキラ笑顔に意識を奪われて、彼らの動きが止まる。騒然としていた室内が一気に静まり返る。
この瞬間が――みんなが私に意識を奪われる瞬間が、私は好きだ。
この教室の中心が私だと証明している。
「おはよう、イコ」
友人の挨拶をかわきりに、ざわめきが戻っていく。
その友人・鮫島リカコがいるグループのところに――厳密には私の机があるところに――近づく。
彼らはいつも私の机を中心に集まっている。
「おはよー」
「相変わらず美少女だねぇ」
呆れたようにもう一人の女子・深津アヤが笑う。
「「おはよう相本」」
私が属しているグループは全部で5人。
私とリカコ、アヤの女子3人と、男子2人だ。
その男子2人、源田と宮本が揃ってあいさつをしてくる。
「おはよう、源田クン、宮本クン」
名前を呼ばれた男子2人は頬を染めて気持ち悪く笑っている。
ありがたく思いたまえよ、源田と宮本!
私は超絶美少女だし、リカコとアヤはそこそこ可愛い。私の存在を考慮しなければ二年生の中でもトップレベルだ。
男子2人も、源田は野球部、宮本はサッカー部のエースとして活躍している。私は特に興味がないけど、顔もイケメンで女子の人気は高いらしい。
要するに私たちのグループは、いわゆる1軍グループというやつだ。
美少女である私はクラス内のカーストで一番上にいなければならない。
そういうものだ。
◆
私は部活には入っていない。
普段は授業が終われば、すぐ家に帰っている。
でも今日は用事があった。
「あれ、どうしたの?」
アヤが聞いてくる。
「体育館裏に呼び出された」
「おー、今日もか」
リカコが呆れている。
放課後に体育館裏。まぁ要するに、無謀な男子が私に告白しようとしているということだ。
超絶美少女で心も清らかな相本イコという天使――つまり私は、面倒ではあっても男子の告白を無視する訳にはいかない。
リカコたちに告白する男子の名前を伝える。
「来る?」
「パスかな」
「私もやめとく~」
リカコとアヤが首を横に振った。
彼女たちは肉食獣だ。狙った獲物を逃がさない。
私という一等星に目がくらんだ男子が、その星に手が届かずに俯いた瞬間に優しく足元を照らすことで、男子の心を鷲掴みにする。
私に告白しようとする男子が、彼女たちのお眼鏡にかなう人物であれば、一緒についてきてくれる。しかも私がフッて傷心になった男子の心のケアをしてくれる。
だからリカコたちが来てくれたら物凄く楽だ。
でも白状な友人たちは「頑張れ~」と笑いながら帰っていく。
残念なことに今回はお眼鏡にかなわなかったらしい。
ちぇっ!
「さて、もう少し待とうかな」
まだ下校や部活に行く準備をしている者も多い。もう少し待ってから、告白場所に行った方がいいだろう。
スマホでも弄って時間を潰そうかと思っていたら、室内に残っていた男女4人の会話が聞こえてきた。
「可愛いよねぇ」
「うんうん、最高に可愛い」
「俺の嫁……いや、俺のママ」
「あんたのママじゃない。みんなのママだから」
男女4人は、いわゆるオタクグループだ。
私の属するグループがクラスカーストで上に位置しているとすれば、彼らは底辺だ。
そんな底辺グループのオタクたちが可愛い可愛いと言っている。
間違いない。私のことだ。
――あぁ、私って罪だ。
彼らオタクは二次元しか愛せないと聞いたことがある。
でも私の可愛さはオタクどもにも通用するらしい。
二次元しか愛せない彼らに、三次元の愛を伝道できるなんて。
さすが私っ!
今度から愛の伝道師とでも名乗ろうかな。
「マジで可愛いよなぁ、野地ヤロリ」
うんうん。
野地ヤロリはマジで可愛い――って、誰それ!?
「誰!?」
クワッと目を見開いて、机にバンと両手を叩くように置きながら問い詰める。
突然のことに彼らが驚いている。
普段の愛されキュートガール・相本イコのイメージから外れた行動かもしれないが、今はそんなことに気を遣う余裕はなかった。
「野地ヤロリって誰!?」




