34話 ヤロリの戦い
矢井田は野地ヤロリとして配信を再開する。
炎上騒動については全くの事実無根であること。
件の配信者とは一切関係のない別人であること。
活度休止についても完全にプライベートな理由であり、Vtuberや配信者とは一切関係がないこと。当然、恋愛関係でもないこと。
公式な見解として、現在蔓延っている噂を全て否定した。
[俺はヤロリを信じる]
[あの女配信者、便乗して登録者数増やそうとしている感じだし別人だと思う]
[ヤロリは俺たちのヤロリだった!]
[言うだけなら何とでも言えるっての]
[裏でよろしくやってんだろ]
[ヤリマン死ね]
コメントはヤロリを信じる者と信じない者で二分されていた。
本人がしっかりと否定することで、ヤロリに味方する者が増え始めているが、それでもまだ、炎上騒ぎにあやかって誹謗中傷を止めない者は多くいた。
配信をする者にとって、批判的なコメントは切っても切れないものだ。どうしてもアンチという存在は出現する。
一概に彼らが悪だと言い切ることはできない。彼らを全て排斥することは困難だし、もしも排斥してしまえば、一緒に普通のファンまでいなくなってしまうだろう。
だが誹謗中傷をする者たち。
彼らは明確に敵だ。
好意に基づこうが、悪意に基づこうが関係ない。
配信者に対して誹謗中傷をする者は、配信者の敵だ。
ヤロリは――矢井田は彼らと戦うことを決意していた。
「……」
今から重大な発表をする。
恐らく反響は大きくなるだろう。
良くも悪くも注目されることになるはずだ。
[どうした?]
[マイク壊れた?]
ヤロリアンたちが黙り込んだヤロリを心配している。
ごくりと唾をのみ込む。
(本当に、良いのか?)
直前になってしり込みしてしまう。
彼らはどう思うだろう。
たくさんの人に嫌われてしまうかもしれない。
[頑張って]
旧都アグレスのコメントが目に入った。
彼女は矢井田がやろうとしていることを知っている。
理解を示し、応援すると言ってくれた。
「わしは戦うと決めたのじゃ」
[いきなりどうした?]
[何と戦うの?]
[もっと真剣に謝罪しろよブス]
画面の向こうに旧都アグレスがいる。
壁の向こうに相本イコがいる。
矢井田と彼女の間には物理的な隔たりがある。
だが矢井田は、彼女が自分のすぐ傍に寄り添ってくれているような気持ちになった。
(もう逃げない)
目を閉じる。
脳裏にイコの笑顔が浮かんできた。
可愛いだけの少女ではない。
ナルシストで変態で独占欲が強い。
お世辞にも内面が優れているとは言い難いだろう。
それでも彼女の存在は、矢井田の背中を押してくれる。
「今回の騒ぎで、わしは多くの者に批判されたのじゃ。信じてもらえぬことは悲しくはあったが、その批判は甘んじて受けれよう。じゃがのぅ、度をこした誹謗中傷は別じゃ」
人格を否定するような発言に泣き寝入りしてやる理由なんて何もない。
矢井田には失うものがない。
Vtuberとしての活動は個人でやっているし、定職に就いている訳でもない。
だから、とことん戦うつもりだった。
[まじか]
[Vtuberへの誹謗中傷って認められるんだっけ?]
[中の人に対する批判じゃないとダメなんじゃないの?]
「中身に対する発言じゃろうが、Vtuberというガワに対する発言じゃろうが事実無根の発言じゃろうが、関係ないのじゃ。わしに向けられた誹謗中傷であれば戦うつもりでおる。無論、負けてしまうかもしれん。じゃが勝ち負けなんぞ関係ない。わしは戦うと決めたのじゃ」
[完全に覚悟キマッてて草]
[いいぞ、全力でやれ]
[はぁ? つまんねーことやめろって、まじでつまんねーから]
[今の内に発言消しとこ]
まずいと思ったのか、過激な発言をしていたアカウントの中には、早速過去の発言を消去している者もいた。
(素早い動きだ)
慌てて逃げ出すぐらいなら最初からやらなければいいのに、と思った。
相手の嫌がることはしてはいけない。
彼らはこどもの頃に習う初歩的なことすら忘れている。
(思い出させてやる)
黙ってやり過ごすことがスマートな対処方法なのかもしれない。
余計な波風を立てるなと言う者もいるかもしれない。
野地ヤロリというVtuberのイメージも崩れてしまうかもしれない。
(そんなの知ったことか!)
「消しても無駄じゃぞ。全部記録しておるからのう」
データを収集するプログラムを組むのは、仕事でもやったことがあるからそれを応用するだけでよかった。
誹謗中傷にあたりそうなものを可能な限り収集した。誰がどこでいつ何をコメントしたかを記録している。
ここから更に人力で、より誹謗中傷にあたりそうなものを選別していく必要があるが、そういう地道な作業は得意だ。
[止めろよ、余計なことすんな!]
[そういうのダサイと思うなぁ、幻滅されちゃうよ?]
[ヤロリのイメージと合わないことしない方がいい]
必死になってヤロリを止めようとするコメントが流れていく。
その発言をした者の多くは、何らかの形で心当たりがあるのだろう。
中には過去の発言を後悔している者もいるかもしれないが、決して許す気はない。
[俺は未成年だから無罪だわ(笑)]
「未成年であっても訴えるのじゃ」
[はぁ? 意味わかんねーし、未成年なら訴えられないっつーの]
「未成年であろうが訴えることは可能じゃぞ。相手が誰であれ、何歳であれ、わしは戦うことを決めておる」
大人と同程度の罰にはならないかもしれないが、少なくとも訴えることは可能だし、こどもだから罪には問われないなんてことはない。
[お前マジでキショい! 死ね!]
暴言が連投される。
この期に及んでまだ現実が見えていない。
もしかすると未成年の中でも、かなり幼いこどもなのかもしれない。
「脅しではなく、単なる事実としておぬしに告げる。わしはおぬしを訴えるのじゃ」
暴言の連投が止まった。
ようやく状況が良くないことに気づいたのかもしれない。
「誹謗中傷に対して、仕方ないと諦めることはせぬ」
嫌なことを嫌と言う。
ずっとできなかったことだ。
そのせいで前の職場では心を病んでしまった。
「わしはわし自身のため、そしてわしを応援してくれる者のために戦うことを決めたのじゃ」
でも今は、かつての自分とは違う。
矢井田の背中をバシッと叩いてくれる、イコという少女が傍にいる。
改めて自分自身に、そして画面の向こうに、宣言する。
「徹底抗戦! なのじゃ!」




