13話 分からせ派と下僕派
Vtuber野地ヤロリとして人気が出た以上、厄介なファンはいる。
その一人が旧都アグレスだ。
彼は自分を省みることがない。
常に自分が絶対に正しいと思いながらコメントをしている節がある。自分の発言は常に正しいし、自分がヤロリの寵愛を受けて当然だと思っているようだ。
いつも高額スパチャをして面倒なコメントばかりするので、他のヤロリアンたちからもその存在を認識されていた。
というか、嫌われている。
気持ち悪いガチ恋勢として。
イキッた指示厨として。
ヤロリを持ち上げて他のVtuberを下げる対立厨として。
矢井田自身は旧都アグレスのことを嫌ってはいなかった。
確かに問題のある人物だとは思う。
対応に困るコメントばかりする。
(でもチ〇コの画像を送ってきたりはしないし……)
リアルを特定しようとしてくる頭のおかしいストーカーでもない。
実は以前に旧都アグレスがダイレクトメッセージで、初期の頃の配信動画に、住所の特定に繋がりかねない情報があることを教えてくれた。
改めて過去の動画を見返してみると、確かに1001号室に住んでいることを喋ってしまっていたし、他にもいくつかヤバいなと思うものがあった。
該当する動画はもう削除したから、これでもう住所の特定はできない。
旧都アグレスのお陰だ。
彼はよく上から目線でアドバイスをしてくる。
でも、それは本当に矢井田のことを想ってのアドバイスなんだということに気がつけた。
(ちょっと……ちょーっとばかり空気が読めていないけど)
自分本位で、相手の立場になって考えるということができないだけなのだ。
だから、それ以来、彼のことを余り嫌いにはなれなかった。
後は単純に、ヤロリアンの中でもトップレベルに高額スパチャをしている人物なので、大事な大事な太客だというのもあるが。
そんな扱いに困る旧都アグレスは、毎日のようにコメントしていた。でも1週間ほど前から姿を見なくなった。
スパチャは当然のこと、コメントも一切していない。
旧都アグレスのことを快く思っていないヤロリアンの中には、『旧都アグレス死亡』と書き込んでいる者までいる。
心配だ。
野地ヤロリに飽きて、他のVtuberのところに行ったという可能性はないと思う。
もしかしたら事故にあったり病気になったりしたのかもしれない。
いたらいたで面倒なファンではあったけど、いないと寂しい。
きっと今日も彼は来ないだろう。
少しモヤモヤした気持ちを抱えつつ、今日も配信を行う。
雑談をしている内に好きな漫画の話になる。
一番好きな漫画である地上最強の親子喧嘩な格闘漫画について語った。
Vtuber野地ヤロリは美少女だ。
そんなヤロリが、どちらかと言えば男人気が高い漫画を紹介することにはリスクもある。
中身が男ではないかと疑われることはまずないだろう。どちらかと言えば、「親しい男に影響を受けて好きになったのではないか」という疑問を持たれる可能性が高い。
こればかりはどうしようもない。
そこを気にして、いわゆる女の子女の子したものを無理に語ってつまらない配信になってしまうより、本気で好きなものを語る方が良いはずだ。
「わしは鬼じゃからのぅ。肉弾戦には血が沸くのじゃ!」
[普段は完全に忘れ去られている鬼設定]
[お前……鬼だったのか]
[ヤロリをボコボコにして土下座させて屈服させたい]
[ヤロリにボコボコにされて土下座して屈服したい]
偶然にも似たように変態的で、それでいて正反対のコメントがほぼ同時に投稿された。
どっちの内容も気持ち悪かったから声が引きつってしまう。
「お主らはわしを屈服させたいのか、屈服させられたいのか……どっちなんじゃ……」
[ドン引きで草]
[ヤロリアンには分からせ派と下僕派の2大派閥があるから]
野地ヤロリはのじゃロリだ。
幼い造形をしていながら偉そうな態度をとる。
だから生意気な少女を分からせたい派と、見下されて罵倒される下僕になりたい派ができているらしい。
(意味が分からない)
地上最強な親子喧嘩な漫画は元々人気の漫画だったし、ちょうど最近、有名なバラエティ番組で芸人たちが面白おかしく語っていたこともあって、ヤロリアンからの受けはかなり良かったと思う。
心配していた、男の影響を疑うようなコメントもほとんどなかった。
[僕も読んでみようかな]
流れるコメントの中に、旧都アグレスの名を見つけた。
思わず反応してしまう。
「お主、生きておったのか」
[【悲報】旧都アグレス生存確認]
[厄介ガチ恋ニキ生きとったんかワレ]
[いないと寂しかった。ヲチ対象的な意味で]
ヤロリアンが彼の生存に驚いた後、いつものようにヤロリアンたちの旧都アグレスに対する否定的なコメントが流れていく。
◆
配信が終わってすぐにイコから連絡があり、彼女が矢井田の部屋に遊びに来た。
今日のイコは制服ではなく、グレーのパーカーを着ている。
オーバーサイズで下には何も履いていないように見える服装だ。
履いていない訳じゃなくて、ショートパンツを履いているだけだ。勘違いしてはいけない。
「今日は何の用だ」
「用がなきゃ来ちゃダメなの?」
「そういう訳じゃないが……俺みたいな独り身のおっさんの家に、目的もなく来る必要はないだろ?」
「前にも言ったけど、それは私が決めることだから」
イコは勝手知ったる我が家と言わんばかりに冷蔵庫を開けている。
矢井田が作ったゴーヤ茶を飲む。
「ぷはぁ、やっぱこれだね」
一応健康に気を使ってみようかと最近飲み始めたものだ。
イコはその味が気に入ったらしく、家に来たときはいつも飲んでいる。
「来たいと思ったら来るし、来たくなかったら来ない。ただそれだけだよ」
「……一応、俺にも都合があることは忘れるなよ?」
「でもヤイダは無職なんでしょ」
「いや、ちょっとこう、在宅ワーク的なことをちょっとしてて」
バ美肉Vtuberやっています。
なんて言える訳はない。
「ふーん」
くるくると自分の髪を手でいじりながら、何かを考えている。
イコの看病をしてから1週間。
毎日のように彼女は家にやってくる。
まだまだよく分からない少女ではあるが、ハッキリと分かっていることもある。
彼女はとんでもないワガママ女だ。
矢井田がイコを最優先にして当然だと思っているらしい。
とてつもない美少女だ。ずっと周りからチヤホヤされてきたのだろう。
自分の望みを叶えるためにその美貌を活かすことにためらいがない。
矢井田が嫌がっている・イコの望みを叶える気がないと判断するやいなや、きゅるんとした目で上目遣いで頼み込んでくる。
(そんなもの――頷くしかないだろう!)
あざとい彼女の姿に逆らえずに頷いてばかりだ。
とはいえ、さすがに配信の邪魔は許せない。
今のところ奇跡的に、イコが遊びに来る時間と配信時間は被っていないが、もしも被ったなら、どれだけ嫌がってもイコを追い出す必要がある。
「仕事は大事だからね。うん、絶対に仕事の邪魔はしない」
「えっ? あ、おう。ありがとう」
意外だった。
仕事だろうがなんだろうが私を優先しろと言うんじゃないかと思っていた。
ワガママ女だと思っていたけど優しいところもあるようだ。
「でも仕事以外なら私を優先しなきゃダメだからねっ」
いや、やっぱりワガママ女だった。
「だから俺にも都合が――」
「ダメ」
イコが矢井田を指さす。
「ヤイダは定職についていない独身のおっさん」
次に、可愛くポーズをとりながら自分の頬に指をあてた。
「私は超絶美少女な女子高生」
イコは超ナルシストだ。
でも、イコが信じられないくらいに可愛いことは事実である。
彼女の自信は、ちゃんとした根拠に基づいている。
「だからヤイダが私を優先することは当然でしょ?」
「ぐっ……」
何も言い返せない。
ヤロリアンの二大派閥だとかいう分からせ派と下僕派。
どっちの派閥の気持ちも少し分かる気がした。
次の配信からはもう少し彼らに理解を示してあげようと思った。
何も言い返せなかったことで勝利を確信したのだろう。
イコがふふんと勝ち誇る。
――分からせ派に少し気持ちが傾いた。




