21day5
「紗枝」
空を切った手を眺める。
「紗枝」
そうしていてもなにも変わらない。
「紗枝」
崩れた道から下をみる、人が動いていた。
「紗枝っ」
叫ぶ、それは紗枝だった。下は水だったようで無事であった。紗枝が叫び声に気づき手を振る。
「斎藤、救助部隊は」
振り返り斎藤に聞く。
「ちょっと待ってろ」
そう言うと斎藤はどこかに電話を掛け始める。
「ママは、ママは無事」
「ああ、下が水で助かったよ」
そのときまた電話が鳴る、
「パパ取ってこようか」
「いや僕がとってくるよ、菜々美はママが危なくないか見ていてくれ」
「うん」
菜々美に、紗枝のことを頼み、僕は電話のもとに向かう。電話は、道の端に捨てられたリュックの中で鳴っていた。僕はそれを取り出し、電話を切る。また鳴る。即切る。また、鳴る。今度は出た。文句を言うために出た。
「何度も何度も」
「よう、井上」
聞き覚えのある声、そして聞きたくなかった声。更に言えば今聞くとは思わなかった声。だから僕は電話を取り落としそうになる。
「ど~した井上、黙りかよ」
その声は人をバカにしたような声だった。
「それともこんなところで聞くとは思わなかったのかぁ~」
その声の通り、その声は二度と聞くことはなかった。はずだった。
「お前のためだったらどこへでも行ってやるよ~」
僕はその声の主の名前を告げる。
「先輩」
「はっまだそう呼ぶのかよ、まっどうでもいいけど」
「どうして」
「どうしてだぁ、そりゃ自分の胸にでも聞いてみろよ。まっそんなことらどうでもいいんだ、ゲームを開始しよう、楽しい楽しいゲームの時間だ。死にかけの姫を魔王から助け出すって言うのはどうだ、楽しいだろう」
紗枝を巻き込むつもりらしい。
「参加するか参加しないかは好きにしろ、あっ行っとくが参加人数はお前1人だ、じゃあな俺は忙しいんだ、モンスターを使って姫を魔王のところにつれてこねぇと行けねぇからな、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ」
電話が切れる。
「パパゾンビが」
「今行く」
気分が悪かった。嫌な声を聞いたからだ。その気分を隠しつつ菜々美のもとへと戻る。戻ったところで下を見ると、紗枝のもとへゾンビが集まりつつあった。
「紗枝逃げろ」
そう叫んでからスナイパーライフルを構える、せめて少しでも時間を稼ぐしかない。そう思いながらスコープを覗く。震えて狙いが定まらない。息が荒い。適当に狙いを定め、引き金を引く。当たり前だが外れる。
「パパ、ママが水から上がったよ」
「斎藤」
これで紗枝の方は少しは安全だろう、それにゲームなんかに乗らなくとも斎藤達の救助部隊がすぐ来るなら、なにも問題はないと思い聞く。だが答えは最悪だった。
「すまんすぐには無理だ、救助部隊は予備部隊まで動いてて救助中だ」
「ああっ」
声に怒りが宿る。
「助けも必要としてないやつまで、助けを呼ぶんで、こっちに回せる手はないってよ」
「ちっ」
舌打ちをする。だがそれで決心する。
「斎藤菜々美を頼む」
「えっパパ」
「いつなら迎えにこれる」
「………………3日、3日っだ。3日後ここ、いやホテルで会おう」
「頼む」
「パパ菜々美を置いてくの」
「いやママを迎えに行くだけだ、それまで待っててくれ」
そう言ってリュックを下ろし、食料だけを取る。ここからは軽い方がいい。
「約束だよ」
「ああ、約束する、斎藤頼む」
「分かったがどうしたんだ」
「人の命をかけた最低な奴が脅してきたんだ、だからその脅しに1人で乗るしかない」
そう言い残し、たった1人で、あつらえられたかのようにあった、非常用はしごを降りていった。




