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北溟のアナバシス  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第五章 連合艦隊反撃編

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86 第六五二空攻撃隊

 隼鷹と飛鷹から発進した合計五十一機の攻撃隊は、第六五二空飛行隊長・入来院(いりきいん)良秋少佐の天山に率いられ、一路、敵艦隊を目指していた。

 攻撃隊は奥尻島の沖合から発進して、片道約五〇〇キロという行程を天山の巡航速度である時速三三三に合せて飛行を続けていた。

 攻撃隊を誘導しようというのだろう、ソ連艦隊を発見した連山は、電波を出し続けていた。その電波を捉えながら攻撃隊は進撃していたので、航法に迷うことはない。

 五〇〇キロの彼方の敵艦隊といえど、連山が電波を輻射し続けてくれる限りは確実に捕捉出来るだろう。

 ありがたいことであった。

 そして、入来院らは母艦を発進する際、攻撃終了後は樺太の豊原飛行場へ向かうよう命令を受けている。四航戦司令官・長谷川少将は往復一〇〇〇キロという距離は搭乗員にとって負担になると理解しているのだろう。長谷川少将は練成部隊である第五十航空戦隊の司令官を務めた経験がある。

 確かに第七艦隊は攻撃隊発進後もソ連艦隊に向けて前進を続けるだろうが、長大な往路を飛行し、敵艦隊への攻撃を終えた頃には搭乗員たちの疲労は無視出来ないものとなっているだろう。

 そこでさらに発進時とは位置が異なっている母艦の所在を推測・計算して飛行するとなれば、最悪、航路を誤る機体が出かねない。だからこそ、長谷川少将は陸地である樺太の飛行場を目指すように命じたのだろう。

 すでに第七艦隊の方で、豊原飛行場に攻撃隊の受け入れ態勢を整えるよう要請を出したという。豊原飛行場は民間飛行場ではあるが、日ソ開戦によってすでに民間航空機の運航は停止されている。

 長距離の飛行ではあったが、搭乗員は誰もが初めて訪れた戦艦攻撃の機会に奮い立っていた。彼らは、自分たちにこのような機会が巡ってくるとは考えていなかったのだ。

 隼鷹と飛鷹は基準排水量二万四〇〇〇トンの航空母艦ではあるが、元々は大型客船の橿原丸・出雲丸として建造が開始された船である。

 有事には特設空母に改装することを想定しつつ、一九四〇年の東京オリンピックを契機に訪日外国人が増大することを見越して建造が開始された両船であったが、結局、第二次欧州大戦の勃発によって東京五輪は中止せざるを得なくなり、それによって採算が見込めなくなった橿原丸と出雲丸は建造途中で早々に空母への改装が実施された。

 アメリカの海軍拡張計画であるヴィンソン計画やスターク計画、両洋艦隊法の成立によって、艦艇保有比率で圧倒的劣勢に陥ることが予想された日本海軍にとって、この二隻は貴重な存在だったのである。

 しかし、一九四二年にそれぞれ空母隼鷹、飛鷹として竣工したものの、一九四四年になると商船改造空母であるが故の限界に達しつつあった。

 大型化していく艦載機に対して、対応出来なくなっていったのである。

 すでに帝国海軍では艦上戦闘機の主力を烈風、艦上攻撃機の主力を流星改に置き換えつつあり、艦爆もまた流星改が担う方針になっていた。

 こうした時代の変化に対して、飛行甲板長二一〇・三メートルの隼鷹、飛鷹では最新鋭機の発着艦に難があった。

 それでも海軍は中型空母といえる性能を持つ隼鷹型を第一線に留めるため、いくつもの改装を施した。

 まず、着艦制動装置を従来の呉式から最新鋭機の重量に耐えられる空廠式に改め、昇降機も新型機の重量に対応出来るものに換装、さらには一式二号一一型射出機を装備して、辛うじて烈風の運用には耐えられる空母とすることには成功した。

 しかし、日本海を担当する第七艦隊に配属されたことからも明らかなように、日本海軍では隼鷹型の二隻を米空母に対抗する戦力とすることを、半ば諦めた節があった。

 瑞鳳など小型空母は艦隊の上空直掩や対潜警戒用として運用されている一方で、隼鷹型は艦隊決戦を担わせるにも対潜警戒を担わせるにも中途半端な機数の空母となってしまったのである。

 護衛用の空母として用いるには大型過ぎ、艦隊決戦の補助兵力として用いるには機数不足なのだ。

 だが今回、帝国海軍母艦航空隊の搭乗員が長年、夢想していたであろう敵戦艦への攻撃という任務を与えられたのは、隼鷹と飛鷹なのだ。

 だからこそ、自分たちを日陰者に追いやった大型空母の連中を見返してやるのだと、搭乗員たちは長距離飛行も厭わずに勇躍、戦艦ソビエツカヤ・ベロルシアを求めて飛行を続けていた。






 そうして、母艦を飛び立ってそろそろ二時間が経とうとする〇九三〇時過ぎ、入来院らの眼下に複数の艦影が見えてきた。


「……あれが、ソユーズ級戦艦ベロルシアか」


 偵察員席から双眼鏡を海面に向けながら、入来院は呟いた。

 写真では見たこともあるが、実際に見てみると第七艦隊の伊勢や日向などよりも遙かに大型な戦艦であることがよく判る。基準排水量五万九〇〇〇トンというから、我が大和型には劣るものの加賀型以上の巨艦ということになる。


「護衛は……、あれはオマハ級か。ベロルシアも含めて五隻だけのようだな」


 上空から観察した限り、他に敵艦は存在しない。上空にはここまで攻撃隊を誘導してくれた連山が一機、飛行しているだけであり、敵上空直掩機の姿はなかった。

 ならば、天山と彗星は思いのままに敵艦隊を攻撃出来るだろう。


「天山隊は敵戦艦を、彗星隊は隼鷹隊と飛鷹隊に分かれ、それぞれオマハ級を攻撃せよ」


 入来院としては、出来れば攻撃隊の全力でベロルシアを叩きたいところではあったが、樺太からの避難民を守るということを考えれば護衛艦艇も無視出来なかった。

 快速の巡洋艦で避難民を乗せた輸送船が襲撃されないとも限らないのだ。日露戦争における常陸丸事件などの例もある。

 入来院もまた、相手がソ連海軍ということもあり、日露戦争時のウラジオ艦隊による通商破壊作戦の戦訓を思い出していた。


「突撃隊形作れ!」


 隊長機から発せられた「トツレ」の信号を受け、攻撃隊は艦攻隊と艦爆隊に分かれていく。二十四機の彗星は隼鷹隊と飛鷹隊に分かれつつ高度六〇〇〇メートルを目指し、一方、九機の天山は高度を徐々に下げていく。

 そして敵艦隊との距離が一万メートルを切ろうとしたところで、入来院は叫んだ。


「全機、突撃せよ!」


 刹那、天山からト連送が発せられ、攻撃隊は一挙にソ連艦隊へと突撃を開始した。


  ◇◇◇


「彼らは無事、攻撃態勢に入ったようだな」


 上空で友軍攻撃隊の姿を見守っていた帆足正音大尉は安堵の呟きを漏らした。


「ええ、我々がずっと粘った甲斐がありましたね」


 副操縦員の声にも、達成感が滲んでいた。


「それで機長、我々は千歳に帰投いたしますか?」


「燃料はどうだ?」


「およそ三分の一を消費したところです」


 連山は最大航続距離七四〇〇キロを誇る。千歳基地を発進してから、すでに五時間は経っていた。

 敵艦隊発見までに二時間半。攻撃隊の誘導のため敵艦隊上空に留まり続けて二時間半。

 これまで巡航速度三七〇キロで飛行していたから、約二〇〇〇キロ分の燃料を消費した計算になる。このまま巡航速度を維持して飛行を続けるのであれば、まだ十時間超分の燃料は残っている。


「では、第七艦隊攻撃隊が攻撃終了後、彼らを豊原まで誘導、その後、千歳基地に帰還する」


「宜候」


 帆足は、なおも友軍攻撃隊のために連山を上空に留めておくことを決断したのである。

 自分たち連山は機長と副操縦員が交代で操縦し、また一式陸攻などと同じように自動操縦装置も備えられているが、艦載機は一人の操縦員が延々と操縦していなくてはならない。特に艦戦隊搭乗員の疲労は無視出来ないだろう。

 だからこそ、帆足は彼らの負担を少しでも軽くすべく、攻撃終了後の誘導も請け負おうとしたのである。


「上手く攻撃を成功させてくれよ」


 帆足は、祈るように攻撃隊の奮闘を願っていた。

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