73 スタフカ
対日宣戦布告に伴い、ソ連でもまた日本と同じように大本営が設置されていた。
赤軍大本営は議長であるスターリンを中心に、国防人民委員(国防相)セミョーン・チモシェンコ元帥、赤軍参謀総長ゲオルギー・ジューコフ元帥、海軍総司令官ニコライ・クズネツォフ元帥、空軍総司令官アレクサンドル・ノヴィコフ元帥、外務人民委員(外相)ヴェチェスラフ・モロトフ、国防人民委員第一代理兼国防人民委員部軍事会議議員セミョーン・ブジョンヌイ元帥らで構成されている。
またこの他、顧問として内務人民委員(NKVD)ラヴレンチー・ベリヤや商工・貿易産業人民委員アナスタス・ミコヤン、輸送人民委員ラーザリ・カガノーヴィチなどがスタフカに所属していた。
モスクワ時間の一九四四年八月十七日、クレムリン宮殿の大会議室にて、そのスタフカの会議が開かれていた。
ジューコフ元帥、クズネツォフ元帥、ノヴィコフ元帥がそれぞれ陸軍、海軍、空軍の立場から開戦後約一週間での作戦の進捗状況を報告する。
その報告の間中、会議室には緊迫した空気が流れていた。
対日侵攻作戦の開始からこれまでの間、すべての作戦が計画通りに進んでいるというわけではない。特に海軍に至っては、カムチャッカ半島アバチャ湾の海軍基地が壊滅させられ、朝鮮半島への上陸作戦も失敗、太平洋艦隊の一部にも損害が出ている。スターリンという赤い皇帝の不興を買うには、十分な材料であった。
海軍総司令官として、集計された損害を報告することになったクズネツォフ元帥は、半ば顔面を青ざめさせながらも何とか己の報告を終えた。
もちろん、空軍総司令官ノヴィコフ元帥も、シベリア鉄道への爆撃を許すという失態を犯している。
唯一、ある程度順調に作戦が進展していることを報告出来たのは赤軍参謀総長のジューコフ元帥であったが、陸軍もまた満洲東部国境および北部国境付近の戦線において、迅速な進撃という当初の作戦構想に狂いが生じている。
スターリンは三元帥から伝えられる将兵や戦車、航空機、艦船の具体的な損害の数々を、パイプをせわしなく咥えたり神経質そうに手の中で弄んだりしながら聞いていた。
「……同志元帥諸君」
やがて三元帥からの報告を聞き終えたスターリンは、不機嫌にも聞こえる厳かな声で口を開いた。
「諸君らの報告は、実に率直なものであった」
表情や口調、態度から不機嫌さを隠そうともしないスターリンであったが、一方で安堵もしていた。
かつて一九三九年から四〇年にかけて行われたフィンランドとの戦争である「冬戦争」において、前線の将軍たちはスターリンによる粛清を恐れて、戦況を正確に報告しないという事態が発生していた。
赤軍内部で責任のなすりつけ合いが生じ、スターリンの手元に届く報告の中で信用出来るものがほとんどなかったのである。
今回の対日侵攻作戦においても、スターリンは各将軍たちとは別の経路で自分自身の手元に戦況の報告が届くように手配していた。
それが、スターリン直属の諜報機関である「スメルシ」である。
この組織は人民委員会議長であるスターリンの直接指揮の下で活動し、前線将兵の監視と占領地における不穏分子の摘発を主な任務とした。
スメルシは冬戦争でのスターリン自身の苦い教訓から、彼が対日侵攻を決意した一九四三年に創設された。対日侵攻作戦に合せてザバイカル方面に支局を設置し、極東軍の監視や満州国内の白系ロシア人の取り込みを行っている。
そのスメルシから届けられた報告と、三元帥たちの報告内容に大きな齟齬はない。
ひとまず、報告の内容はともかくとして、三元帥への不信はスターリンの中でそこまで大きくはならなかった。
「一部で日本の帝国主義者たちが、我が赤軍を苦戦させるほどに足掻きを続けていることは判った。中でも海戦での敗北は、私のひどく遺憾とするところである」
赤き独裁者からの言葉に、特に名指しされたクズネツォフ元帥の顔がさらに蒼白になる。
「一方で朝鮮沖での敗北は、アメリカ世論を味方に付ける上で意義があったことは認めよう。しかし、太平洋艦隊の貴重な巡洋艦を喪失してしまったことの責任は、明白にする必要があろう」
日本側呼称「東朝鮮沖海戦」でのソ連側の一方的敗北、日本側の一方的勝利を、アメリカは「極東のシノープの虐殺」として報道していた。クリミア戦争におけるシノープの海戦に、東朝鮮沖での海戦をなぞらえているのである。
これにより、ソ連側が対日開戦に踏み切った正当性を喧伝していることも加わり、日本海軍を非道な虐殺者であるとする世論がアメリカ国内で広まりつつあるという。
また、アバチャ湾沖での海戦でソ連海軍魚雷艇が戦艦大和を“撃沈”したという報道も、アメリカの対日世論の硬化とソ連への同情論の醸成に一役買っていた。
この大和“撃沈”の報は、ソ連側が当初から意図して宣伝したものではない。
スメルシなどからの報告を総合すると、魚雷艇の乗員の単なる戦果誤認を現地の指揮官がそのまま上層部に報告してしまったことが、そもそもの原因であるらしい。アバチャ湾の海軍基地壊滅という失態による粛清を恐れたカムチャッカ防衛区司令官アレクセイ・グネチコ少将(ドミトリー・ポノマリョフ海軍大佐は海戦で戦死)が報告を鵜呑みにし、航空偵察などで正確な戦果を確認することなく大和“撃沈”を報じてしまったというわけである。
ソ連側としては自軍将兵の士気向上と宣伝工作に使えるために大和“撃沈”を大々的に報じてるものの、実際には大和が健在であることをすでに察知していた。
当然のことながら、自身がこれまで大粛清を行ってきたことが、現地からの報告を歪める原因になったことをスターリンは自らの責任として認めていない。むしろ、こうした軍人が赤軍内部にいるからこそ粛清が必要なのだという受け止め方を、この赤い皇帝はしていた。
「同志クズネツォフ、私は我が赤軍が北海道の大地を踏みしめる光景を見たいのだ」
スターリンは海軍総司令官を相手にそう言う。
「そのためには、此度の敗北の原因を海軍内部から除去する必要があると考えるが?」
「はっ、同志スターリン」
クズネツォフ元帥は、顔を強ばらせながら応じた。
「朝鮮沖でかくも一方的な敗北を喫しましたのは、艦隊将兵内に日本軍のスパイがおり、サボタージュ行為が発生したからであると考えられます。スパイ共が水兵を煽動し、彼らが革命的敢闘精神を発揮するのを阻止したのでありましょう。また、スパイによる情報漏洩も考えられます」
この海軍総司令官は、敗北の原因をあくまでも“日本軍のスパイ”のものとしようとしていた。ソ連にとって、不都合な事実を外国のスパイの暗躍によるものであるとするのは常套手段といえた。
しかしクズネツォフ自身は、単純にソ連海軍の練度によるものであると理解していた。
ソ連海軍は、あまりにも急速に規模を拡大させ過ぎたのである。そのために艦隊将兵の教育が疎かになり、短期間の教育のみで艦艇への乗り組みを命じられる将兵が多かったのだ。
スターリンの肝いりで命じられたソヴィエツキー・ソユーズ級、クロンシュタット級については、それなりに軍歴の長い将兵が優先的に配属されているが、そのためにこれら戦艦が竣工する以前に就役していた艦艇から熟練の乗員が引き抜かれ、海軍全体では練度の低下を招くという事態に陥っていたのである。
もちろん、スターリンによる大粛清の影響も無視することは出来ない。
しかし、それらをこの場でクズネツォフ元帥が言及することは不可能であった。
だからこそこの海軍元帥は、日本のスパイの仕業にしたのである。
「であるならば、同志ベリヤ」
「はっ、同志スターリン」
スターリンは、秘密警察の長の名を呼んだ。
「太平洋艦隊内部にいる日本軍のスパイを、徹底的に摘発せねばなるまい?」
「承知いたしました。まずは朝鮮沖での海戦に参加した将兵は、生還した者・戦死した者も含めて徹底的にその身辺を洗い出しましょう。水兵たちの家族もまた、スパイ容疑で拘束し、徹底的な追及を行います」
「よろしい」
スターリンは頷き、再びクズネツォフへと視線を向けた。
「同志クズネツォフ、日本軍スパイの煽動によるサボタージュが行われたことも問題であるが、その程度の煽動工作で革命的敢闘精神を喪失してしまう海軍将兵自身にも問題があるとは思わんかね?」
「はい、同志スターリン。今後はよりいっそう、将兵に対しまして今次戦争の意義を説き、帝国主義者に対して革命的敢闘精神を発揮することの重要性を指導するよう、努めてまいりたいと思います」
「うむ、同志元帥によって我が海軍が精強さを取り戻し、日本帝国主義海軍の艦隊を日本海で打ち破ることを期待している。四十年前の雪辱が果たされる日を、ソビエト全人民が待ち望んでいることを忘れるな」
「ダー、同志スターリン!」
クズネツォフは背筋を伸ばし、赤い独裁者に応えた。
内心で、敗戦の責任追及から逃れられたことに安堵しながら。




