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北溟のアナバシス  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第四章 赤軍侵攻編

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71 戦車第十一連隊

 半田陣地に、一式重機関銃の連続した発砲音が鳴り響いていた。

 半田川を渡河しようとしたソ連兵が七・七ミリ弾によって肉体を引き裂かれ、川を赤く染めていく。そして、自軍の渡河突撃を支援しようとしていたソ連軍機関銃部隊には、頭上から八九式擲弾筒や九九式小迫撃砲の弾が降り注いでいた。

 しかし、ソ連軍の勢いは衰えなかった。

 ソ連軍第一六五狙撃連隊は半田陣地正面から強行渡河を仕掛けるだけでなく、中隊規模の部隊を両翼に迂回させて半田陣地を包囲する構えを見せていたのである。

 早朝に行った第一次攻撃では一個大隊による強襲が失敗に終わったため、第一六五狙撃連隊は連隊の全力を半田陣地へと投入していた。

 一方、半田陣地を守備していたのは、樺太歩兵連隊の一個中隊と三十名あまりの国境警察隊でしかなかった。

 半田川という自然の障害があるとはいえ、彼らが半日以上、ソ連軍の強襲に耐え続けているのは賞賛されるべきことであった。実際、野戦陣地でしかない半田陣地を、ソ連側は国境地帯に築かれた強固な要塞であると誤認するまでに至るほどの奮戦ぶりであった。

 しかし、そうした守備隊の奮闘も虚しく、十一日夕刻までに半田陣地はソ連軍によって完全に包囲されるに至っていた。

 樺太の八月の日没は午後八時過ぎなので、まだあたりは十分に明るかった。

 さらにソ連軍戦車部隊も到着し、特に一五二ミリ榴弾砲を搭載したKV-2が出現したことで、それまでソ連軍の突撃を阻止していた機銃陣地が潰され、半田陣地はさらなる窮地に陥ることとなった。

 また、半田陣地の包囲を完了し、その抵抗が徐々に微弱になっていったことから、ソ連軍は戦車部隊を中心とした兵力を中央軍道沿いに南下させ始めた。

 一七〇〇時過ぎ、半田陣地守備隊はソ連軍の南下を無線にて連隊本部に打電した後、無線機を破壊、通信隊すら防戦に投入するまでに追い詰められていた。

 守備隊長は夜間に包囲網を突破、友軍陣地を目指すことを決意したものの、それまでどれだけの守備隊員が生き残れるのか、あるいはそもそも陣地を維持出来るのか、判らなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 古屯の北側にある幌見峠を抜けると、中央軍道の中でも比較的開けた場所に出る。

 幌見峠から半田までは、軍道西側に密生していた針葉樹林が幅十二、三キロに渡って途切れており、大部隊が左右に展開することが可能な地区となっていたのだ(なお、軍道東側はこの地域でも依然として低湿地帯のため、日常的に人馬の通行は困難)。

 その中央軍道を、三式中戦車と一式半装軌装甲兵車の集団が北上していく。

 半田陣地よりソ連軍が中央軍道を南下しているとの無線が入ったものの、以後、半田陣地との連絡は途絶していた。

 戦車第十一連隊の池田末男大佐らは半田陣地の玉砕を予感しつつも、ソ連軍の南下を阻止するという目的がある以上、ここで引き返すという選択肢はなかった。守備隊がすでに壊滅していれば半田陣地の解囲という目的は果たせないかもしれないが、それならば半田陣地を奪還して再びソ連軍を半田川の北側に押し返すまでである。

 時刻は一七〇〇時を過ぎ、陽は傾いてはいたもののまだ十分な明るさを保っていた。

 と、前方から偵察に出ていた九五式貨物自動車が走ってきた。これは、日本におけるジープ(米)やキューベルワーゲン(独)のような四輪駆動車である。半田陣地との通信が途絶えたため、この九五式貨物自動車に樺太歩兵連隊が偵察部隊を乗せて先行させていたのであった。


「露助の戦車が、東軍道との合流地点付近にまで進出しています!」


 九五式貨物自動車から降りてきた兵がそう叫ぶ。

 東軍道とは、古屯を発し中央軍道の東側一・五キロの地点を並行する道路である。東軍道は、亜界川を越えたあたりで中央軍道に合流している。


「車種は、KV-1およびT-34と思われます!」


「ご苦労」


 三式中戦車のハッチから上半身を出していた池田大佐は、その斥候を軽く労うと再び部隊を前進させた。一式半装軌装甲兵車の盾になるような形で、三式中戦車が先行する。

 会敵は、ほどなくして果たされた。

 亜界川にかかる橋の手前で、池田の双眼鏡に敵戦車の姿が映ったのである。


「こちら戦車第十一連隊。ソ連軍戦車部隊が亜界川を越えて中央軍道を南下中。本隊との距離三五〇〇。これより交戦に入る」


 無線機を通じて、随伴する歩兵大隊の指揮官に告げる。次いで、池田は無線機を隊内用に切り替えた。


「こちら連隊長。第一中隊は右翼、第二、第三中隊は左翼に展開。各中隊は、距離一五〇〇にて射撃を開始せよ。なお、不用意に亜界川を渡り追撃することは禁ずる」


 北上を続けていた戦車第十一戦隊にとって右翼、つまり中央軍道東側は低湿地帯であり、戦車を展開させる余地は少ない。一方の左翼である軍道西側は開けているので、二個中隊を展開させる余地があった。

 池田車を含む五十一輌の戦車が、中央軍道上で南下を目論むソ連軍戦車部隊と対峙する。

 亜界川の橋という隘路を通ってきたソ連軍戦車は、まだ全車輌が川のこちら側に渡ってきたわけではないようだ。池田としては、出来れば川のこちら側と向こう側で敵を分断し、各個撃破に持ち込みたいところであった(逆に自分たちもそうなる危険性があるため、不用意な亜界川渡河を禁ずる命令も出したわけである)。

 先陣を切って南下してくるソ連軍戦車は、T-34のようであった。重戦車であるKV-1は、恐らくは橋の強度が確認出来ていないからだろう、まだ橋の向こう側に留まっているのが双眼鏡から確認出来た(実際、中央軍道の各橋梁の強度は三式中戦車が通行可能な四〇トンに改築されていたが、一方のKV-1は型にもよるが最大で四十七トンもの重量がある)。


「対敵距離一五〇〇! 射撃用意よし!」


「撃ち方始め!」


「てっー!」


 そして、彼我の距離が一五〇〇メートルを切ったところで、三式中戦車による射撃が開始された。

 六十五口径七十五ミリ砲が、初速一〇〇〇メートル毎秒にも達する一式徹甲弾を放つ。


「……」


 池田がハッチからなおも上半身を晒して先陣の敵戦車を見つめていた刹那、その敵戦車に閃光が走った。間を置かずして爆発、炎上し、T-34と思しきソ連軍戦車は中央軍道上にその骸を晒す。


「……?」


 だが、池田はその戦果に違和感を覚えた。一五〇〇メートルの距離を隔てて伝わってきた爆発音に、気になるところがあったのである。

 そしてその違和感は、ソ連戦車からの応射があって確信へと変わった。

 明らかに、T-34が搭載しているという七十六・二ミリ砲よりも弾着の威力が低いのだ。だとすれば、自分たちや先ほどの斥候は何らかの軽戦車をT-34と誤認している可能性があった。

 だが、そう考えても池田は慎重であった。

 このまま前進して一気に亜界川を突破、半田陣地救出に向かいたくはあるが、橋の向こうには明らかにKV-1と思しき敵戦車が控えている。

 いましばらくは、川のこちら側に来ている敵戦車を叩き続けるべきだろう。

 そうした池田の判断は、結果として短時間で一方的な戦果を生むこととなった。

 T-34に酷似した小型戦車は、一輌の三式中戦車も撃破することが出来ず、次々と撃破されていったのである。ソ連軍には、一度後退しつつ日本側を亜界川北岸で未だ待機しているKV-1の射程圏内にまで引き寄せるという戦術すらないようであった。

 あるいは、とにかく接近すれば軽戦車の主砲でも三式中戦車の装甲を抜けるとでも思っていたのだろうか。

 いずれにせよ、中央軍道上に無数のソ連軍小型戦車の屍が散乱する中で、池田はようやく連隊に前進を命じた。


「戦車、前へ。躍進射を行いつつ、敵戦車の排除に努めよ」

【九五式貨物自動車】

 史実では「九五式小型自動車」として、作中と同じく不整地走破能力の高い四輪駆動車として活躍しました。登場時期的にアメリカのジープやドイツのキューベルワーゲンよりも早いのですが、一方でこの二車に比べて積載能力が低かったという欠点がありました。

 これは当時の日本の自動車生産能力の限界を示すものとして語られますが、作中では日本国内でのモータリゼーションが史実よりも進み、自動車生産も拡大していることから「小型」が取れて、完全に日本版ジープか日本版キューベルワーゲンになっています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり船で運ばないといけないこともあって、ソ連戦力がそこまでではないですね。良かった
[良い点] お恥ずかしいことに、三笠陣先生が新たな仮想戦記の執筆を始めたことに気付いておりませんでした。今さら感想を書くのも遅きに失した感がありますが、やはり三笠先生の小説は戦場の迫力が伝わってくる面…
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